dolce text | ナノ
曖昧すぎる境界線
*緑川が女の子→名前はリュウ
いつものように、夕焼けの橙の光が差し込む通学路を歩いて帰る帰路は、もうそろそろ近づいてくる冬に備えて色を変え始めていた。なんて事ない、見慣れた日常の風景。
けれどいつもと違うのは、聴いているのが音楽プレイヤーのイヤホンから流れてくる人工的で軽快な音ではなくて、隣に感じるのが夕焼けの作り出す自分の長い影ではなくて、時折触れるのが微かな冷たい冬の風ではなくて。
つまりは、いつも空気しか存在しない自分の右隣に、
彼がいる。
だからだろうか、毎日何気なく通いすっかり見慣れてしまっていたこの通学路さえも、何となくいつもと違う装いに感じた。
そっと自分の鼓膜を振るわすその低く優しい声も、そっと隣にあたたかいと感じる気配も、時折こつんと触れ合う方や手の甲も、全てが心臓の心拍数を煩くさせる要因だった。
「もう冬だね。寒くない?リュウ」
久々に下校を共にする隣の彼の名前はよく耳にする。それは、彼に想いを寄せる女の子達が校内にたくさんいるから。
そんな今や校内一、二位を争う人気がある彼とは、所謂幼馴染みだった。
「…ん、平気」
私は首に巻いたマフラーにそっと口許を埋めて返事をした。
以前は毎日一緒に登下校をしていたが、中学に上がると元々好きだったサッカーをやる為に彼はサッカー部に所属し、放課後遅くまで練習に明け暮れていた。だから私達は別々の時間帯に、別々に帰路に着いていた。
だが、今日は。
「久々だね、リュウと帰るの」 「…うん…ヒロトが、部活に入ったから、…でしょ?」 「じゃあ、小学生以来か…」
彼が肩からぶら下げた少し大きめのエナメルバッグは、夕焼けに照らされて橙を淡く反射していた。
中学に上がってからお互い何かと忙しかったりクラスも違ったりで、なかなか話す機会がなかった。それに彼は女の子の噂になる程の人気、幼馴染みとはいえ気軽に話しかける事を躊躇っていた。二人でこうやって話すのは本当に久々だった。
だからだろうか、彼の顔を真っ直ぐ見て話す事が何故か恥ずかしい、のだ。
それでも、先程から引っ掛かっていた疑問が頭から離れない。私は俯き加減で、地面に向かってそっと呟いた。
「…なんで?」 「何が?」
「なんで今日、部活休んだの?」
今日サッカー部は練習していた筈なのに。我が校が誇るサッカー部のエースストライカーは今、自分の隣にいる。
「なんで今日…私なんか誘ったの?」
こつん、とまた隣り合う手の甲が触れ合った。
ヒロトに言い寄る女子の中に、私より可愛いくていい子はたくさんいる筈。なのに、私をわざわざ下校する為だけに誘った。
昼休みに携帯電話を開いたら届いていた『今日一緒に帰れる?』と彼らしいシンプルな文字が記されたメール。 断る理由もないし久々に話が出来ると喜んだけれど、その目的が私には解らなかった。
「リュウと帰りたかったから、かな」
「……え、…え?」
ふと呟いたように言う彼の返答に驚いて、思わず俯いていた顔を向ける。するとそこには久々に真正面から見る、深緑の双眸がこちらを見つめていて。
「やっとこっち向いてくれたね、」
いつの間にか体温の低い両手で頬を優しく包まれていたせいで、視線も顔も反らせない。 冷たい指先に触れられているというのに、熱が頬に集まってくる。
「伝えたい事があるんだ、リュウに」
「な、…なに…?」
「最近ふとリュウの名前を耳にする事が増えてきて、それで気付いたんだけど…」
夕焼けの光を後ろから浴びる彼の鮮やかな髪が、綺麗に艶めいていた。 その口から放たれた低く優しい声は、たしかにそう、言葉を紡いでいた。
「俺、リュウの事好きみたいだ」
曖昧すぎる境界線
(踏み込んでしまえば最後、 もう『幼馴染み』には戻れない。)
確かに『すき』と動いた口を、聞こえてきた声を、ずっと私は欲していたのかもしれない。
end
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書き出し200字がふと思い浮かんだので、初々しい二人を書いてみました。お互い噂されてるのを聞いてもやもやして、それで恋心に気づけばいいです。
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