なんにも興味なんてなさそうな冷たい瞳、何故だか捲られている練習着の袖、色素の薄い髪を掻きあげる仕草。どこをとっても特にわたしの好みには当てはまらないのに、フィールドをかけぬける彼を一目見たときからわたしは、おそらくだけど涼野風介が好きだった。仲のいい友達に相談してみたところ、あんたって意外と趣味悪いねと言われた。あんなののどこがいいの?とも。わたしははっきりとは答えられなかった。自分自身、彼のどこが好きなのかよくわかってない。顔はまあ世間では"イケてる"部類に入るみたいだけど、彼の顔が好きなわけではなかった。そして性格はたった一言で説明できる。涼野風介、彼は冷徹。関心があるのは自分とサッカーと、あとたまに見かける友人らしき男の子ふたりだけのよう。彼のファンらしい女の子が話しかけにいっても、返事や反応はおろか、完全無視。見えても聞こえてもいないかのように華麗にスルー。一時期、彼は目が見えず耳も聞こえず言葉も話せない、あの有名なヘレン・ケラーのような三重苦なのではないかと疑われていた。まあもちろんそんなはずもなく、授業中先生に当てられれば返事もするし教科書の朗読もする。彼はほんとうに自分から離れた世界にまったく興味がないらしかった。まわりの女子の中で彼ははっきりと好みが別れた。どこまでもクールな彼を好かない者、かっこいいと言ってキャーキャー騒ぐ者。わたしはどちらとも言えない。ただ、いつもいっしょにいる友達はふたりとも前者だった。だけどそんなことは別にどうでもよかった。 窓際いちばんうしろ、男子が席替えのたびにこぞって座りたがる"最高のポジション"で、わたしはぼんやりとグラウンドを眺めていた。となりのクラスの男子が体育の授業でサッカーをしている。涼野風介を探しているつもりはなかったけれど、集団の中で格別巧い彼は面白いように目についた。色素の薄い髪がふんわり揺れる。

「ここにこの前教えた公式を当てはめ出た答えをχに代入して導き出される数がこっちの図の高さであるから、三平方の定理を用いて求める事ができる斜めの長さは――」

数学の先生、無駄だよ。35人いるクラスの中で夢の中にいるのが半分以上。起きててもぐったりしてるのが5、6人。残りの生徒だってやる気なんてこれっぽっちもない。プールの授業のあとで、激しいだるさと眠気に襲われた教室で、わたしの頭を支配してるのはたったひとつ、涼野風介のこと。

「吉田、窓の外に答えはないぞ」
「知ってます」
「そうか?じゃあ答えてみろ」
「ルート6」

先生のぽかんとした顔を見たあと、わたしはまた窓の外に目を戻した。白より銀に近い彼の髪。脱色しているのかな。だとしたら中学生にしてなかなかの不良だよね。相手の子からいとも容易くボールを奪って、ゴールに叩き込む彼から目をはなせないうちは、そんなことどうだってかまわない。ねえ先生、わたし思うんです。彼、――涼野風介と、わたし、吉田絢子はなんだか少し似ていませんか?……そう例えば、中身はこんなに冷めているところとかが。

「正解、だが……。1週間後の期末テストも頑張れよ、吉田」

わたしは返事をしなかった。彼を追うので精一杯だった。確かに目を奪われていた。彼が好きだ。理由はそのうち見つければいい。どうせ届きはしない想いなんだから。 遠くでピーッと笛の音が鳴った。紅白戦の終了を告げるものだった。彼が前髪をぐ、と掴んでいるのが見えた。最後のシュートがクロスバーに当たったのが悔しかったんだと思う。 こちらもそろそろ、つまらない数学の時間が終わるなあ。そう思うのとほぼ同時に欠伸が出た。グラウンドを歩いて横切る彼と目が合った。「……っ」 あわてて口元をおさえる。 うそ、今の、もしかして見られた? さあっと血の気が引いた。心臓がばくばくばくばくと暴れだす。数学の先生が黒板にチョークで書き付ける音がやけに大きく響いたとき、涼野風介が小さくわらった、……気がした。一気に頬が熱く火照るのを感じた。心臓の暴走がおさまる気配はない。誰もいちばんうしろのわたしなんか見てないのに、思わず机につっぷして顔を隠した。 うそ、うそ、うそ。 あの涼野風介と目が合った。それだけなら、他の子だって経験はあるだろうけど。 あんなふうに微笑まれた女の子はいったいどれくらいいるの? わたしだけってことはないかもしれないけど、でもすごく貴重なできごとなんじゃないかな。 おそるおそる顔を上げて、グラウンドを見たら、すでに彼の姿はなくて、ボールの片付けをしている体育委員が目にうつった。 ……どうしよう、どうしよう。微笑まれたなんて、わたしのとんだ勘違いかもしれないけど、それでもうれしかった。おまえは冷めてる、って、担任の先生にも言われるようなわたしが、こんなに純粋に、ひとりの男の子に恋をしていることを、いったい何人が知ってるっていうんだろう。仲のいいあのふたりだって、わたしのこの湧き上がる感情を知らないはずだ。じゃあ誰も知らない。……でも、知らないままでいい。わたしだけの秘密でいい。だってこれは叶うはずのない、多分永遠の片想い。



*



外見はこれといった特徴のない、並よりちょっと可愛いくらいの、平々凡々な女子だった。彼女と同じクラスであるヒロトに聞いたところ、とても真面目かつ不真面目な子だと言われた。矛盾している。私はヒロトを問いつめた。それはいったいどういう意味だ、と。ヒロトはうーんと唸りながら彼女のことを話してくれた。ろくに授業を聞いている感じがないのに、成績はいたって優秀で、どの教科のどんな質問にもすべて正確に答えてみせること。定期テストが返却され、学年トップだと騒がれようが顔色ひとつ変えないこと。勉強が好きなのかと聞かれると大嫌いだと答えること。私がいちばん興味を示したのは、好きだと想いを伝えてきた男子を興味がないと言ってばっさりフったことだった。

「なんだか、風介に似てるよね」

ヒロトがわらって言う。私も自分でそう思った。私が彼女を意識するようになったのは今からだいぶ前。廊下の向こう側から紙の山が近づいてくると思ったら、大量のプリントを細腕に抱えた彼女で、私はそんな彼女を哀れなやつだと思った。どんな事情があるのか知らないが、苦労するのが目に見えている頼みなんて断るか、はたまた誰かに手伝ってもらえばいいものを。 両手をプリントに拘束されたまま、職員室の扉を開けるのに手間取っていた彼女を助けたのはただの気まぐれだった。別に特別気分がよかったというわけでもない。理由を挙げるなら、紙束で顔も見えない彼女が見るに忍びなかったからだ。 「ありがとう」 お礼を言われるほどのことじゃないのに、と思いながら彼女を見て、どくん、と心臓が跳ねたのをいまだはっきり記憶している。驚くくらいに屈託のない、明るくてまぶしい笑顔だった。身体に電気が流れたようなあの感覚を説明すると、 「恋だね」 と面白そうにそう言われた。これを恋だというらしい。

「あの子の名前はね、吉田 絢子」

赤い髪をくるくると弄ぶヒロトはたいそう楽しげだった。わたしはそれにすこし苛立ちを覚えつつも、彼女の名前を頭にしまいこんだ。あんなにも綺麗にわらうのに、普段は私のように酷く冷めている。興味が湧くのは当然のことだった。もっと知りたいと思った。かといって近づく術を持ち合わせていないけれど。


体育の授業はそんなに好きではなかったが、グラウンドでサッカーとなると話は別だった。ろくにボールも扱えない一般生徒を嘲笑うように抜いて、シュートを決めるのはなかなか快感だった。負けじと見よう見まねで付け焼き刃のスライディングをかましてくるときの気迫と表情。中には、それなりにいい動きをするやつもいて、サッカー部に入ればいいのに、そしたらきっとすごく巧くなるだろうに、なんて思うときもあった。この私がそんなふうに考えることがあるなんて、ヒロトや晴矢でさえ思いもしないだろう。 今日2本目のシュートを決めたあと、何の気なしに顔を上げたら、3階の窓のひとつからこちらを見下ろす女子が見えた。遠目だから確信は持てないが、多分彼女、吉田絢子だ。私は妙にそわそわした。 誰を見ているんだろうか。 いや、ただ単に窓の外を眺めているだけかもしれない。 そう思って、紅白戦に集中しようと向き直ったのだが。 無意識に、脚に力が入る。彼女がこちらを見ているとしたら? 私が活躍したら、凄いと思ってくれるだろうか。 そう考えたら胸が高鳴った。 もっともっと、シュートを決めなければ。 手加減するのを一切やめて、本気でプレーした。 彼女に気にしてもらいたい。 好きになって欲しいとまでは思わないが、せめて、視界に入りたかった。 だけどその反面、つくづく似合わないことを考えているな、と思った。いつか晴矢に言われたことを思い出す。 「恋ってのは人を狂わせるよな」 女なんてどうでもいい、なんて言ってた晴矢の口から出たセリフとは思えなかった。どうやらやつは最近仲良くなった女子に恋をしているらしい。出会ったときの話を聞くと、飛び降り自殺をしかけていたその女子を助けたところから始まったらしい。ずいぶん変わった趣味をしているんだなと思った。 ……話が逸れたが、まあ、なんだ。私も恋をしているわけだから、彼女に気にされたいだとか、そういうことを思ってもなんら不思議ではないと言い訳したいわけだ。私は悪くない。どちらかと言えば、悪いのは私を恋に落とさせてしまった彼女だと思う。 などとつらつら考えていると、放ったボールが上に逸れてクロスバーにガッ、と当たって跳ね返った。直後、終了を知らせる笛の音がグラウンドに響いた。 ……ああ、もう。

「ふー……」

汗ではりつく前髪を掻きあげ、更衣室に向かおうと校舎に向かって歩き出した。 まさか彼女と目が合うとは思っていなかった。

「……っ」

彼女が小さく息を呑む音が聞こえた気がした。欠伸をしていたのを見られて恥ずかしかったのか、真っ青な顔をして手を口にあてている。私は思わず小さくわらってしまった。 あの子はやはり、可愛いな。 窓枠の向こうに隠れてしまった彼女を愛しく思いながら、私は校舎の中へ入っていった。 さて、どうやってこの想いを伝えよう? 今まで、好きだと言われることはあったものの、自分から好きになったことはなかったから、それはなかなかの難題だった。どうやら恋をしているらしい晴矢と、何故だか色々と物知りなヒロトに、今度また相談してみよう。 告白など出来たところで、別にいい返事なんて期待していなかったけれど、彼女のあの笑顔をいちばん近くで見れるようになったら、いったいどれくらいいい気分になれるだろう、とのんびり考えた。 恋愛、か。 くしゃり、前髪を掴むとひやりとした。彼女がもし私を好きになってくれたら、つまらない毎日も少しは楽しく感じるようになるのだろうか?






交われ恋心




20100626










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