そうっとドアを開けて顔を出すと、わたしに気づいた照美くんは微笑んで、やあ、と言いかけて、かたまってしまった。わたしはどっと押し寄せた不安の波にのまれて、ドアのうしろに隠れたまま、 「お、おはよう照美くん」 とあいさつをした。照美くんは驚いた顔で、おはようと返してくれたけど、言い方がなんだかぎこちなくて、わたしはさらに自信をなくして、ドアのうしろでちぢこまる。 「えっ、えっと」 髪の毛を巻くのなんて久しぶりだから、やっぱり変だったかな。似合わないかな。どっくんどっくん心臓がうるさい。 「だ、……だめかな」 「だめなわけない、……リサさん、きれい……」 わたしの何倍もきれいな照美くんにそう言われるなんてゆめみたいだ。 「はやく、でてきてよ。近くで見たい」 照美くんに催促され、わたしはおぼつかない足どりでドアからはなれた。ふんわりと広がるスカートのすそ。こんな服を着るのも久々だ。中学生になってからというもの、制服やクラブの練習着ばっかり着てたし、休みの日もジャージで過ごしたりして手ぬきしていたから。

「かわいい」

駆け寄ってきたわたしの髪をするりと撫でて、照美くんが言った。ほっぺたがかあっとあつくなるのがはっきりとわかった。

「ちょ、ちょっと、気合いを、入れてみました」
「……どうしよう、直視できないかも。ほんとにかわいいんだけど……」

そう言ってすこし目をそらした照美くんのほっぺたもほんのり赤くって、それを見たわたしもまた赤くなる。よ、よかった、こんなふうに言ってもらえるなんて思ってなかった……!奮発して新しいスカート買ってみてよかった……!髪の毛もめんどくさがらず早起きして巻いてよかった。照美くんのモーニングコールにもちゃんと出れたし、今日の萱島は一味ちがうぞ!!

「えっと、……じゃあ、連れていくよ、僕の家」
「う、うん!!」

行き先がいつもと違うからか、そわそわそわそわして、照美くんのうしろにまたがると落ち着かない。わあ、わあ、わあぁ……!わたし、これからほんとに、照美くんのおうちに、行くんだ!遠足に行くときよりたのしみだ。照美くんのおうち……!なんて素晴らしい響きなんだろう。

「リサさん?つかまった?」
「あ、はいっ」
「それじゃ行くよ」

ぐ、と照美くんが地面を蹴って、自転車が進みはじめる。うわ、うわああああ、どきどきしすぎて胸のあたりが痛くなってきた……! 「女の子を家に上げるのなんてはじめてだよ」 照美くんがそんなことをつぶやくので、またもわたしの心臓がとびはねた。




*




「あ、そこ計算間違い」
「えっ、あっ、はいっ、ごごごごめんなさい!」
「χに5を代入して、右辺に移行して、……そうそう、だから答えは」
「はっ、は、はち、はちです!」
「うん、正解」

照美くんがわたしの問題集に赤ペンできゅっときれいな丸を書いた。そろそろ足がしびれてきているんだけれどもわたしは体勢を崩すこともできずひたすら正座を続けていた。て、照美くん、だってまさかこんな、肩があたるくらい近くで教えてくれるなんて、そんな……!はかどるのかはかどらないのか紙一重なんですけど……!いやでもそれよりもここ、照美くんのおうち、照美くんのお部屋、 「リサさん」 「ふえっ、あ、は、はいぃぃ!リサです!げんきです!!」 「それはよかったけど、ねえ、もしかして、すっごく緊張してたりする?」 「えっ……あっ……」 ば、ばれてるよなあ、そりゃ……。というかまず、こんなおおきくてきれいなおうちにお邪魔させてもらったのはじめてで、マナーだとか、いろいろわかんないし、とても勉強どころじゃないのだ。テレビドラマに出てくる豪邸ほどじゃないにしろ、わたしの家がよゆうで4つ5つくらいは入りそうなくらいのおおきさだった。たぶん、お父さんもお母さんもいい仕事についているんだろうなと思った。だから息子がこんなにも立派なのだ。

「ぜんぜん気とか張らなくていいよ?自分の家みたいにくつろいでくれてかまわないから」
「い、いや、でもあのえっと」
「なんなら、ちょっとはやいけど休憩する?リサさんお菓子食べたいでしょ」
「う……うん……」

照美くんの部屋は落ち着いた色の家具でまとめられていて、ベッドも机の上もちっとも散らかってなくて、ぎっしりつまった本棚なんかはきっちりと種類ごとに本がわけられていた。なにより、エアコンの風で空気が動くたび、いつも照美くんから漂っているのとおなじいいにおいがふわりと鼻をかすめる。何時間いたってなれっこないと思った。 わたしがとりだしたたけのこの里に照美くんは興味しんしんで、こんなのあるんだ、すごいね、かわいいね、あっおいしい、なんて、くるくると表情をかえて言う。そんなに気に入ったならぜんぶ食べていいよ、と言ったら、ほんと?と目を輝かせて言うので、なんだかこどもっぽくてかわいいなあと思った。照美くんのこういう顔はすごく新鮮で、たまに見るたびどきどきしてしまう。

「リサさん、はい」
「え、あ、ありがとう」

たけのこをひとつつまんだ照美くんに手を差し出すと、ちがうよ、と言われた。 「え、なにが」 「くちあけて」 あ、と口を開いたら、照美くんの手からたけのこがおっこちてきた。 「おいしい?」 「う、うん」 わたしがうなずくと、照美くんは ふふ、とうれしそうにわらって、自分の口にもひとつ、たけのこを含んだ。直後、ふにゃりと笑顔になるところをみると、よっぽどたけのこの里が気に入ったんだと思う。……なんだか今日の照美くん、ほんとにかわいいなあ。

「あ、そうだ、リサさん」
「うん?なあに照美くん」
「僕がきみをすきになったときのはなし、ききたい?」

たけのこをまたひとつほおばりながら照美くんが言った。わたしは目をしばたく。

「き、ききたい、です」
「かわりにきみも教えてくれる?」
「え、えっ、わたしが照美くんをすきになったときのこと?」
「うん、そう。……だって僕だけばらすなんて恥ずかしいし」
「わ……、わかった、はなす」

照美くんがじいっとわたしの顔を見つめているので、なにかなぁと思ったら、すうと手が伸びてきてうしろあたまに添えられて引き寄せられて、いつかみたいに額にキスをされた。 「僕ね、はじめてこうする前からきみがすきだったんだよ。……知らなかったでしょう?」 小首をかしげてたずねてくる照美くんは、最高傑作の美術品みたいに、ことばにならないくらいきれいできれいで、こんなにそばで見ているわたしはどうにかなってしまうんじゃないかと思った。 こんな人にすきだと言ってもらえるわたしは、ほんとうに、しあわせなにんげんだ。




10:/垣間見るエデン






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