『公式試合が近いからクラブの練習が長引きます
いつもの時間には迎えに行けそうにないので
今日は先に帰っててもらえますか?』
照美くんからそんなメールが来て、わたしは悲しむでも怒るでもすねるでもなくただ嬉々として自転車置き場に向かった。長らく放置しっぱなしだった自分の自転車に鍵をさしこんで、かばんをきちんとせおいなおす。……さて、世宇子中への最短ルートはどうだったかな。 すばやく携帯電話で地図を確認してから、久しぶりにひとりで門を出た。曲がる角はいつもと真逆。今日はわたしが、いつものお礼に照美くんを迎えに行こう。
*
ひょっこり、フェンスからグラウンドを覗いてみる。ラグビー部、野球部、テニス部と陸上部(ちょっとテンションがあがった)、端の方にバスケ部が見えたけれど、照美くんの属するサッカー部は見あたらない。それどころか、ゴールポストすらどこにもない。ほんとに世宇子中はここであってるのか不安になって、ぐるりと正門のほうに回ってみたら、たしかに『世宇子中学』という字が彫られた表札があった。どうやら世宇子中であることは間違いないらしい、けれど。
そのとき、門から清楚な雰囲気の女子生徒が3人、なにやら話しながら出てきた。わたしはチャンスだと思い彼女らにかけよる。
「ねえ、あの」
振り返った3人は3人とも美人で、世宇子中のニットベストと胸のエンブレムがその品格をこれでもかというくらいあらわしていた。おなじ中学生なのになんだかすごく大人に見える。
「さ、ささ、サッカー部って、どこで練習してるか、知りませんか」
わたしがそう言うと、真ん中の目の大きな女の子がすこし首をかしげた。
「サッカー部になにかご用ですか?」
「いや、用というか、えっと、部員の知り合いで、ちょっと」
「どなたの?」
「あ、ええ、あっ、亜風炉照美、くんの、です」
「……アフロディくんの?あなたが?」
女の子の目が品定めをするようにわたしを見て、思わず半歩あとずさりした。どど、どうしよう、おまえみたいな庶民がアフロディくんの知り合いだなんてうそつくなとか思われてたら……!ちょっと遠慮して知り合いって言ったけどもし 彼女です なんてほざいていたら血祭りだったかもしれない! わたしが恐ろしさでヒィヒィしていると女の子がぶっきらぼうに 「スタジアムです」 とつぶやいた。あまりに小声だったので、よく聞こえなかったけれど、スタジアム、って言った気がする。……スタジアム?世宇子中にはそんなものがあるのかなあ。
「でもあそこは本校の関係者以外立ち入り禁止ですから」
「……あ、……はい、わかりました、ありがとうございました」
わたしがぺこりと頭を下げもう一度顔をあげると女子生徒たちはそそくさと去っていっていた。……あんまりわたしの印象はよろしくないんだろうか。名門世宇子は雷門なんか相手にもしないっていうこと? わたしは若干傷つきながらもとりあえずスタジアムとやらに行こうと思った、のだけど。
「スタジアムってどこにあるの……?」
携帯電話で見れる地図にもさすがに校内の見取り図まではかかれていなかった。結局わたしはなにをしてるんだ。
照美くんがいつもどこの門から帰ってるかなんてしらないから、門で待っていることもできない。ええーと、四面楚歌?ちょっと意味が違う?とりあえず打つ手なしだ。仕方ない、今日のところは大人しく帰ろう、そう思って自転車のストッパーをはねあげたとき。
「えっ、リサ、さん?」
聞きおぼえのある声がわたしを呼んだ。ほんとうはさびしくて泣き出しそうだったわたしにはかみさまの声みたいに思えた。 「照美くん!」 振り返ったわたしの目にうつったのは、ギリシャ神話に出てきそうな雰囲気のユニフォームを着た彼で、それがあまりにも似合っていたのでびっくりしたのだけど、それよりも。
「その子、……だれ?」
自分の顔が変に引きつったのを感じた。照美くんのとなりにいる女の子はさっきの女の子たちとは比べものにならないくらいの、まさに女神ともいうべき絶世の美女で、照美くんとふたりならんでいるのを目の当たりにしたわたしはどこか別世界に迷い込んだような感覚におそわれた。だって、このふたり、お似合いすぎる。
目頭が熱くなってきて、これはやばいと思って、涙がこぼれる前に自転車にまたがって照美くんに背を向けこぎだした。 「リサさん!」 照美くんがわたしのなまえを呼ぶ声がしたような、しなかったような。とにかくわたしははやくここから去りたかった。むしろ消えてしまいたかった。はてしなく後悔をしていた。照美くんにはわたしだけなんだと、思っていた。うぬぼれていた。
10:/刮目するエリザベス