「照美くん!」

いつもとおんなじように裏門にもたれて立つ照美くんはこれまたいつもとおんなじようにきれいで、わたしは自然と笑顔になる。 「聞いて、あのねわたし、」 ガッ、とスニーカーのつま先が地面のくぼみにフィットする音。 「おふえぇ」 視界がぐらりと揺れて、あ、やっちまったとおもった。 「わっ」 と驚いたような照美くんの声がしたあとで、わたしは自分のからだがふわりと浮いたような感覚に陥る。転びそうになったわたしを支えてくれた何か、なんて、考えなくてもわかる。

「ご、めん、照美くん」
「ううん、気にしないで。大丈夫?」
「う……うん」

どきどきばくばく、心臓がうるさい。それはきっと、もうすこしで顔から地面にダイブしそうだったからとかじゃなくて、まあわかるだろうけど照美くんのせいだ。照美くんは見た目はヒロインみたいなのに中身はヒーローだ。なんてすてきな矛盾なんだろう。照美くんの細いくせにしっかりした腕に支え起こされ、なんだか恥ずかしくてうつむく。わたしのどあほう……照美くんの目の前でなんたる失態だ。予想外のハプニングってやつだ。照美くんにたすけてもらった密着してしまったうわああああああやったあああああと内心ちょっといやかなりおもってるあたり照美くんに迷惑すぎるよわたし。でもほんとびっくりした。照美くんてばまんがみたいにわたしのこと受け止めてくれて。

「それで、どうかしたの?そんなにいそいで」
「あ、うんあの、昨日の夜病院行ったらね、」




*




照美くんと出会ってから、もう1週間以上たった。照美くんは今朝もわたしを家まで迎えに来てくれたし、さっきだって昨日とおんなじように裏門で待っててくれた。でもそれももう今日で終わり。なぜならわたしの脚が治ったからだ。けっこうな怪我だったのに1週間ちょっとで治るなんてすごいってお医者さんは驚いていた。わたしはなんとなく、照美くんのおかげかもしれないなあと考えた。まあそれはいいとして、脚が治ったということはつまり、わたしが照美くんに送り迎えしてもらう理由がなくなったということなのだ。ほんとは朝に言うべきだったのだけど、どうしても最後に1回だけ、照美くんのうしろに乗りたくて、部長には脚が治ったことをまだ言わないで、今日もクラブはお休みさせてもらった。もともとやさしい照美くんがわたしなんかに気を使って送り迎えしてくれてたんだから、こんなふうに思うのはなんだか申し訳なかったけど、でもなごりおしくて仕方なかった。照美くんとの帰り道は、ほんとに楽しくてきらきらしてて、いつもの道でもなんだか違ってみえて。本音のところ、ずっとこういう関係でいたかったけれど、そんなの、照美くんにとっては負担でしかないのだ。

「リサさん、どうしたの」
「え?」
「さっきまでふつうだったのに、急に元気がなくなったんじゃない?」
「……あ、えっと」

照美くんはほんとにすごいなあ。わたしに背を向けて、自転車をこいでいるのに、そんなことがわかってしまうのだ。 カラカラカラ、車輪が、まわる。いつもは楽しいこの道で見上げる明るい空も、最後だって考えるとすこしどんよりしてるような気がする。自転車のブレーキ壊れちゃえばいいのに。そしたら照美くんが前みたいにどこかに連れていってくれるかもしれない。……なんて。照美くんはきっとブレーキが壊れたって華麗に止まるすべを持っているんじゃないかな。

「ううん、別に。照美くん、いままでごめんね、送り迎えさせちゃって」
「うん?ああ、いいよそんなの。というか、もともとは僕が言い出したんだしね。こちらこそごめん」
「な、なんで照美くんがあやまるの」

ああ、家が近づいてきちゃう。照美くんとお別れしなくちゃならなくなる。メアドはあの日きいたけど、そんなに頻繁にメールしたらきっときもちわるいよね。だとしたらわたしと照美くんのつながりはもう0に等しくなるんだ。そんなの、いやだ。だって、わたし、まだはっきりわかったわけじゃないけど、たぶん照美くんのことが、すきだ。いっしょにいるとどきどきしっぱなしだ。はじめのころは、照美くんがあんまりきれいで、びっくりしたから、こんなにどきどきするんだとおもってた。でも男の子だって知って、みょうに意識するようになって。中3にもなって、まだまともな恋をしたことがなかったから、よくわからないけど、きっとこういうのを恋愛っていうんだとおもう。その証拠に、 「リサさん」 彼がわたしの名前を呼ぶと、胸がきゅんといたくなる。

「大会、がんばってね。僕応援してるからさ」
「……うん、ありがとう。精一杯がんばるよわたし」
「きみならきっといい記録出せるよ。僕がいうんだから、絶対だ」
「あはは、そうだね、照美くんがいうならぜったいだ」

家の屋根がみえた。泣きそうになった。照美くん照美くん照美くん。いやだよ終わりなんて

「はい、かばん」
「ありがとう」

いともたやすく止まってしまった自転車がにくらしい。手渡されたかばんをぎゅうとだきしめていつもみたいにばいばいを言おうとおもったのに、のどのところまでことばは上がってきてるのに、どうしても声にならなかった。だって、ばいばいしちゃったら。もうこんなこと2度とないんだから。

「あ、そうだ、リサさん」
「……えっ、なに?照美くん」
「僕いままで部活はじまるまえに雷門まできみを迎えにきてたんだけどさ、明日からはお互い部活終わってから……でいいんだよね?」
「…………へ?」

照美くんの言ったことの意味があんまり理解できなくてわたしは目をぱちぱちする。 え、ちょっと待って、それどういうこと? お互い部活終わってから? いままでは照美くんの部活であるサッカー部がはじまる前にわたしを迎えに来てくれてて……わたしは明日から陸上を再開するから、だから、えっと。……うそでしょ?

「て、照美くん」
「朝はいつもどおりでいい?もうすこし遅くする?」
「そ、そうじゃなくて、あの」
「うん?なに」
「あ……明日からも、来てくれる、の?」

おそるおそる、聞いてみたら、照美くんはきょとんとした顔で、ちょっと首をかしげて、 「いや?」 なんていうもんだから、もう、わたしはなんだかもう、もうもうもうな状態で。

「い、いやじゃないです」
「そう?よかった。僕けっこうきみと会えるのたのしみにしてるんだよ」

にっこり、やさしくわらう照美くんはほんとにこの世のものなのか疑ってしまう。いやおばけとかそんなんでなくて、もちろんかみさまとかそういうこうごうしい存在のほうで。わたしはちょっとうぬぼれてしまいそうになるので、あぶない。だってわたしみたいな平凡なにんげんがかみさまに恋をしていいわけがないのだ。

「じゃ、じゃあ、おなじ時間で」
「うん、わかった。それじゃまた明日」

金色の髪をなびかせ、照美くんの乗る自転車がUターンする。 「ば、ばいばい!」 だししぶっていた別れのことばは次を知ったとたんすんなりと飛び出して、ああ、わたしってげんきんだなっておもった。それでもかまわない。脚は無事に治って、そして、これからもまだ照美くんといられる。これ以上のしあわせなんてきっとない。




*




「萱島」

1週間ぶりのスパイクのヒモをきつく結んでいるとききなれた声がして、わたしは顔をあげた。さらりとした水色の髪を後ろで束ねた彼は元陸上部の風丸一郎太。サッカー部に引き抜かれてく前はクラブでわたしといちばん仲がよかった男の子だ。

「脚、もういいのか?」
「うん!今日からクラブ再開するんだ」
「そっか」

風丸は優しくわらって、それから、わたしのとなりに腰をおろした。 「サッカー部の練習は?」 「いま休憩中」 「あ、そうなんだ」 とくん、と、心臓の音。 ……そういえばわたし、2年のとき、風丸に惹かれてたんだよなあ。彼が陸上やめてから接点があんまりなくなってさっぱり話さなくなっちゃって、告白とかそういうのまでいかなかったけど。なんだかいまさらだけど、こんなふうにふたりきりだとちょっと意識してしまう。

「もうすぐ大会、だな」
「うん……今回こそ、ちゃんと走りきりたい。いい記録残したい。もうあんな想い、2度としたくないや」
「……ん、俺応援してるから。萱島なら大丈夫だよ。それになんていうか、おまえ最近すごく楽しそうだしさ。その調子で走ったらきっと結果出るよ」
「そう……かな? ありがとう、がんばるよ、わたし」

あのころ、こんなわたしのことをいちばん心配して、応援していてくれてたのは風丸だったなあ。だからわたしはそんな風丸をすきになったんだ。

「……でも、やっぱりまだ不安なんだよね。また当日風邪引いたり脚くじいたりしたらどうしようって思うと怖くて」
「まあ、いままでほんとこれでもかってくらい大会運なかったもんな……」
「わたしの弱さのせいなんだけどね……、今回こそは、ぜったいベストのコンディションで挑みたい」
「とりあえずは体調管理だな。あと無茶な練習はしないこと」
「……、風丸なんだか言ってることコーチみたいだね」

わたしが言うと、なんだよそれ、って風丸がわらって言って、胸がどきりとして、あれ、わたしもしかしてまだ風丸に気があるのかなって思った。だってなんだかいますごくたのしい。彼がわたしのことを考えてくれるのが少なからずうれしい。あの恋心は自然消滅したと思っていたけど、ほんとは心のどこかでまだ気にしていたのかもしれない。たしかに、廊下ですれ違ったとき目で追ってしまったりすることがあったし。 ……いや、でも、わたしはいま、他に気になっているひとがいるんだ。だいたい風丸は友だち想いだからちょっと世話焼きなところがあって、わたしみたいな頼りないやつは見ててほっとけないからかまってくれるわけであって、きっと脈なんてこれっぽっちもないのだ。そう、これはもう終わった恋。過去のはなし。わたしがいますきなのは、世宇子中サッカー部キャプテン、亜風炉照美くん、なのだ。あ、そういえば

「風丸、えっと、照美くん、知ってるんだよね」
「照美くん?……ああ、世宇子のアフロディ?が、どうかしたか?」
「いや、この前偶然仲良くなったんだけどさ、去年のフットボールフロンティア、だっけ。雷門の対戦相手だったって聞いたから、どうだったのかなって思って。ほらわたし試合見に行けてないから」
「あー……うーん、そうだな……」

てっきり、どんなふうに強くてどれくらい苦戦して、って、すぐに語ってくれると思ったのに、風丸はうーんとうなりながら首をひねるばかりで、ちっとも話してくれない。……なんか、わたしの知らない悪いことでもあったんだろうか。

「まあ、強かったっていうか、……強かったけど……」
「な、なんなの?なんかあったの?」
「んー……世宇子は、その、ドーピング……みたいなことしてたからさ」
「ドー、ピング?」

ドーピングって……、薬とかで力を高めたりする不正行為だよね?……うそ、照美くん、そんなことしてたの?

「影山っていう監督が用意した神のアクア、っていうドリンクで、やつらは体力を増幅させてて……まあアフロディはそんなのなくても実力はすごかったんだけど。まあ、とにかくなんだ、悪いことしてたんだよな。なにかの力をかりて強くなって……。俺もおんなじようなことをした経験があるから、偉そうなことはいえないけど」
「……それってさ、不正行為なんでしょ?反則負けみたいにならなかったの?」
「そのへんは俺もよくわからないんだ。影山が手を回してたんだと思うけど……。ぱっと見たところ神のアクアはただの水にしか見えないしな」

……神のアクア。
へ、え、そんなのがあるんだ。それを飲めば、強くなれるんだ。……きっと、はやくはやく走れるようになるんだろう、な。

「ねえ、風丸」
「ん?」
「その、神のアクアっていうの……まだあるのかな?」
「いや、試合中にバレて回収されてたけど、どうだろうな……世宇子中にはまだ残ってるかもしれないな」
「そ……っか」

照美くんに頼んだら、……譲ってくれたりしないかなあ。神のアクア……。それがあったら、わたしも大会で記録出せるんじゃないかな?見た目が水にしか見えないならめったなことがないかぎりバレないだろうし。

「……おい、萱島、おまえ、妙なこと考えんなよ?不正行為だぞ」
「うん、わかってるよ、そんなの」
「力ってのはなにかから与えられるもんじゃないんだ。自分でがんばって手にいれてこそなんだから……ドーピングで得た結果なんて偽物だ、って、萱島、聞いてるのか?」
「聞いてる、よ」

だってね、風丸。わたしはこんなにがんばってるのに、でも運が悪くて結果が出せなくて。運も味方にしてこそ実力、っていうけど。わたしはあまりに不公平だよ。なら、1回……1回くらい、運命をねじ曲げてもいいんじゃない?

神のアクア、そのなまえが、わたしの頭からはなれない。




3:/ペレストロイカ










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