ゆらゆら、ゆらゆら。
まるでゆりかごの中にいるような感覚を不思議に思いながら、わたしはまぶたを持ち上げた。ぼやけた世界はほとんどが金色をしていて、まぶしくて思わずまた目を閉じる。 近くを車がとおりすぎてゆく鈍い音がした。ゆらゆら、わたしはあたたかいものに揺られながら、ゆっくりと記憶をたどってみる。ええと、たしか、照美くんのおうちにお邪魔して、数学して、お菓子たべて、照美くんのおはなし聞いて、……それから。

「起きた?」

照美くんが振り向いてわたしを見た。まだ目が醒めきっていないわたしはぼーっとしながら、うん、とつぶやいた。ゆらゆら、ゆらゆら。照美くんの背中は思ってたより大きくてあったかくって、ぴったりくっつくとすごくすごく安心した。鼻をかすめるシトラスの香り。首元にすりよったら、 「寝起きのリサさんは甘えんぼだね」 と照美くんがわらいながら言う。うーん、まだ、ねむたいんだけどな……。

「照美くん、いまなんじ……?」
「5時半くらい、かな。門限すぎるといけないから早めに家出たんだけど、だめだった?」
「ん、……だいじょぶ……」

ゆらゆら、照美くんがあるくたびに、わたしの体も揺れる。やっと頭が冴えてきて、いまの状況を理解しはじめたわたしは 「うええええええ」 と声を上げた。ななななんで、なんでわたし照美くんにおぶってもらってるんだ!ぎゃあああ体重ばれる!体重ばれる!

「照美くん、おっ、おろし、おろっ」
「……きみのことだから、体重がばれるとか思ってるんだろうけど、そんな心配いらないからね」
「いっ、いやでもあのっ」
「いまはきみに歩かせたくないんだよ」
「な、なんで」

聞いたら、照美くんは黙ってしまって、わたしは不安になって照美くんの名前を呼ぶ。な、なんなんだ?わたしは寝ている間に怪我でもして歩けない体になったんだろうか。いやでもそれなら脚とかが痛いはずだしちがうだろう。いま痛いのはおなかのしたの方くらいで、……おなかのしたの方くらいで。

「あっ」
「……、自転車の後ろじゃ、振動がからだに響くかなと思ったから、おぶっていくことにしたんだ」
「えっ、と……あ、ありがとう、照美くん……」
「……どういたしまして」

そ、そうだ、わたし、照美くんと、照美くんの家で、照美くんに、照美くんの……ああああああ!そう、だった!照美くんと、わたし、は、その、せ、……っくす、したんだった……!な、なんだこのきもち!うれしいのに恥ずかしくてしにそうだ!わ、わたし、照美くんと、ひとつに、なった、のか。

「何か話しててよ、リサさん」
「えっ!?……あっ……ええと、て、照美くんのせなか、あったかい、です」
「背中だけじゃないけどね」
「へっ?」
「僕のほっぺた、触ってみなよ」

照美くんが言うので、わたしはおそるおそる照美くんのほっぺたに手を当ててみた。じゅう、と音がしそうなくらい、熱かった。

「あ、あつ、い」
「……やっぱり、照れるね」
「う……うん」

ゆらゆら、ゆらゆら、心地いい揺れのなかで、わたしは自分の上にいた照美くんを思い出して、かあっと顔が熱くなるのを感じた。う、わ。ははははずかしい。照美くんのほそくてながい指が、わたしのからだをなぞって、なかにはいってきて、動かされて、わたしのじゃないみたいな声が出て、たまらなくぞわぞわして。あ、あれが、きもちいい、ってかんじなのかな。わたしが今まで使っていたきもちいい、とは、ぜんぜん違ったけれど。 とちゅう、こわくなっちゃったりもしたけど、照美くんがやさしくキスしてくれるから、安心した。

「て、照美くん」
「うん?」
「あのね、わたし、……う、うれしいよ」
「……うれしい?」
「照美くんが、わたしのこと、ほしいって、いってくれて」
「……」
「照美くんに必要とされてるんだって、求められてるんだ、って、思ったんだ」

しばらく黙ったあとで、 「あたりまえだよ」 と照美くんはつぶやいた。 「僕はいまきみがいないと生きていけないくらい、きみに依存してる」 すきなひとにこんなふうに言ってもらえるなんて、わたしはほんとにしあわせだなあ。 照美くんのせなかにすがりつくみたいに、シャツに指をからめた。わたしもいま、照美くんがいないと、きっとしんでしまうと思う。わたしの世界は照美くんだらけで、照美くんがまずいちばんで。 「照美くん……」 なぜだかわからないけど、涙がぽたりと落ちた。かなしい涙じゃない、うれしい涙だ。照美くんが、すきで、すきで、すきすぎる。出会えてよかった、なんてベタな言葉だけど、ほんとにそう思う。照美くんに、出会えてよかった。照美くんに恋をしてよかった。 照美くんもそう思ってくれていたらいいなあと、わたしはこっそり、彼のせなかに期待をこめるのだ。




*




「はい、着いたよ」

わたしは照美くんにゆっくりおろしてもらって、くしゃりとよれたスカートを手でささっと直した。夏の太陽は6時でもまだ元気があって困る。

「のせてくれてありがとう、照美くん」
「うん、……じゃあ、帰ったらメールするね」
「うん!」

じゃあね、とえがおで言って、照美くんにせなかを向けて、門扉を開けようと取っ手に手をかけたそのとき、背後から伸びてきた腕にふわりと捕まってしまった。

「てっ、てる、」
「離したくないや」
「え、え」
「リサさん、あいしてるよ」

照美くんにつよくつよく抱きしめられて、わたしはなにも言えなかった。あい、してる、って。そんなこと言われたの、はじめて、だ。 「照美くん、」 「ねえ、キスしていいかな」 「へえっ!?……は、はい」 「1回で、おとなしく帰るから」 くるりと身体がまわされて、わたしは照美くんと向き合う。真剣な顔をした照美くんとの距離がせばまる。ふにゃりとくちびるが触れて、わたしはきゅうと目をつぶった。キスはもう何度もしているのに、はじめてのときとおなじくらいどきどきするのは、あいしてる、なんて言ってもらったからか。

「……、それじゃ、ね」
「うん、ばいばい照美くん」

わたしもあいしてる、って、言いたかったけれど、まだなんだか気恥ずかしくて、こどもなわたしには早い言葉なのかもしれないなと思った。いつか自然と言えるようになるときまで、照美くんはわたしに飽きずにそばにいてくれるかなあ。願わくばずっと一緒にいてほしい、なあ。




11:/クリスタルの靴






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