なんにもなかった。


小さいころ、ねだってねだって買ってもらったおもちゃも、小学校の卒業アルバムも、最近はよく顔を合わせていた勉強机も。あるものといえば、いまわたしがねっころがっている布団と毛布と、大きな本棚と3段ボックスが2つ。まるでわたしの部屋じゃあないみたいだった。明日には、ここは完全に、わたしが小学4年から6年間寝ていたあの部屋じゃなくなるのだ。


白い天井を見つめながら、いろいろなことを考えた。昨日、なかよしだった子たちがわたしのお別れ会をしてくれた。そのときわたしはほんとに楽しくて、わらって、わらって帰った。幸せだった。家に着いて、ひとりになって、最後だということに気づいて、それから泣いた。ひとり、だ。
向こうじゃ、だれもわたしのことを知らない。わたしがどんな子で、成績がどれくらいで、部活はなにかとか、すきなテレビはなにかとか、そんなのを、だれも知らない。当たり前のことなんだろうけど、わたしは転校するのははじめてなのだ。


携帯電話をいじっていた手を横にばたんと倒したら、カサカサとした紙の感触があった。横目で見ると、昨日いろんな人たちがくれた手紙の数々だった。中身はだいたいみんな同じ。元気でね、忘れないよ、メールする、手紙書く、年賀状出すから。ただの常套句で、社交辞令だなんてことはわかっている。どれだけ仲がよかったって、会わなければ忘れていくし、メアドも変えるし、手紙なんてめんどくさがってしまうだろう。現にわたしがそうだった。小学校のとき転校していった、なかよしの女の子のフルネームをもう思い出せない。ひとの記憶なんてそんなものだ。わたしもいつかみんなに忘れられちゃう。クラスのみんなにも、陸上部のみんなにも、――照美くん、にも?


携帯電話の画面をまた開いた。アドレス帳から照美くんの名前を探して、Eメール作成画面へとぶ。……試合、頑張ってね、と打って、……でもどうしても送信出来なかった。返ってこないのが、怖かった。無視されたら、きっとわたしは立ち直れない。


照美くんのことも忘れられたらいいのに。なんて、うそだ。忘れたくないし、忘れてほしくない。メールもしてほしいし手紙だって書いてほしい。ずっと照美くんの彼女でいたいし、ほんとにたまにでいいから、できるならば会いたい。照美くんにすきだと言ってもらえるわたしでいたかった。

なみだは、出ない。
昨日の夜、これでもかってくらい泣いたからか、泣きたくても泣けなかった。……明日で、照美くんとお別れ。出会ってから、長いようで短かったなあ、と思った。これでおしまい。だけど永遠にしたかった。

彼が、すきで、だいすきで、わたしのアイデンティティといったら照美くんがすきすぎるところじゃないか?というくらい、毎日毎日照美くんであたまがいっぱいだった。口では言い切れないくらいたくさんの思い出がある。いまになって、そのひとつひとつを書きとめておかなかったことを後悔した。

……照美、くん。

彼がわたしに向けてくれていた、女神さまみたいなえがおを思い浮かべたら、やっとなみだが出てきた。もう1度わたしに向かってわらってほしかった。リサさん、って、わたしの名前を呼んで、春風みたいなやさしさとあたたかさで、わたしに触れてほしかった。

「照美くん、すきだよ」

いくら叫んだとしても、この言葉が彼に届くことはもう、ない。





18:/イデアの消滅






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