わたしは数学と理科と副教科が得意で、南雲はそれ以外が得意だった。だからこそ計画した放課後勉強会。わからないところをお互い教えあって、この前の定期テストの成果はなかなかだった。そのため今回もこうしてふたりノートとにらめっこ。嫌いな勉強をする時間なのに、わたしはこれを少なからず楽しいと思っていた。
「南雲ー4番わかんない」
「どれ?」
「ここ」
向かい側にいる南雲が身を乗り出してわたしのノートを覗き込む。どくん、また心臓が跳ねる。昨日からわたしはなんだかおかしい。今までこんなことなかったのに。
「文法間違ってんだよ、ほら。動詞は原形にして…おい、聞いてんのか」
「えっ?…あ…、ごめん」
なんて言われたのか、全く聞いていなかったので、とりあえずぜんぶ消しゴムで消したら、「なんで合ってるとこまで消すんだよ」と怒られてしまった。
「…おまえ最近なんか変じゃね?」
「そ、そう?ふつうだよ」
あはは、とごまかすように笑いながらジュースを飲もうとしたら、ストローがくちびるの横に刺さった。南雲の眉間にしわが寄る。
「この前のは冗談だし、気にすんなよな」
「だ、だから別にわたし普通だってば」
やっとちゃんとストローをくわえて、南雲をきっと睨む。…そう、気にしてなんかない。だってあれは冗談だったのだから。
「ごめん、4番もいっかい教えて」
「…ああ」
*
「花宮さんっ」
女の子に名前を呼ばれるのは久しぶりだ。参考書から目を上げると、クラスの女子が3人。
「…なに?」
無理して作ったような曖昧な笑顔で問う。わたしのことを妬んだり蔑んだりしてるのは知ってるから、クラスの女子なんてみんな苦手だったけど、それでも話しかけられるとすこしは期待してしまう。無駄だってことはわかってるのに。
「あのね、花宮さんてさ、…南雲くんとよく一緒にいるよね」
「はあ」
まああなたがた女子の輪に入りはしませんからね。消去法で、残りはあいつしかいないというわけで。
「ふたり、付き合ってるの?」
わたしは真ん中の女の子をまじまじと見つめた。
「…ただの友達だけど」
「お互い、恋愛感情はいっさいなし?」
「ないよ」
「ほんとに!?」
声を上げて顔をほころばせたのは左側の女の子。高い位置でふたつに結ばれた髪の毛が印象的なかわいい子だ。あー、なるほどね…この子南雲が好きなんだ。
「よかった、じゃあがんばれ」
「うん!」
真ん中の女の子の言葉に、その子は嬉しそうにうなずいた。…別に、この子が南雲に告白しようが、南雲がこの子と付き合おうが、わたしはどうでもいいけど。でもそれで、南雲がわたしと帰ってくれなくなったり、話しかけてくれなくなったり、勉強会も来てくれなくなったり、したら。わたしはこの子にたったひとりの友達を奪われてしまうことになる。それは困る。わたしはただでさえクラスで孤立してるのだ。南雲を失ったら、わたしはまたひとりぼっちに逆戻り。なら、この子が南雲を諦めるように、嘘でも付き合ってるっていうべきだったのかも。
と、そこまで考えて、馬鹿らしくなって、やめた。だって、なんか。わたし、そんな嫌な子じゃないし。これじゃあ、わたしをのけ者扱いしてる子たちとおんなじ。醜い。だめだ。
「…がんばって、ね」
精一杯笑って、言ったら、ツインテールの女の子はにっこりと笑い返して、ありがとうと言った。
…そんなふうには考えないでおこう。南雲に彼女ができたら、おめでとうって言えるようにしとかなきゃ。うん、そうするべきだ。
(しあわせになってほしい)
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