シーザーサラダをご賞味中の照美くんは相も変わらずびじんさんで、それを真っ正面から見つめていられるわたしは彼女という名の特権をフルに活用しているわけで、とてつもなく優越感にひたれるはずなのだけどいかんせん、萱島リサの気分はすぐれなかった。主な原因は1つに要約できる。通路をはさんで向こう側の席に座っている女の子ふたりぐみが、さっきからちらちら、ちらっちら、わたしと照美くんのほうを見ているのである。

「リサさん、どうしたの?グラタン美味しくないの?」
「あっ、ううん、すっごく美味しいよ、大丈夫!てっ照美くんのサラダも美味しそう」
「よかったら一口食べる?」
「えっ、い、いいの」

ぎらん!と、女の子たちの目が鋭く光った気がした。 ……名探偵萱島リサの推理によると、おそらくあのふたりぐみは世宇子中の生徒で、学校のトップアイドルともいうべき亜風炉照美くんと謎の女とのファミレス会合を目撃してしまい、 「ええええあれもしかして照美くんの彼女〜?うそ〜ありえな〜い!」 などとふたりで話し合っているのだろうそうだろう! これが推理そのいち。
推理そのに。たまたまわたしたちとおなじファミレスにいあわせた、今をときめくぴちぴちギャルふたりぐみは照美くんのびじんさにこころをいぬかれ 「え〜あの子ちょうかっこよくない〜?まじタイプなんですけど〜」 「わかるわかる〜!てかさ、前の女なに〜まさか彼女?いやないないない釣り合わないって〜あんなブス」 「うんブスブス」 などとわたしの批評をしているのだろうそうだろう!
おまえらなんぞに照美くんはやらねえぞ!照美くんはわたしのなんだぞ!やいやい!とこころでは叫べましたが実際のところぴちぴちギャルがこわくてびくびくしています。ち、ちくしょう照美くんがびじんすぎるからいけないんだ!

「……リサさん、ほんとに美味しいの?いまにも殺しそうな顔してグラタンにらんでるけど」
「こっ、ころ……?い、いや大丈夫だよほんとに!グラタンは悪くないんだよ照美くん!」
「そう?夏は過ぎたにしろ食中毒とか怖いし、へんなあじがしたらすぐに言うんだよ。……ためしにちょっとちょうだい、きみの味覚が甘いのかも」
「へっ、あっ」

照美くんは有無を言わさずわたしの手をひっつかんで、わたしの握っているフォークでグラタンをすくいあげて自分のくちに運んだ。か、かかかかんせつちゅーだ!と思ったけれどまた女の子たちの目が光った気がしてそれどころじゃない。て、てるみくん、心配してくれるのはうれしいけど、照美くんがわたしに構うとあの子たちがわたしを恨んじゃうかもしれないんだよ……!こわいんだよ……! 「うーん、特に変わったあじはしないけどなあ。……というかリサさん、この熱い日にグラタン食べるなんて、よっぽどすきなんだね」 「あ、えーと……、この店に来たらグラタン食べるのがお決まりというか、定番というか」 「ふうん……。こういう店に入る機会はあんまりないけど、まあサラダは美味しいかな」 照美くんはキャベツの千切りを食べるときだってびっくりするくらい上品なので、生まれの違いを改めて感じた。うう、これじゃああの女の子たちに 「彼女釣り合ってなくなーい?」 とか言われても仕方がないじゃないかちくしょう、どうしたらいいんだ。わたしになにか挽回できる点はないのか……!……あ、そうだ。

「ね、ねえ照美くん」
「うん?」
「照美くん、前さ、わたしをすきになったときのことはなしてくれたよね?」
「ああ、うん、あの日ね」
「そ、そう、あの日……て、ていうか照美くんあの日とか言わないでよなんだか……なんだかこのへんがむずむずするから……!」
「なんで?別に恥ずかしいことじゃないでしょ。ほらなんていうの……はじめて記念日みたいな」
「て!照美!くん!ストップ!サラダ食べながらそんなこと言わないで!」

ま、まったくもう、照美くんてばきれーな顔してたまにすごいこと言うから困る……!わたしがひとりで真っ赤になってグラタンをつついていたら照美くんが 「僕はきみが思うほどいいにんげんじゃないんだけどなあ、今だってすぐにでも襲ってしまいたいくらいなのに」 とつぶやくので、見事にむせかえってしまった。 「っ、で、るみ、ぐ、げほっ」 ひとまえでなんてこと言うの!と言いたかったのに、汚ならしい音が飛び出しただけで声にはならなかった。な、なんだろう、て、照美くんってもしかするとけっこうあの、あの、ハレンチなお方……なのかな……?いやでも思春期の男の子ってふつうこういうものなんじゃないのかな、だってクラスの男の子たち、毎日そういうはなししてるし。 わたしは照美くんを聖人かなにかみたいに思ってるからいちいちびっくりしてしまうんだろうか。たしかに照美くんはそういうの興味なさそうだなっていうか、知らなさそうだなって思ってた節はあったけど、いや、うーん、照美くんってやっぱりけっこうえろ、 「リサさん」 ウワッびっくりした!

「な、なにかな照美くん」
「話それちゃったけど、なにか言いたいことあったんじゃないの?」
「あ……ええと、うん。すきになったときのことは聞いたけど、わたしのどこをすきなのかは知らないな、って思って」
「ああ、……教えてほしい?」

照美くんがにこやかに聞いて、わたしはすこしためらってしまった。照美くんはわたしのことをすきなんだぞ!って女の子たちに見せつけられたらいいな、なんて思っていたけど、いざとなると緊張する。 「お、教えてほしい、です」 喉がからからなまましゃべったからかすれた声がでた。

「そうだなあ、まず、欲がないところでしょ。あと、僕と話すとすぐどもるところ、表情がくるくるかわるところ、底抜けにお人好しでやさしいところ、それと僕の名前を呼ぶ声もすき。あ、もちろんかわいいその顔もすきだよ。でもいちばんは、いつも僕のことを第一に考えてくれてることかな?行動だけですきだよって言われてるみたいで、すごくうれしいんだ。――ちょっとリサさん、顔あげてよ。僕だって恥ずかしいんだからね」

照美くんがそう言うけれど、無理だ。わたしはファミレスのテーブルに顔をくっつけたまま足をばたばたさせた。 てっ、てる、てるみくん……! きゅんきゅんどころのはなしじゃなかった。胸のあたりがむずむずして、ほっぺたが熱くて、下手したらしんじゃうんじゃないの?ってくらいに心臓がどきどきばくばくしていた。 まさか、そんな、そんな細かいところまで。わ、わたしだって、照美くんのすきなところなら100個くらい余裕であげれる気でいたけど、こ、これはちょっと、恥ずかしいというか、言われただけでこんなんなっちゃうのに、言うのなんて無理というか。無理だ。

「リサさん」
「……はい」
「僕さ、きみが僕のことすきになったときのはなし、まだ聞かせてもらってないんだけどな。あの日約束したよね?僕が話すかわりきみも話すって」
「……し、しましたか」
「うん、した」

おそるおそるおそるおそる、顔を上げたら、照美くんがにこにこしながらわたしを見ていた。

「い……いま……?」
「別に今じゃなくてもいいけど。……あ、それと、わがまま言ってもいいかな」
「な、なに?」
「きみの家に行きたいんだけど」

どかーん、と、わかりやすく言えば頭のなかの火山が勢いよく噴火したような感じだ。て、照美くんが、わたしんちに……? 動揺しながらフォークでグラタンを口に運んだらもうすっかり冷めてしまっていた。う、うそだろ……!

「だめ?」
「だ、だめじゃないけど、なんで急に、そんな」
「ご両親にちゃんと挨拶したいなと思ってさ」
「え、ええええええええいいよそんなの!いいよ!」
「きみがよくても僕がやなの。だから行ける日聞いといてくれるかな」
「えっ、え、照美くん、ほんきなの」
「だから僕うそつかないってば」

そうだけど!!
でもでもそんな、そんなのって……!緊張とかそんな言葉じゃいいあらわせないくらい緊張するんですけど……!いやまあなんせ、かの有名な照美くんなんだからお父さんもお母さんも反対とかはぜったいしないと思うけど、でも……!親公認の彼氏彼女になるためにはこんな試練を乗り越えなきゃならんのか。 わたしはこころのなかで全国の親公認カップルを称えながら冷めたグラタンを頬張った。

「……わかった、聞いとく。……けど、たぶんお父さんとは、予定合わないと思う」
「日曜日でも?」
「……お父さん、最近家帰ってこないから……」

照美くんがふしぎそうに首をかしげるので、わたしはあははとわらってごまかした。両親とも公認、は、無理かな。肝心のお父さんがいないんだもん。

「……ねえ、前から思ってたんだけどさ、リサさんの家って――」
「あっ照美くんデザートきたよ!」

にこやかなウエイトレスさんからデザートを受け取って、 「わたしまだグラタン食べ終わってないや!」 と苦笑いした。照美くんはなんともいえない顔をしていたけど、わたしが大急ぎでグラタンをくちにかけこむのを見て、 「そんなに急いだらのどにつまらせるよ」 と言ってわらった。向かい側の女の子たちは、いつのまにか勘定を済ませていなくなっていた。




12:/相対性理論






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