中学最後の夏休み、プールも行ったし映画も行ったし花火もしたけれど、わたしがなにより力をいれたのはもちろん、引退間近のクラブだった。刻一刻とその日が迫ってくるのをわたしは待つことしかできない。たぶん最後になる大会で、わたしは精一杯、走って、走りきった。記録をきいてうれしくて飛びはねて、わたしは他の部員と抱き合った。帰りのバスのなかで幸せな夢をみて、学校に着いて、それから。

「リサ先輩、今までお疲れさまでした!!」

うるんだ目をした後輩部員たちから寄せ書きされたスポーツタオルを受け取ったわたしは当然のように大泣きして、わたしにつられて泣き出した後輩の女の子をぎゅうと抱きしめた。 「わ、わたし、っ、リサ先輩みたいな、すごい、選手に、なります、っうう」 「わたしも、リサ先輩にずっと憧れてました、受験勉強、がんばってください、応援してます」 わたしの目からは滝みたいに涙が溢れだして、これでもかというくらいにうあんうあん泣いた。わたしは本当にこの部がすきだった。つらいこともあったけど、おもしろくてやさしくてときにはきびしい仲間たちと走ったり競ったり泣いたり笑ったり愚痴ったり恋バナしたり、あとたまに勉強を教えあったり。これ以上はないと思うほど最高のメンバーとやり抜いてきた。今日で、それも終わる。

「じゃーみんなで記念写真とるぞー!!」

部長が声をはりあげて、わたしはあわてて真っ赤な目を洗うため水道に走った。ばしゃばしゃ、おおよそ女子とは思えない雑さで顔を洗って顔を上げたら、いつの間にかとなりには1つ下の宮坂くんが立っていてびっくりして飛び上がった。 「い、いつ、いつ」 うろたえるわたしをよそに宮坂くんはいたって真面目な顔をして、 「ちょっといいですか」 と言う。なんだかわからないが真剣そうだ。最後くらい先輩風を吹かせたいわたしはすこし大人ぶって 「いいけど」 と返した。写真のことなんてすっかり頭から飛んでいた。 「最後だから、言うだけ言おうと思って」 なにを、とたずねるまえに宮坂くんに勢いよく抱きつかれわたしは、 うおうっ!? とぜんぜんかわいらしくない声を上げた。

「リサ先輩、すきです」
「……え、うそ」
「ほんとです。入部するまえからすきでした」
「えっ、え、ええぇえ」
「ずっと憧れてたんです」

な、ななななん、なん、なんだこの状況!カワイイカワイイと思ってた後輩部員に抱きつかれてしかもす、すすすすき、すきって、言われてしまった!そ、そんなまさか……!萱島さんべつにかわいくもないのになぜだ……!宮坂くんきみきれーなかおしてるんだから、わたしなんかよりもっといいこと付き合えるだろうに!

「先輩、引退、おめでとうございます」
「あっ、あり、がと」
「これから忙しくなるとは思いますが、たまには部に顔を出してほしいなあ、と」
「う、うん、そうする」
「……よかった、」

宮坂くんは腕のちからをゆるめて、わたしをはなしてくれた。わたしは言いようのない感覚に襲われて、なにもできず、ただ宮坂くんの微笑を見つめていた。なんてきれいな顔でわらうんだ 「ほんとに、すきなんですよ」 切な言葉に胸がきゅんと痛んだ。 「リサ先輩の走りが」 …………ん?

「走り、が?」
「はい。フォームはもちろん、速さにも憧れますし」
「わたしの」
「はい」
「走りがすきだったの?……入部するまえから」
「先輩の走りに一目惚れして、陸上部入ったんですよ」
「あ、なんだ……そういう……こと……」

わたしは、ばかか……!またまたなんて勘違いを……おばか選手権で優勝する気かわたしは。そっか、走りか。まあそれなら、わたし自身をすきになるより、可能性はあるかも。フォームなら結構自信あったし、速さは、えーと、自分でいうのはアレだけど、速いほう、だし。 とまで考えて、部長が写真撮ると言っていたことを思い出した。 「宮坂くん、写真」 わたしが言うと、宮坂くんもはっとしたみたいで、すぐ戻りましょう、と返してきた。陸上部の部室前まで、二人で全力疾走。まだわたしのほうが速いけれど、宮坂くんは期待されてるし、受験勉強なんかしてたらいつか抜かれちゃうだろうなと思った。こりゃ、引退しても毎日クラブ来なきゃだめかも。




*




部活用のかばんを肩にかけ、スキップしかねない足取りで裏門へ向かう。ミルクゴールドの髪が夕陽の中で舞うのがみえたとき、わたしは走りだしていた。

「照美くん!」
「お疲れさま、リサさん。なんだかすごく嬉しそうだね」
「うん!みてみて、こんなのもらっちゃった!」

首にかけていた、寄せ書きされたスポーツタオルを広げてみせると、照美くんはにこにこ笑って、 「リサさんはみんなに好かれているんだね」 と言ったので、わたしはなんだか照れてしまって、うえへへへ、ときもちわるい声をだした。

「じゃあ、はい、これ、僕からも」
「えっ、」

照美くんのにぎった手のしたに自分の手を入れると、ぽとり、上からなにか落とされた。 「引退おめでとう、リサさん」 照美くんがぽんぽんとわたしの頭を撫でた。手のなかにある銀色のジッパーチャームはスパイクのかたちをしていた。それもかなり細かいところまで作り込まれている。わたしは目を輝かせてそれを見つめた。

「すごい、……きれい……!ありがとう、照美くん!だいじにするよ!」
「喜んでくれたのなら、よかったよ」
「あ、当たり前じゃないかこんなの……!うれしい!」

フック部分を持ったとき、チャームがくるりと反転した、「あ」 平らな裏面には華奢なアルファベットが刻まれていた。T、to、――そしてわたしの名前の頭文字。 「て、照美くん」 「うん?」 「これ、もしかして、手作りなの?」 「……あれ、ばれちゃった?」 「だって、な、なまえが」 「今度は指輪でも作ってこようかな」 「え、え」 「もう少し先の話ね」 照美くんはいたずらっぽく笑ったあと、わたしを抱き寄せて、 「すきだよ」 とつぶやいた。照美くんがこのことばをくれるたびにわたしは、しあわせすぎてしぬんじゃないかと錯覚する。 「わたしも、すきだよ」 こんなことばだけじゃ、わたしが照美くんを想う気持ちぜんぶなんて、とうてい伝えきれやしないけど、でもそのかわり何度だって言う。照美くんがすきだよ、って。




*




「照美くんにできないことってあるの?」

いつもの帰り道、自転車に揺られながら、わたしはずっと前から思っていたことを口にしてみた。 照美くんってば、サッカーうまいし、勉強はできるし、料理も得意だし、イルカショーだってできちゃうし、陸上部のわたしより足速いし、シルバーアクセサリーまで作っちゃうし。照美くんにできなくて、わたしにできることなんて、なにもないんじゃないかと思う。

「……うーん、思いつかないかな……」

ないよ、とはっきり言わないのが、照美くんらしい答えかただと思った。でもやっぱりないのか……もしあったら、わたしそれできるよ!って言って、ちょっと見直してもらえたかもしれないのになあ。そう簡単にはいかないか。

「……あっ」

照美くんがなにかを思い出したみたいに声を上げて、わたしの心臓もはねた。 「ど、どうしたの照美くん」 「1つだけ、あった」 「て、照美くんができないこと?」 「うん、がんばってもがんばっても、どうしてもできないこと」 「な、なに!?なになに、言って!」 照美くんがどうしてもできないだなんて、どんなことだろう、

「リサさんをすきじゃなくなること」

ぶわっ、と風が吹いて、わたしの頭はフリーズして、そのあとショートして、もう使い物にならない。 「てて、てる、てるみく、照美くんなに言って」 「本当のことだよ」 「う、うそ、うそ」 「うそじゃないよ、僕がうそをきらいなの知ってるでしょ」 「い、いやだって、だって、照美くん、」 わたしにはどうあがいたって勝ち目なんてないじゃないか。

「照美くん、は、ずるいと思います」
「そう?」
「なんでこんな、と、ときめくようなことばっかり言うの?」
「ときめかせちゃったか」
「……そりゃもう、かなり」
「ふふ、そっか」

照美くんはおかしそうにわらって、それはよかったよ、なんて、言う。確信犯なんだなと思った。ときめかせようとして、あんなことを言うのだ。ずるい、ほんとにずるい。 「わ、わたしも、照美くんを、ときめかせてみたい」 わたしが言うと、照美くんはさらにわらって、じゃあがんばってみて、と言うので、わたしはがんばって照美くんをときめかせることばを考えてみる。うーんと、うーんと、どんなことを言ったら、照美くんはときめいてくれるかな。えっと、わたしは照美くんのことばがうれしくって、あんなにきゅんきゅんしちゃうわけだから、わたしも照美くんがうれしいようなことを言えばいいのかな。照美くんがわたしに言われてうれしいことってなんだろう?

「リサさん、家ついたよ」
「えっ?あ、ほんとだ」

残念、時間切れかあ。わたしは後ろからひょいとおりて、 「じゃあ、また――」 と言いかけて、思いついた。そうだ、これなら。

「リサさん?どうしたの」

不思議そうにしている照美くんの正面に立って、覚悟を決める。

「……リサさ――」

照美くんの服のはしっこをきゅうとつかんで背伸びした。 ちゅ、 となんとかくちびるをくちびるにあてることができて、満足したわたしはひょいとうしろにさがった。ど、どうだろう、すこしはときめいてくれたかな。突然キスなんかして、へんなやつだと思われてないかな。

「っ、び、びっくりした、」

照美くんは口元をおさえて、もごもごとそう言った。夕陽のせいなのか、照美くんの顔は真っ赤にみえる。 「て、照美くん?えっと、」 「反則だよ、きみ」 「えっ」 ぐい、とつよいちからで腕を引っ張られ、わたしは照美くんの胸のなかにとびこんだ。 「てる、――っん、……ん、んんッ、っや、ァ、待っ――んっ」 いつもの数倍激しくて熱いキスに抗う術なんてなくて、だんだんからだのちからが抜けてきて、それを見計らった照美くんが背中に腕を回して支えてくれたけど、お酒でも飲んだみたいにわたしはぐでんぐでんになって、立っていられなくて。 「はっ、はぁ、っふ、はぁっ」 荒い息をするわたしを抱き締めて、 「やりすぎちゃった」 と照美くんがつぶやいた。照美くん、限度ってあると思います、 「ね、あんまり、かわいいことしないで」 「っふ、ぇ」 「僕――僕、そんなに我慢づよくないんだよ」 「てる、みくん、」 「……なに?」 「と、ときめいて、くれた?」 わたしがきくと、照美くんはなんだかつらそうに眉間にしわを寄せて、ばか、と言った。うん、ばかだからこんなのしか思いつかなかったんだよ。

「もっと自覚を持ってほしいな」
「自覚?」
「きみの言動のほとんどが、僕をときめかせるんだから、ね」

がんばらなくていいの、と言う照美くんはやっぱり真っ赤で、見ているわたしのほうが照れてしまう。なんにせよ、成功、だったのかな。自分からキスするなんて恥ずかしかったけど、照美くんはよろこんでくれ……た、みたいだし、いいんだよね。

「えっと、じゃあ、またね、照美くん」
「――うん」

そういえば、さっきキスしてるとき薄目を開けたら、男の子っぽいというか、なんだかぎらぎら?した目の照美くんが見えたなあ、なんて思いながら、わたしは玄関の扉を閉めた。わたしは自分で思ってるより、照美くんに好かれてるのかもしれない、なあ。




10:/とあるホーリーデイ






第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -