朝一番からあまりの非凡さにたまげてしまった。あれれまだ寝てるのかわたしは、と思って頬をつねってみたらかなり本気で痛かったのでまあ夢ではないようだった。学校に行こうと玄関を出たら美少女がもんぴの前にいらっしゃったのである。まことにびっくりした。その子がてるみちゃんという名前で、昨日わたしとぶつかった子であることはもちろん覚えていたけれど、そんなのはおかまいなしにびっくりした。まさかほんとに迎えにくるなんて思ってなかったので、予想外の衝撃になにも言えず金魚のように口をぱくぱくさせているとてるみちゃんの方から先にことばを発してくれた。

「おはよう」

今もしカメラをもっていたらわたしは確実にシャッターをきったと思う。そしてその写真にタイトルをつけるとするならまあ、『女神のほほえみ』あたりがしっくりくるんじゃないだろうか。 「おおおおおおは、おははおはおは」 てるみちゃんがくすくすわらうけど、こんなにどもってしまうのが誰のせいなのかわかっていなさるんでしょうか。

「おっは、よ、……う、てるみちゃん」
「うん、おはようリサさん」

ちくしょう、おんなじ女の子なのにどうしててるみちゃんはこんなにかわいらしくてうつくしいんだ。わたしなんかもはや生まれたことを恨むくらいのぶさい……く……いやお母さんごめんお母さんには感謝してるんだけどもね。てるみちゃんはなんというか、格が違うというか、芸能人ですって言われたらまあそりゃそうだよなって納得してしまうような容姿なのでわたしは少なからず神様の不平等さを憎いと思うわけで。そんでもってこんな美人にお迎えされるなんて恐れ多くて失禁してしまいそうで。いやそれでもわたしは仮にも女の子であるので失禁とか言っちゃイカン 「リサさん、乗らないの」 ……もうプライドなんかゴミ箱に捨てて土下座してしまいたい。てるみちゃんにならできるような気がする。

「……えっと、じゃあ、お願いします」

もんぴを開けて彼女にちかづいたら、なんだか花束のようなふわふわしたいい匂いがした。香水とかシャンプーとかそんな感じのじゃなくて、もっと自然で、身体からただよってくるような香り。思わずとろんとしてしまって、てるみちゃんの乗る自転車のわきに突っ立ったままでいたら、不思議そうに首をかしげたてるみちゃんに名前を呼ばれた。 「リサさん」 てるみちゃんが呼ぶと、わたしの平凡な名前もなんだか高貴な響きに聞こえるからすごいなあ。

「遅刻しちゃうよ」
「ご、ごめんね」
「サボっちゃおうか」
「うん、……え?」

てるみちゃんはにこにことわらっているので、ああ空耳かまあ空耳だよなと思ってわらい返したら 「どこに行きたい?」 と聞かれてはやくも本日2回目のびっくり仰天。……ちょっと待ってよてるみちゃん、いったいなにを言っているの?

「ほ……本気?」
「僕はいつでも本気だよ」

さあ乗って、どこへでも連れていってあげる。

てるみちゃんがそう言うと、ほんとうにどこまででも行けそうだと思ってしまう。わたしは決してまじめな方ではないけれど、学校は楽しかったからサボったことは今まで一度もなかった。でも、こんな機会、逃したらもう二度とないかもしれない。しちゃいけないことほどやってみるときもちいい、って前誰かが言っていたような。誰だったっけなあ。忘れちゃったけど今はそんなことどうでもいい。

「……じゃあ、てるみちゃんのいちばんすきな場所、連れてって」
「うん、わかった」

なんだか、愛の逃避行みたいだと思った。てるみちゃんもわたしも女の子なのに。でもたしかに胸がどきどきしている。はじめてサボるからということもあるけど、わたしはたぶん、てるみちゃんにどきどきしているんだ。その証拠にほら、彼女のカッターシャツのすそをこんなにつよく握りしめてしまう。 「もっとしっかりつかまりなよ」 おそるおそる腰に手を当ててみた。包帯でぐるぐる巻きになった脚を宙に浮かせてみたけれど、自転車は揺れもしなかった。 「てるみちゃん、細いのに力あるね」 「まあね」 動き出した車輪がもう止まらなくてもいい、なんて考える。ずっとてるみちゃんの背中を見つめていたい。彼女がこんなに魅力的なのは、たぶん彼女が神様に愛されているからなんじゃないだろうかと、なんとなくそう思った。




*




「どこに向かってるの?」
「ひみつ」

てるみちゃんの声は明るく、はずんでいた。かく言うわたしも、はじめてのサボタージュに快感をおぼえつつある。ゆるやかに流れていくのは知っている町並みなのに、てるみちゃんの後ろで見るとなんだか違う世界に見えた。3度目の赤信号で停止したとき、わたしは気になっていたことを尋ねてみる。

「ねえ」
「うん?」
「てるみちゃん、なんかスポーツやってるの?」

腰に触れていてなんとなく思ったのだけど、彼女の身体は鍛えぬかれたように引き締まっていて、ぜんぜん無駄がないのだ。わたしなんか小学校のころから陸上をやっているくせに、おなかのお肉とかだるんだるんでくびれもなくて。ほんとにてるみちゃんはパーフェクトだなあ。

「一応、サッカー部だけど」
「……え、サッカー部?」

世宇子中のサッカー部っていったら、去年のフットボールフロンティアの決勝で、雷門のサッカー部と戦ったところじゃないか。型破りなくらい強くて、一躍有名になったあの世宇子中。まあわたしも同じ時期に女子陸上の大会があったから、試合を見に行ったりはできなかったけど、風丸が出るからといって応援に行ったらしい宮坂くんからいろいろ話を聞いた。たしか、世宇子中サッカー部のキャプテンのアフロディさんとかなんとかいうひとがすごく強くて、雷門はかなり苦戦したんですって言ってた。でもサッカーって公式戦に女の子は出れないんだよなあ。てるみちゃんはわたしの予想によるとたぶんサッカーすごくうまそうな気がするから、残念だ。

「リサさんは陸上部?」
「うん!……あれ、言ったっけ?」
「ううん。なんとなく、見てたらそうかなって」
「あ、陸上部オーラ的な」
「いや陸上部オーラまでは感じ取れなかったけど」
「そっかあ」
「……脚、ごめんね」
「へ?あ、いやいやもういいんだってば!てるみちゃん気にしすぎだよ」
「だって、陸上部にとって脚は命みたいなものでしょ」
「うーん、まあそうだけど……でも大丈夫、ほんと大丈夫だからね。こうやって迎えにきて後ろにも乗せてくれてるしさ、もうじゅうぶんなんだから謝んないで」
「学校に送り届けてないけどね」
「サボろうって言ったのはてるみちゃんじゃないですか」
「……うん、だってなんだかそういう気分だったんだ」

それってどんな気分?、と聞いたらてるみちゃんはふふ、と小さくわらったあと、ふまじめな気分、と真面目に返してきた。それがおかしくてわたしもわらった。赤から青に変わった信号の横を通り過ぎて、てるみちゃんとわたしを乗っけた自転車はすいすいと進む。どこに行くんだろうなあ。わたしの知らないところかな。でも左右の景色はやっぱり見覚えがある。ええと、この方角ってことは。

「もしかして、鉄塔ひろば?」
「せいかい!」

てるみちゃんが急に立ちこぎをはじめて、自転車のスピードがぐんと上がる。 「わわっ」 はやいはやい。あんまりはやいのでびっくりしてちょっと自転車から落ちそうになった。ひゅう、と耳元を風が吹き抜けていくと、すごくきもちがいい。てるみちゃんのながい髪がなびく。坂道は残り少し。 「てるみちゃん、はやいよー!」 「こわい?」 「ううん、はやいのすき!」 「それはよかった、」 坂道がおわるとてるみちゃんはサドルにゆっくり腰をおろした。あんなに風を感じたのは久しぶりな気がする。脚を痛める前からずっと調子が悪いのが続いていたから、思いっきり走れたのはうんと昔のことのように感じる。

「あっ、そうだ、てるみちゃん、あとでメアド教えてくれないかな」
「うん、もちろんだよ」

腕時計を見たら、朝のホームルームがはじまる時間だった。わたし、ほんとにサボっちゃったんだ、学校。でもぜんぜん悪い気がしてないって、やばいんじゃないの?それ。でも、だって、てるみちゃんがあんまりきれいにわらうから、わたしは学校なんかよりこっちの方がずっとずっと価値があるものに思えてしまうのだ。



*



「わー、久しぶりだなあ、ここ来るの!てるみちゃん、世宇子からここまで遠いのに、よく知ってたね」
「雷門に出入りしてた時期もあったからね。……覚えてる?宇宙人事件」
「あ、あったね、そんなこと。侵略者がどうとか……雷門のサッカー部が世界を救ったんだったっけ」
「そうそう。僕、ほんとに少しの間だけど、雷門サッカー部のみんなといっしょに宇宙人と戦ったんだよ」
「え、ほんと!?あそっか、てるみちゃん世宇子中サッカー部なんだもんね、そりゃすごい戦力になるはずだ」

てるみちゃんは、わたしたちが今腰かけているベンチが格好の告白スポットだってことを知っているんだろうか。鉄塔ひろばの水辺のベンチといえば、雷門中の生徒の間ではよく噂になる場所だ。何組の何々ちゃんが誰々に告白されたとか、そういう話題はひんぱんに持ち出される。わたしにはもちろんこれっぽっちも縁のない話なんだけど、いざここに座ってみるとなんだかどきどきしてしまう。誰かに目撃されたところで、女の子同士なんだから気にすることないんだけどね。

「そうだ、メアドだっけ?」
「あ、うん、えっと、ケータイどこ入れたっけな」

いつもカバンの外ポケットに入れているのに、いくら探っても見つからなくてあたふたしていると、 「リサさん、制服のポケット」 とてるみちゃんの声。ああそうだ、今日はスカートのポケットに入れたんだった。

「じゃあ、はい、送信」
「あ、ありがとう」

赤外線通信中、という画面のあとでディスプレイに表示された文字に、わたしの目は釘付けになった。

『"亜風炉照美" アドレス帳に登録しますか?』

……亜風炉、照美?
世宇子中サッカー部……亜風炉……アフロディ……?

「てるみちゃん」
「うん?なに、リサさん」
「世宇子中サッカー部の……あ、アフロディさん、って、てるみちゃんのことだったりする?」
「そうだけど、それがどうかした?」

てるみちゃんが不思議そうな顔をする。わたしは雷がおちたみたいな衝撃をうけて動けない。うそ、てるみちゃんが、あのアフロディさんなの?世宇子中サッカー部のキャプテンで、ものすごくサッカーが上手くて、雷門と決勝戦で戦った、アフロディさん……。公式戦に女の子は出られないから、じゃあてるみちゃんは。

「お、男の子……?」

なんてこった。じゃあわたしがてるみちゃんにこんなにどきどきしていたのは、


(もしかして、もしかしたら、)


2:/恋せよ少女






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