かわいい部屋だね、と照美くんが言って、わたしの心臓はオリンピック選手も真っ青なくらいの大ジャンプ。き、きのう必死になって片付けておいてよかった……!まさかお母さんが照美くんに 「あっそれじゃあアフロディくんリサの部屋でも見てくる?」 だなんて、さりげに はやく上の部屋行け 的な指示を出すとはおもわなんだ。いやまあお母さんはリビングでの仕事もあるしわたしたちがいたら正直邪魔なんだろうし仕方ないんだけど……。こういう場合を想定してお片付けしておいた自分グッジョブ!あのまんまじゃとても照美くんにお見せできる状態じゃなかったというか、むしろもう女子の眠る部屋とは思えないようなきたなさ……、片付けの苦手な女の子ってほんとつらい。

「どこに座ったらいい?」

照美くんが首をかしげて言う。わたしの部屋は夏休みに行った照美くんの部屋の4分の1くらいしかないから、もちろんソファだなんてものはないし、イスと言えば勉強机の前のかたいイスだけ。 「えっと、じゃあベッドにでも」 特になにも思うことなくそう言ったあとで、わたしはすこし考えた。テーブルとか、イスとかがちゃんとある、きれいな部屋のほうが、照美くんはすきかなあ。お母さんに頼んで、折りたたみ式のベッドにしてもらおうかな。

「リサさん、どこ行くの?」

とびらを開けて廊下に出ようとしたわたしにむかって照美くんが言った。お菓子とジュース取ってくるよ、と言い終わらないうちに、 「待って」 と照美くんのやさしいけど鋭い声が飛んでくる。

「なに――、」
「おいで」

照美くんが、ふわりと手を広げた。わたしはいやだとか、できないとか、そういう言葉をすべて床にぼろぼろと落として、まるで糸で引っ張られているみたいに忠実に、彼のところへ足を動かした。あと50センチ、というところで、照美くんがわたしの腕をつかんでそのまま強く抱き締めた。照美くんはベッドに座ったままだから、立っているわたしのむねのあたりに頭があった。 「照美くん……?」 「あのね」 わたしの服に顔をうずめたまま、照美くんがくぐもった声で言う。 「僕いま、すごく、リサさん不足なの」 照美くんのちからはいつもよりつよくて、ちょっと苦しいくらいだ。 「夏休み、終わってからさ、登下校の時しか一緒にいれない日ばっかりで。文化祭の準備でお互い忙しいのはわかってるんだけど、……わかってるんだけど、でも、きみといられないと、つらくて、くるしくて。ふたりっきりも、しばらくぶりだから、ちょっとの時間でも離したくない。お菓子もジュースもいらないから、傍にいてくれないかな」 こんなに近くにいるんだから、照美くんにわたしの心臓の暴れ具合は伝わっているはずだ。どきんどきん、どきんどきん。ああまたわたしの寿命縮んでく、と思った。

「えっと、……じゃあ、すきなだけ補給してください」
「……うん、そうする」

きゅう、とわたしに抱きついてくる照美くんはなんだかとてもかわいく見えた。わたしは彼の滑らかな髪を撫でながら、ぼうっと過去のことを思い出した。そういえばわたしがまだ小学生のとき、照美くんの髪みたいな金色の毛をした猫を飼っていた。性別はオスで、猫らしく気まぐれな性格で、わたしがどんなにかまってみてもぷい、とそっぽを向いてばかりだった。 あるとき、わたしは家の鍵を持って出るのを忘れて、学校から帰ってきたものの中に入れず、玄関先でお母さんが帰ってくる夜まで待っていなければならなかった。だんだん日が落ちて暗くなってきて、まだ幼かったわたしはこわくてさびしくて、ランドセルを抱えながら縮こまって必死に涙をこらえていた。 にゃおん、 足元で彼の声がしたとき、わたしはびっくりして飛び上がった。どこから抜け出してきたのか、彼はわたしのとなりにちょこんと座って、すました顔で門扉を見つめていた。結局お母さんが帰ってくるまで、彼はわたしの方を見向きもしなかったのだけれど、わたしはその日から彼をほんとうに可愛がるようになった。彼がわたしの腕のなかで息をひきとったときは、泣いて泣いて、これでもかというくらい泣いて、夜を明かしたものだ。 照美くんの髪は彼の毛並みと同じくらいつやつやしていて、触れているからだのぬくもりもよく似ていて、なんだか懐かしいかんじがした。まるで、照美くんのことを昔から知っていたみたいだ。

「リサさん、ねえ、キスしてほしい」

甘え方もそっくりだ。わたしに擦りよってきているとき、ふいに顔を上げて、彼は撫でて撫でてとねだるそぶりをした。わたしはうっすらと色づいた照美くんの白いほっぺたに手をあてて、 「うん」 とつぶやいた。自分からキスしたことなんてなかったけど、なんだかあの猫を撫でるときのような気分で、とくに恥じらうこともなく照美くんのくちびるに自分のくちびるをくっつけた。ぱさりと落ちてきた横の髪が邪魔で、かきあげた瞬間、からだが宙に浮いて、わけのわからないまま、気づいたらベッドの上で仰向けになった照美くんに馬乗り(……!)になっていた。どうやら抱きかかえられたらしい。 「て、照美くん、こここれはいったいなに、」 「なんとなく」 いやなんとなくでこうなるものなの……!?なんかこれわたしが照美くん押し倒したみたいでうひゃあああってなるんですけど! 「てててててるみく、おおおおろし、おろろろろ」 「リサさん舌回ってないよ」 わたしのしたで、照美くんがくすくすわらう。……わ、わたしの、した、で……! いろいろとやばいということはわかったけれど、どうしたらいいのかがさっぱりわからない。おりようにも照美くんはわたしの腕をしっかりつかんでいて、逃してくれそうになかった。

「なんだかへんなかんじだね」

照美くんがわらいながら言うけどはっきり言ってへんなかんじとかそれどころじゃあない。わたしなんかが照美くんに馬乗り(……!)になるだなんてありえないというかおそれおおいというか照美くんのお父さんお母さんごめんなさいというか、わたしみたいな庶民がほんとうに申し訳ありませんと全国に謝ってまわりたいくらいだった。もう勘弁してください照美くんわたしそろそろ昇天してしまいます、 「リサー?」 階下からお母さんの声がして、わたしはヒィ!と思わず声をあげた。どっどうしようお母さんがもし部屋に入ってきたら?まぎれもなくわたしが照美くんを押し倒しているように見えるんじゃなかろうか、いや見えるに決まっている!照美くんになんてことしてるの馬鹿!ってあとで怒られる! 「お母さんちょっと会社行ってくるからねー!もしかしたら朝まで戻んないかもしれないから、照美くんによろしく頼むわよ!」 ……え、うそ。 数秒後、玄関が開いた音がして、鍵がカチャカチャ鳴って、そして門扉がかしゃんと閉まった。わたしのした、で、照美くんがつぶやいた。 「ふたりきり、だね?」 ぐい、と手をひっぱられ、照美くんの上に倒れ込んだ。

「て、てててるみくん、待って」
「待たない」

目に映った照美くんのあかい瞳はぎらぎらと輝いていて、どきりとした。息の出来ないくらいのキスも、服のなかに入ってくる手も、わたしは拒むことができない、――というより、拒む気なんてさらさらなかった。 「あ、っ!」 首筋にぴりりと痛みが走った。 「ここ、制服では隠れないね、ごめんねリサさん」 隠す気ないくせに。照美くんはときたまいじわるで、でもすこぶるかっこいい。困ったもんだ、わたしはすっかり照美くんのとりこ。

「ひゃ、あ」

太ももを撫でるてのひらはあの時と同様熱くて熱くて、とろけてしまいそう。 「照美、くん、ぁ、やっ」 必死にしがみついたら、照美くんはわらって、 「声、かわいい」 枕元に置いてある時計の針が動いているのがぼんやりと見えたあと、わたしは余計な考えをぜんぶ消して、かわりに照美くんのことでいっぱいにした。 「――リサ、さ、」 ぞくぞくとするこの感覚のなまえを、わたしはもう知ってしまった。





13:/硝子の金魚






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