dolce text | ナノ
赤と、緑。
外に出るとどうも本格的に冷える寒さだと思ったら、月めくりのカレンダーがあと一枚。『12』という文字を大きく掲げたその壁に掛かった紙を見て、俺はふとそんな事を思った。
通学中の首許から冷気を感じるのも、指先がかじかむのも、ローファーを履いた爪先が冷えるのも、十二月という年月が来てしまったからなのだ。
少し前までは、外を歩けばすぐ汗ばんでしまうような炎天下だったのに、自然の摂理とは不思議なものだ。 それとも、不思議なのは時の流れだろうか?
世間的に見て大きめと言えるスポーツバッグを肩から斜めに掛け、そんな事をぼんやり考えながら、既に冷たくなっていた自分の両手指先にはぁっと白い息を吹きかける。
すると、同じくスポーツバッグを斜め掛けにして隣を歩くヒロトが、マフラーに埋めた口からそっと聞いてきた。
「緑川、寒い?」 「うん、もう十二月だもんな」 「だからマフラーと手袋して行きなって言ったんだ」 「…う…、明日からそうする」
そんなヒロトはよくある緑を基調としたチェック模様のマフラーに、おしゃれな茶色のもこもこ手袋をしていた。 彼は夏の暑さには強いかわりに寒さには弱い方なのだろうと、これは最近俺が思ったことだ。
今日も家を出る前に、寒いからマフラーと手袋をした方がいいとヒロトに言われたが、既に玄関で靴を履いてしまった俺は、靴をまた履くのが面倒であったし歩けば寒さも吹き飛ぶだろうと実に安直な判断を下したが為に、こんな状況になっているのだ。
「そういえばさ、緑川」
少しばかり自分のその安直な思考と、ヒロトに気遣いを無下にしてしまった事に反省と少しの後悔を感じていると、再びヒロトに尋ねられる。
「緑川って、赤好きだよね」 「そう…かな?」 「お前が何年も愛用しているあのマフラーも、確か赤だったよね?」 「うん」 「他にも、意外と周りの持ち物に赤いものが目立つな、と思ってね」
そう言ってこちらに微笑むヒロトに俺は作り笑いを浮かべるしかなかった。
何でかってそれはもちろん、自ら赤を意識しているからだ。でも、さりげなく取り入れているのにヒロトはよく気づいたな、なんて思う。
ちなみに俺のマフラーはヒロトと色違いのものを意識している、なんてのは彼には秘密だけれど。
「ほ、ほら、…戦隊モノとかで、赤ってかっこいいイメージじゃん!」 「お前、戦隊モノとか興味あった?」
確か小さい頃は、晴矢と風介はそういうのが好きだった記憶があるけれど、お前は車とか乗り物系で遊んでなかったっけ?
彼にそう指摘されて、ぎくり、と体が一瞬強張った。やっぱりヒロト相手には苦しい言い訳だったよな。
いつも彼にいい様に言い負かされてしまう自分の唯一の回避方は、話題を変えることしかない。
「そ、そういえばヒロトも、さ…緑色いっぱい持ってるよね」
苦し紛れに出た話題としては良かったのかもしれない。その言葉にヒロトはふふっと意味有り気に微笑んで、こちらに向けていた顔を正面へ戻した。
「まぁ、ね」 「好きなのか、緑」 「多分、お前の本当の理由と同じだと思うよ」
「……ぇえ?!…ええ?」
流し目と共にさらりと言われた言葉に思わず呆然としてしまった俺は、ワンテンポ遅れて彼の方へ向き驚愕の声を上げる。 すると深緑の双眸に視線を絡め取られて、少し近づいてきた彼の口は次にこう開いた。
「つまり、そういう事だよ。お前が赤を集めてしまうのと同じように、俺も緑を集めてしまう」
意識的だろうが無意識的だろうが、ね
にこりと微笑み、いつの間にか手袋が外されていた右手で耳許の髪をそっと救い、それをさらりと指に絡ませながら手放していく。
その視線に、その手の動きに、その唇に、すっかり見惚れてしまった俺の頬がどんどん体温を上げているのが解った。
そして何事もなかったかのようにまた歩き出す彼の少し俺よりあたたかい右手に、しっかり左手だけ取られて。
赤と、緑。
「少しはあたたかくなったかい?」
俺の思考をも読んでしまうそんな彼に俺はいつ敵うのだろうか。
そんなある十二月の、通学路での事。
end
*****
2010年12月拍手文でした。
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