「う、わっ!?」

照美くんはばかみたいにいやだいやだと繰り返すわたしをいきなり抱き上げて(それも横抱き)、 「手間かけさせないで」 となんだか怒ったみたいにつぶやいた。わたしはもっともっと恐怖して、このままじゃ別れを告げられると思って、じたばたじたばた、できるかぎりの抵抗をした。 「い、いや、いや!ほんとにやだ、やだよ照美くん!おろしてっ」 「なにがいやなのか言ってくれないとわからないんだけど」 「だから、わたし、わたしは照美くんに」 「僕に?」 「きらわれ、たく、ない、あのこのことなんか、気にしてないから、別れるなんて言っちゃやだ、やだよ照美くん」 照美くんはわたしのことばを聞いたあとぴたりとフリーズしてしまって、それがわたしのなかのマイナス思考にさらに拍車をかける。 「て、照美くん」 たぶんいまわたしの顔はぐっちゃぐちゃなんだろうな、と思ったら、ほんとに恥ずかしくなってきて、おろしてほしくて、もがきにもがいたけれど、その細いからだのどこにそんなちからがあるのか、拘束するみたいにつよくつよく抱かれてわたしはもういろいろと発狂しそうだった。

「きみは、ほんとに、ばかだね」

照美くんのことばが胸にぐさりとつきささる。次に来るであろう痛烈なせりふを予測してわたしは目を閉じた。耳は聞こえるからなんの意味もないのだけど、 「僕はきみが別れたいって言っても、きみとは別れてあげないつもりなんだけどな」 ……、え? わたしがぱちくり、まばたきをしたら、照美くんはへにゃりとなんだかかわいらしくわらって、 「独占欲は、意外とつよくって」 ……わたしはもしかしたら、多大な誤解をしていた、のかな?





*





「彼女はね、世宇子中サッカー部のマネージャーで――、あ、名前も言ったほうがいいかな?」
「えっ、ああ、いや、だいじょうぶです」
「そう?――隠すことでもないから言うけど、僕の元彼女。2年の冬に付き合って、お互いの価値観の違いから春に別れた。それから、クラブ関係のことは話すけど、遊んだりとかはまったく。僕も彼女も未練はない」

照美くんはすらすらとそう言ったあと、 「他に聞きたいことはある?」 と聞いた。わたしは数秒あっけにとられていたけれど、首を振って意思を伝えた。照美くんはふぅ、とため息をついて、 「今回はさすがに焦ったよ」 とわらいながら言った。

「ごめんね、照美くん。わたし、勝手に勘違いして、逃げ出したりして」
「いや、うーん、というか僕もびっくりしたんだよ、きみが世宇子にいるなんて思ってもみなかったから。……もしかして、迎えにきてくれたの?」
「あ……、うん、そのつもりだったんだけど……あっ!!て、てて照美くん、クラブはどうしたの!?大会まえで忙しいんじゃ」
「ああ、いいよべつに。……いや、キャプテンという肩書き上よくはないんだけど、なんていうか、僕も必死だったから。あとで副キャプテンにでも連絡いれておくよ」
「……ご、ごめんね、ほんと……」

照美くんを喜ばせたかったのに、とんだ迷惑をかけてしまった。わたしってばほんとにさいあくだ、彼女失格だ。照美くんがこんなにやさしく かつ 心が広いひとじゃなかったら、間違いなく別れを告げられていただろう。ほっとした反面、罪悪感が押し寄せてきた。……わたし、もっともっといい女にならなきゃ。照美くんにつりあうような、そう、あのこみたいに、きれいで、かわいくて、なんでもできそうな女の子に。

「もう謝らなくていいから。……迎えにきてくれてありがとう、うれしいよ」

照美くんが肩に手を回して、わたしをそっと抱き寄せた。こてん、と照美くんの肩にあたまをのっけて、わたしは胸がきゅうんとして、たまらなく彼がすきだと思った。こんなだめだめな彼女だけど、照美くんをすきだというきもちの大きさだけは、誇りをもてる。 公園の木々の間から差し込む夕陽の色はだんだんと暗くなり、時は夜へ向かってたしかに歩みをすすめていた。

「……肌寒くない?」
「うん。照美くんは?」
「僕は暑いくらいだよ」
「え、そうなの」
「きみといると、いつもそう」
「あっ、わたし、体温高いから」
「……そういうのじゃなくて」
「じゃあどういうの」
「……言わなきゃだめ?」
「い、言えないようなことなの」
「恥ずかしいんだけどな」
「え、え」
「言って欲しい?」

照美くんが目を細めて、わたしにたずねる。その表情がなんだか色っぽくって、心臓がばくばくばくばく。まじめな顔をした照美くんはどんどん近づいてきて、わたしは動けなくなる。 「あのね」 耳元で照美くんが囁く。 「きみがかわいいから、どきどきしちゃうんだよ」 甘いあまい声にくらくらした。照美くんは、ときたま、ほんとにずるい。どうすれば女の子がときめくか、ぜんぶわかっているみたいなのだ。

「て、照美くん、み、みみ」
「耳がなに」
「な、なんか、ぞくぞくする、……っひゃあ!」
「あ、ごめん」

かり、と照美くんが歯を立てたところがかすかに痛む。 な、な、なんなんだ、このかんじは。全身があわだつみたいに、ぞくぞくがとまらなくて、照美くんが耳元で息をするたびにへんな声がでそうになる。

「ね、な、なに、する、の?」
「なにされたい?」
「え、えっ、いや、なにって」
「……リサさん、ほんとかわいい」

照美くんの手がするりと背中を撫でて、ひょあああという声が出た。な、なん、なんだ、これ!いつもはこれくらいでこんな声でたりしないのに、わたし、今日なんかおかしい!おかしいぞーやばいぞ! ……ん?おかしいのは、て、照美くんのほう、かな?

「っん、 む、……ん、 んっ」

ちゅう、ちゅうと照美くんに深く口付けられて、頭が働かなくなってきて、ふらりと彼に身をまかせる。よくわからないけど、照美くんはたぶん、キスがすごくうまいのだ。だからわたしはこんなにへろへろになるんだ。 あいていた照美くんのもう片方の手が、わたしの膝を撫でたあと、そのまま太ももをなぞってスカートのなかに伸びてきた。 「ひゃ、う、ててててて照美く、な、なにす」 「しない、よ、だいじょうぶ……」 「だ、だいじょうぶじゃない、照美くん、ね、待って」 「もうずいぶん待ったよ」 「い、いや、でもここ公園、」 「だから、しないって」 「てっ、照美く、言ってることとしてること、ちが、……あっ!」 鎖骨に噛みつかれ、わたしのからだはびくりと跳ねた。や、やば、やばい!なにがやばいのかよくわからないけどとにかくやばい!わたしは思い切って、えいっと照美くんの肩を押して自分からひきはがして、ベンチのはしっこまで後退りした。 「て、照美くん、だ、だめ」 照美くんはうなだれたような声で、 「ごめん」 とつぶやいた。どきどきばくばく、心臓はおさまるどころか加速している。……もしいま止めなかったら、わたしはいったいなにをされていたんだろう?

「……家まで送るよ」
「う、うん」

続きを知りたいような、だけど怖いような。立ち上がった照美くんに歩み寄ったら慣れた手つきで抱きしめられた。さっきとはちがってそれはやさしかったから、わたしは彼の背中に手を回した。 「ごめん、ね」 「……あやまらなくて、いいよ」 少なからずこの先を期待しているわたしが、いた。





10:/アリストテレスの背徳






第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -