ヒトデが意外にかたいということを知ったあと、わたしと照美くんはお昼ごはんを食べるべく水族館の休憩所へ向かった。ペットボトルの自販機が3つ並ぶそこはちょうどおおきい木の陰になっていて涼しい。わたしはかばんから、朝作ったおにぎりを取り出した。よかった、かたち崩れてない。 「ひととおりまわったね。食べおわったらショーでもみにいく?」 照美くんは自分のかばんから出したサンドイッチ(わあ、なんかすごいおいしそう)をほおばりながら、館内マップを開いて言う。 「ショーなんてあるの?」 それも気になるけど、わたしの目は照美くんの持っているサンドイッチにくぎづけ。どうやら手作りみたいで、レタスやチーズやハム、たまごがちょっぴり顔をのぞかせている。 「うん、イルカショーだって。1時からだけど」 照美くん、前にお父さんもお母さんも夜遅くまで働いてるんだって言ってたから、もしかしたらこのサンドイッチ、照美くんが作ったのかな。照美くん器用だし、なんでもできちゃいそうでうらやましいなあ。しかしほんとにおいしそうなサンドイッチだ 「リサさん、ほしかったらあげるから、話聞いてほしいな」 「え、……えっ?あ、いやちがっ、けっしてそんなつもりは」 必死に弁解しようとするわたしをよそに照美くんは四角いプラスチックのケースからサンドイッチをひとつ取り出して、はい、と差し出した。 「えっ、あの、わたし」 「いらない?」 「い……いります……」 「じゃあ、交換ね」 そう言って照美くんはわたしが持っていた食べかけのおにぎりをひょいと取り上げて、かわりにサンドイッチを握らせた。……えっちょっと待って照美くんそれわたしの食べかけだよ!? 「あ、おいしい」 わたしが止めるまもなくおにぎりをぱくりと一口食べて照美くんが言った。わたしはもうなんだか呆然としてしまって、状況がよくつかめなくて、照美くんが 「イルカ見に行きますか?」 となぜか丁寧な口調で言ったときも 「ぜひとも行きたいですはい」 なんてへんなかんじに答えるしかできなかった。て、照美くん、間接ちゅうだよ?と言う勇気なんてまったくなく、照美くんがくれたサンドイッチをむしゃむしゃ食べながら、あ、うめえな、3つ星だなあ、と考えた。





*





「あれっ」

客席をのぞいて、わたしはびっくりしてそんな声をあげた。はじまる時間までそんなに余裕がないのに、客席はがらんとしていて、寂しいかんじだった。

「照美くん、どうする?」
「いいじゃない、貸し切りみたいで。べつに僕らふたりでもショーはやってくれると思うし」
「そ、そうかな?……じゃ、座る?」
「うん」

プラスチック製の青いベンチに腰をおろし、前にある円形の水槽に目をやった。イルカショー、テレビでは何度か見たことあるけれど、実物を見るのははじめてだから、すっごくどきどきする。ほんとにイルカがジャンプしたり、わっかくぐったりするのかな。わたしがわくわくしながらステージを見つめていると、ふいに照美くんが立ち上がった。

「リサさん、僕ちょっと行ってきてもいいかな」
「へっ?いいけど……」

行くって、どこにかな? なんだか早足で出口のほうにかけていった照美くんのうしろすがたを目で追いながらわたしは考えた。あ、おトイレかな。ショーの間に行きたくなったらやだもんね。 とひとりで納得したあと、わたしは携帯で時間をたしかめた。サブディスプレイに現れた数字の並びは12:59。……て、照美くん、いそがないとはじまっちゃうよ? とは言ってもいちばん近いお手洗いもここからははなれてた気がするし、もしかしたらもしかしなくても間に合わないんじゃ……?ええええええ照美くん、わたし照美くんがいなきゃイルカショー見ても面白くともなんともないと思うんだけど!照美くんがそばにいるからこそっていうか、なんだ、とりあえずはやく帰ってきてえええええ 『大変長らくお待たせいたしました!ただいまより開演いたします』 会場内のスピーカーからそんな声。ああっほら、やっぱりはじまっちゃったよ……!照美くーんはじまっちゃったよ!とメールしようかなあと思ったけど照美くんの携帯電話は照美くんのかばんとともにわたしのとなりにあった。あああああ!なんていうんだっけ、こういうの!打つ手がない、みたいな……四面楚歌?いやちがうな!なんだっけ! わたしがひとりおろおろしてる間に、ステージの奥から飼育員らしき格好をしたひとが出てきた。長い髪を風になびかせた、すらりとした、……おんなのひと? でもなんだか見覚えのある雰囲気だ。ぼうしかぶってて顔は見えないけど、あれは、あのひとは。

「て……照美くん!?」

ベンチから転がり落ちそうな勢いで立ち上がって叫んだら、顔を上げた照美くんは客席にいるわたしにおおきく手を振った。わたしはいろいろとびっくりして言葉を失ってしまう。う、うそ、照美くん、どうしてあんなところにいるの?しかも飼育員さんの格好して。照美くんかっこいいからなに着ても似合うなあ、……じゃなくて、いやいやいや、照美くん!?わたしたちショーを見にきた側じゃなかったっけ!も、もしかして、照美くんいまからイルカショー、やる気なの?え、で、できるもんなのそれって。

『心配しないで、リサさん』

スピーカーから照美くんの声。口もとにある小型マイクで話しているみたいだ。

『とっておきのショーをきみにプレゼントするよ。楽しんでいってね』

照美くんがピイィッと指笛を鳴らしたら、いつのまに水槽のなかに来ていたのか、イルカが2頭、空中へと飛び上がった。

「すご、い」

イルカたちは照美くんに誘導されて水槽のなかをぐるっと大きく1周したあと、今度はさっきよりもたかくたかくジャンプした。それこそ、まるで羽があるかのように、空に向かって。 イルカたちもすごいけれど、わたしの目はどうしても照美くんばかりとらえてしまう。 すごい、ほんとにすごい。慣れてるように見えるけど、前にもやったことあるのかな。照美くんはやっぱりものすごいひとなんだ。こんなすてきなショー、うまれてはじめて、だ。 「きみがアフロディくんの彼女ね」 突然となりから声がして、わたしはびっくりして飛び上がった。照美くんとおなじ服を着た、きれいなお姉さん。たぶんこのひとがほんとの飼育員さんだろう。照美くんのこと、アフロディくんと呼ぶってことは、もしかして知り合いなのかな。

「い、いや、彼女ってわけじゃ」
「あら、そうなの?……じゃあ片思いなのね……」

お姉さんは口のしたあたりに手をあてて呟いた。わたしはたまげてしまって、思わずうえぇ!?と声を上げた。な、なんでだ!わたしの顔に、ワタクシ萱島リサは亜風炉照美くんがすきです片思いしてますとでも書いてたのか!?そんなわけないよなあ。もしそうだったら照美くんにもばれてることになるもんな!

「どうしたの?」
「な、なんでわかるんですか、わたしが片思いしてるって」
「……えっ?いやそうじゃなくて、……ああなんだ、そういうことか」
「……へ?」

お姉さんはひとりで納得したみたいに何度もうなずいて、そうかそうかと呟いた。ん?なんだったんだろ……?まあいいか、今はそれよりも。 ピイィ、とまた照美くんの指笛がステージに響く。2頭同時に水面を飛び出したイルカたちはきれいな弧をえがいてまた水の中へかえる。 「アフロディくんは小さい頃からよくここに来てくれててね」 お姉さんはわたしのとなりに腰かけて言った。 「わたしのショーを何回も見てくれて、僕もやりたい、って、そう言ったのが3年くらい前だったかな。たしかアフロディくんがまだ小学生のとき」 水槽の奥の柵から、なにか白い生き物が出てきた。わたしは目をこらしてそれを見る。ふわりとジャンプして照美くんのもつフラフープの間を通り抜けた白いイルカは水中に戻った直後、照美くんのあしもとに顔を出した。

「……なんだか、照美くんににてませんか?」

わたしが呟いたら、お姉さんはくすくすとわらって、 「やっぱりそう思う?」 と言った。 「あの子のなまえはアフロディテ。美の女神のなまえよ」 「照美くんといっしょなんですね」 「ええ、彼ら似てるから、館長がそうつけたの」 すきとおるような、白くてすべすべした肌。ながれるようなうつくしいフォルム。どことなく、照美くんに通じる気がする。 「アフロディくん、さっき頼みに来たの。僕のショーを見せたいひとがいるって言って」 ……さすが照美くん、サプライズのスケールがちがうよ。また惚れ直してしまうじゃない、か。





*





「楽しかった?」

改札を通り抜けたあと、照美くんがふいに言って、わたしは振り返る。

「うん、すっごく楽しかった!」
「そっか。よかった」

照美くんはにこにこわらっていて、それがなぜだかいまはすごくかわいらしく見えて、わたしもえがおになる。照美くんって、こんなわらいかたもするんだなあ。言い方があれだけど、こどもっぽいというか、おさなくてむじゃきなえがお。照美くんはいつもおとなっぽいわらいかたをするから、なんだか新鮮だ。あの水族館に行ったからなのかな。ちいさいころからよく来てるってお姉さん言ってたし。
ここのホームはやっぱりあんまりひとがいなくて、すこしくたびれて見える。みんな知らないんだなあ、今日照美くんがあの水族館でショーをやったことなんて。お姉さんはともかく、雷門中のともだちも、世宇子中のひとたちも、だれも知らないのだ。今日はわたしが、照美くんをひとりじめしていたんだ。そう考えたら、かなりの優越感に浸ることができた。素晴らしいことだなあ。わたしのだいすきな熱帯魚もいっぱいみれたし、なんていい日なんだろう。あ、そういえば

「照美くん、さかなすきなの?」
「すき。だってきれいでしょ」
「うん!あっ、あのイルカ、……えっとアフロディテだっけ。あのこめちゃくちゃきれいだった」
「気に入った?」
「うん、だってなんだかあのこ、照美くんみたいで――、」

照美くんの人差し指がくちびるに触れて、わたしは あれ、前にもこんなことあったなあ、 と思って、続きを言えないまま照美くんを見上げた。 「リサ、さん」 照美くんがあまくかすれた声でわたしのなまえを呼ぶ。緋色のひとみにうつるわたしのすがたがだんだんおおきくなるにつれて、わたしの心臓もおおきな音を立てる。 「て……照美くん、ここ、ホームだよ?見られちゃうよ」 「ひといないからだいじょうぶ」 だいじょうぶじゃないよ、と言うまえにくちびるがくちびるで塞がれてしまって、まともな思考なんてぜんぶ奪われてしまう。照美くんは、ずるい、な。いつもふいうちばかりで、わたしを困らせる。

「……順番飛ばしちゃったこと、怒る?」
「じゅんばん……?」
「うん」

まどろむ意識のなかで必死に考えたけれど、照美くんに怒る理由なんてひとつも思いうかばなかった。 「おこらないよ」 「ほんとに?」 「うん、ほんとに」 「……そう」そおっとほっぺたを撫でた照美くんの手に自分の手を重ねる。わたし、照美くんの手、すきだなあ。でもほんとは手よりも、照美くんのほうがずっとずっと、

「リサさん、僕と付き合ってください」

もう片方のあいている手で、照美くんのほっぺたに触れたら、今度は照美くんの手にわたしの手がつかまった。長いまつげが揺れて、それはもう、この世のものなのか疑うくらいにきれいで、きれいで。わたしに答えなんて、はじめからひとつしか用意されていないのだ。




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