dolce text | ナノ
寒さの相乗効果
びゅうっとオレ達を吹き抜ける風は、もうすっかり冬の気温を保っていた。
「買い物手伝ってくれない?」
ソファでテレビを見ていたオレにヒロトがそう尋ねてきて、オレは特に断る用事もないし、恐らく買い物とは夕飯の買出しの事だろうとついて行く事にした。 働かざるもの食うべからず、と諺を諳んじればヒロトに「好きだね」と笑われた。
それにヒロトと二人で買い物だなんてそれだけで嬉しくなってしまう。オレって単純だよな、なんて考えながら身支度をした。
首元にマフラー、手はコートのポケットに突っ込んで、他愛ない談笑をしながら肩を並べて歩くオレとヒロトは、いつも御用達の家の近くにあるスーパーに入る。 自動で開閉するガラスのドアに遮られたその向こうは、外と比べものにならないくらい暖かかった。改めて冬に近づく寒さというのを思い知らされて、二人で中へ進んでいく。
買い物はいつもオレがかごを持つ係。片手に買うもの一覧を記したメモを携えたヒロトが丁寧に品物を選び、そこへ入れていく。 でも、レジへ向かう頃にはかごをふたりで持っているからオレは不思議でしょうがない。だんだんと重くなるそのかごを気づかない間に一緒に持ってくれる、そんなヒロトの何気ない気遣いが好きだった。
「今日はちょっと買う物が多いから、リュウジが来てくれて助かったよ」 「うん、だと思った」
買うものが少ない時はヒロトがさっと行ってさっと帰ってきてしまう。だからヒロトがオレを誘う時は、たいていこういう場合が多い。
「早速だけど…こんにゃくとしらたきを一つずつ、はんぺんは二つ、あの辺にあるから取って来てくれる?」 「まかせろ!」
あの辺、とヒロトが指差した場所に向かい、頼まれた通りのものを頼まれた数だけかごに入れる。 振り返って赤髪を探せば、どうやら野菜のコーナーにいるようだった。ヒロトの方に歩んでいくと、大根を一本手に取って向こうもこちらに歩いてきた。その大根をかごに入れ、手に持ったメモに視線を落とす。 そしてまた歩き出したヒロトの後に、まだ軽いかごを持ってついて行く。
ヒロトがそこで手に取ったのは、ちくわ、がんもどき、巾着、揚げかまぼこ。そんなヒロトの携えているメモをそっと覗けば『昆布、卵、つみれ…』など間違いなく“あれ”の具材ばかりが記されていた。
「ねぇ、もしかしてさ…」 「分かった?」 「うん、おでんでしょ?」 「当たり。寒くなってきたからいいかなと思ってね」
やっぱり。はんぺんなんて普段滅多に使わないから、もしかしたらと思っていた。ヒロトの作るおでんはしっかり煮込んであって、すごくおいしいし身体もあたたまるのだ。 でも、とヒロトは手に取った具材をかごへ入れながら続けた。
「今日じゃなくて明日の夕飯なんだ。おでんは一日寝かせてだしを染み込ませた方が美味しいからね」 「なるほど、それでヒロトの作るおでんは美味しいんだね!」 「姉さんが教えてくれたんだ」
そんな手間がかかっているなど今まで知らずにご馳走になっていたオレは、妙に納得した気分になる。あぁ、明日が楽しみだ。
だがそしたら気になる事がもう一つ。
「じゃあ、今日の夕飯は?」 「ビーフシチューを作ろうと思ってるんだ。材料は家にあるものでできるから、買わなくて大丈夫だよ」 「…人参は小さくしてよ!」 「ふふっ、分かってるって」
店内を一周する頃には買う物が全部かごに収まり、そしていつものようにヒロトがいつの間にかかごを一緒に持ってくれていた。
会計を済ませ、予め持ってきておいたバッグや貰ったスーパー袋に品物を二人で詰めていく。 二袋で済んだそれをひとつずつ持って、再び寒さが凍みる店の外へ出た。
「楽しみだな、ヒロトのおでん」 「そう言ってくれると作り甲斐があるよ」
スーパーから家までの帰路、頭は既に明日のおでんのことで暖かいけれど、やっぱり外気は寒かった。 袋を持った右手がかじかんでしまったので、ポケットに入れていた左手に持ち返る。そして右手をポケットの中へ入れようとした瞬間。
「ねぇ、手繋いでもいい?」
人通りの少ない住宅街。こちらにいつものあの笑みを浮かべて尋ねてくるヒロトに、マフラーに口許を埋めたオレは呟いた。
「わざわざ聞くなよ…!」
握られた指先は、冷たくなったオレの指先よりも冷たかった。 でもいちいちヒロトの言葉、行動に反応してしまうオレはすぐに体温を取り戻して、結局はヒロトの指先を暖める事になるのだろうけれど。
寒さの相乗効果
「リュウジ、赤くなってる」 「うるさい!これは寒さのせい!」
寒いのも冬になるのも、悪くない。
end
*****
2010年11月拍手文でした。
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