「もしもし、照美くん?」

窓の外はもうすっかり暗くなっていたけど、わたしは部屋の電気をつけずにいた。理由はとくにない。ただ、なんとなくだ。そういう気分なだけ。 『もしもし?』 スピーカーから照美くんの声がする。それだけなのに、すごくすごくうれしくって、自然と笑顔になるから、ふしぎだ。

「電話はじめてだから、緊張する」
『うん、僕も』
「えぇ、うそ」
『うそじゃないよ』

照美くんが明るくわらって言う。やっぱりうそなんじゃないかな、ぜんぜん緊張してるってかんじしないよ、照美くん。 枕元に置いてある目覚まし時計のライトをつけた。午後7時、すぎ。晩ごはんまだかなあ。お父さんももう帰ってきてるのに。わたしは無意識にタオルケットをからだに巻きつけて、携帯電話を握りしめた。照美、くん。

『それで、どうしたの?何かあった?』
「……ううん。明日が待ちきれなくて」
『そっか。……楽しみだね』
「う、うん。なんだか恥ずかしいけど」
『そう?』
「だってわたし、男の子とふたりで出かけるなんてはじめてだから」

照美くんははじめてじゃないんだろうなあ。あんなにかっこいいんだからきっといままでにも照美くんのことをすきになった女の子はいっぱいいるはずだ。そのなかの何人かと付き合ったこともあるだろうし、デートだって何回もしてるんだろうな。

『リサさん?』

……でも、こんなこと考えるのは、おかしいな。照美くんに彼女がいたことがあったって、デートしたことがあったって、それはもう過去のはなしなんだから、いまさらわたしがそのことについてうだうだ考えたところで、どうにもなりやしないんだ。……これはたぶん、嫉妬、というやつ。照美くんの今も昔もひとりじめしたいだなんて、わがままもいいところだ。わたしは彼の彼女じゃないんだし、明日いちにち一緒にいられるだけで、すごいことなんだから。よくばっちゃいけないよね。

『リサさん、聞いてる?』
「――えっ?あ、ごめん、ぼーっとしてた……」
『いや、いいんだけど……ねえ、さっきから、誰か怒鳴ってない?』
「怒鳴っ……?あ、や、テレビつけっぱなしなの。刑事もののドラマやってて」
『……そう?』

うそを、ついた。
わたしの部屋にテレビなんてない。

『リサさん』
「はい?」
『ほんとにだいじょうぶなの?』
「な、なにが」
『なにが、じゃなくて。……話せるなら話して。それとも、僕には言えないこと?』
「い……いや、だからなんでもないよ』
『なんでもなくない』
「……どうしたの照美くん、なんかへんだよ?」
『へんなのはきみだよ』
「なん、」
『僕にうそついてるでしょ?』

どくん、と心臓の音が、いやに響いた。血の気がひいていく。なんで、……なんで?なんでわかってしまうの? 「照美く、」 『僕ね、うそつかれるのいちばんきらいなんだ。言えないなら言えないって言ったらいいのに、なんでごまかすの?僕はきみの力になりたいと思ってるよ。それが迷惑だったら、そう言ってくれたらいい。ほんとのことが言えないから、うそをつくの?関係ないことはわかってるよ、わかってるけど、でも、僕はきみが、しんぱいで、僕は』 照美くんのこんなにつらそうな声をわたしははじめて聞いた。そして、そんなふうにさせてしまったのはわたしなんだと思って、激しい罪悪感に襲われた。……こんなつもりじゃなかった、のに。照美くんに言いたくないとか、迷惑だとか、そういう意味でうそついたんじゃないのに。ただこれはわたしの家の事情だから、照美くんを巻きこむわけにはいかないと思って、それで。

「て、てるみ、くん」
『……ごめんリサさん。ちょっと頭冷やしてくるよ』
「え?……待っ……待って、切らないで照美くん!」
『明日、ね。じゃあ』
「あっ――」

ぷつん。

照美くんの声が聞こえなくなって、代わりにわたしの耳に飛び込んできたのは、お父さんの怒鳴り声。……やめて、やめてやめてやめて。わたしはタオルケットをさらにきつく巻きつけた。お母さんの叫ぶ声と、なにかが食器棚にぶつかるおおきな音がした。 照美くん照美くん照美くん、こわいよ、たすけて。 「お前みたいな女と結婚したのが間違いだったよ」 照美くん、照美くんの声が聞きたい。明日まで待てないよ、いま会いたいよ。 「どうしてあなたは私に嘘をついたの」 ごめんね、うそなんかついて、ごめんね。謝るから、ちゃんと話すから、お願い、出て 『おかけになった番号は現在電源が入っていないか、電波が届かないところにいるため――』 ……照美、くん。

「う、っ……ふ……ぅえ」

タオルケットに顔をうずめた。階下のお母さんの泣き声とわたしの泣き声が重なる。いま泣いたら明日目がはれちゃいそうだけど、それでも止まらなかった。胸がいたい。





5:/マリアの誤算








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