dolce text | ナノ
明けぬれば、
*緑川が女の子→名前は「リュウ」 *平安貴族パロディです *最後に用語解説、設定などありますがまずはフィーリングで読んで頂けると嬉しいです
それは、吉良院の御時の事。
日が傾き始め、遠くの山々に太陽が吸い込まれる様に沈んでいく姿をぼうっと眺めながら、今日も無駄に大臣家に気を使うような職務ばかりを終えた俺が向かうは、彼女がいるであろう清陵殿から一番遠く離れた隅の局。 先程まで橙の趣あった空は既に暗くなりかけており、その薄暗さを利用して俺は渡殿を歩いていた。 すると途中で自分を呼ぶ、とある女御の声が通りかかった御簾の内から聞こえてくる。
「ヒロト様、今日はどちらに?」
少し期待を含んだその問いに、わざとあらかさまな溜め息をついて答える。
「残念だけど、君の所ではないよ」 「……またあの女…緑の更衣の所へ行かれるのですか?」
女の嫉妬ほど忌ま忌ましいものはない。残念だけど、君の所に上がる事は恐らくもう、ないだろうね。
「彼女に嫌がらせでもしたら、俺が許さないからね」
声を低くしてそう忠告すると、俺はまた歩みを進めた。
そうして辿り着いた、他と比べて少しこじんまりとした局の前に掛けてある御簾の色は、薄暗い中でも辛うじて伺える綺麗な萌黄色。中にいるであろう彼女に向かって口をそっと開いた。
「リュウ、入ってもいいかい?」 「そのお声は…ヒロト様?」
愛らしいその驚いた声の後にごそごそと着物の動く音がして、そしてそっと目の前にある御簾が彼女付きの女房によって開かれる。 姿を現したのは、紙燭に燈された光をほのかに浴びた、少しすました様子のリュウだった。
そっと足をあげてその部屋の中へ入ると、女房が開いていた御簾を閉じた。俺は彼女へとゆっくり近付きながら、再び口を開く。
「こんばんは、リュウ」
「…いいのですか?また私の所にいらして…」 「来ちゃダメだったかい?」 「…そんな事、尋ねないで下さい…」
照れた彼女もまた可愛い。 世に珍しい、この部屋の入口に掛かる御簾と比べものにならないくらい美しく長い萌黄色の彼女の髪を一束手に取り、そこに口付けをすれば、さらに赤みを増す彼女の頬。
「二人の時は敬語と様付け禁止だって言ったでしょ」 「でも……貴方は帝のご子息で、私は更衣という身の上ですし…」 「身分なんてどうでもいい事だよ」
彼女の家柄はまずます、と言った所だった。しかし彼女はまだ物心のつかない頃に父を亡くし、後ろ盾が不安定な身である。母も彼女を生んですぐ亡くなっていると聞くと、本当は更衣になれたのが不思議なくらいなのだ。 まぁ、俺が父さんに頼んで半ば強引にした事なのだが。
「リュウは俺が嫌?」
「滅相もございません…!」 「け、い、ご」 「……ヒロトが来てくれて嬉しい…」 「うん、俺も会えて嬉しいよ」
桃色の唐衣に紅の単、桜色の打衣に緋の袴。身分がもっと高い女君に比べれば貧相な着物かもしれないが、身につけている色彩が彼女の美しさと愛らしさと、それから上品さを引き立てている。そして萌黄の髪を綺麗に見せていて、下手に着飾った上流貴族よりも俺はこっちの方が好みだった。
「…ヒロトはここに毎日通ってるけれど…許嫁の玲姫様の所には行かなくていいの?」 「彼女には随分と嫌われてるみたいだからね。それに、父さんが連れてくる相手に興味はないよ」
彼女の隣に腰掛け俺は、ほんのり熱を持った彼女の頬に片手でそっと触れ、優しく添え「それから…」と続ける。
「今は更衣だけど、絶対君を正妻にするって決めたからね」
にこりと微笑みながらそう告げると、驚いたように彼女は肩を震わせる。
「そ、んな事、いくらヒロトでも無理でしょ…!それに身分が低いし、本当は更衣になれた事すら奇跡だし、取り柄もない可愛いくもない私が、中宮なんて…」
少し潤みを帯びた視線を落とす彼女に、俺はそっと顔を近付け、そして額をこつん、と重ねる。 目と鼻の先で宝石の様に輝く彼女の瞳と視線が絡んだ。
そして紅が薄く塗られた可愛いらしいその艶やかな唇に、そっと自分の唇を重ねて。
触れ合うだけの、甘い口付けをした。
「俺は君がいいんだ、リュウ」
明けぬれば暮るるものとは知りながら なほうらめしき朝ぼらけかな
唇をそっと離し、そのままの距離で見つめ合う。恥らいつつも優しく微笑む彼女は、あぁ、やっぱり愛しいと感じさせてくれるのだ。
(夜が明け、またやがて日が暮れ、再びあなたと会い目見える事は分かっています。けれど、やはりあなたと別れなければならない明け方は、恨めしく思えてしまうのです)
end
*****
【用語解説】
◆吉良院の御時…吉良天皇の時代 ◆清陵殿…天皇の日常の居所 ◆局(つぼね)…宮中での個人用の居室 ◆渡殿(わたどの)…廊下 ◆御簾(みす)…貴人の部屋の簾 ◆紙燭(しそく)…照明具 ◆唐衣(からぎぬ)、単(ひとえ)、 打衣(うちぎぬ)…十二単の部位名称 ◆身分について(天皇の后妃) 位の高い順に、中宮>女御>更衣
【設定】
◆ヒロト 天皇の子息(つまり皇子) 間もなく天皇になる予定 玲姫とは許婚の関係 才色兼備の為、地位関係なくモテる
◆リュウ 当時貴族の女性は本名を明かさない為ヒロト以外からは「緑の更衣」と呼ばれる 間もなく天皇になるヒロトの更衣 父を亡くしており、身分が低い
◆玲姫 ※玲奈さんです 天皇家の親戚の令嬢 ヒロトとは許婚だが、酷く嫌っている
【あとがき。】
やってしまった…古典の源氏物語の勉強をしていたら平安貴族で基緑が書きたくなってしまいまして…後悔はしていないです。 古典習っていない方は分かり難いだろうと、本当にざっくりとした用語説明載せましたが、あくまでも私のなけなしの古典能力で書いたものですので、ちゃんとした勉強の際には参考にしないで下さいね、いないと思いますが。 それから「ここ違うんじゃない?」なんて箇所が多々見受けられると思いますが、見逃して頂けると嬉しいです。
私も途中で気づいたんだ…ヒロトが天皇じゃないのにリュウちゃんが更衣っておかしいよね!← 私だけが楽しい俺得な文にもかかわらず、ここまで読んで頂き感謝致します。古典、好きです。
タイトル短歌共に、百人一首に納められている「藤原道信朝臣」の書いた短歌からお借り致しました。古人に感謝。
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