わたしが男の子を嫌うようになったのは、確か小学2年のとき。何もしてないのにクラスの男子に足をかけられたり雑巾を投げつけられたり、ノートや机に落書きをされたりしたわたしはすっかり男の子が怖くなって不登校になった。5年生のころ、あれはよくある『好きな子をいじめてしまう』ってやつだったんだと知ったけど、やっぱり男の子を好きにはなれなかった。そして中学生になって、一応ちゃんと学校に通うようにはなったものの、今度は大嫌いな男の子たちに話しかけられたり絡まれたり告白されたりを繰り返して、気付いたらまわりに女の子の友達はいなくて、遠足の班もなかなか決まらなかったり2人1組の理科の実験で組んでくれる子がいなかったりですっかり教室は居心地悪くなって。2年生になってもそれは変わらなくて、死のうかなとまで思って上った立ち入り禁止の屋上で、わたしは南雲晴矢に出会った。

「それくらいで死にたいとか、おまえばっかじゃねえの」

大嫌いな男の子だけどもう最後だしいいやと思って話してみたら、南雲はわたしのそんないたいけな悩みを笑い飛ばして、わしゃわしゃと髪を撫でた。見上げた南雲の笑顔がまぶしかったのは太陽のせいだったっけ。

「生きてりゃなあ、もっと辛いことぐらいいくらでもあんだよ。その度に死にたいと思って自殺なんかしてたら、人間なんてとっくの昔に絶滅してるっつーの」

友達ならオレがなってやるから、軽々しく死にたいなんて思うなよ。
南雲の言葉を、あの屋上で見た空を、わたしは今でも鮮明に覚えている。わたしはこの人とならうまくやっていけそうだと思った。ずっとひとりぼっちだったわたしにはじめて友達ができた。




*




「南雲」
「あん?」
「問3間違ってるよ」
「いや合ってる」
「いや間違ってるって」
「オレこれ自信あんだよ」
「なら解答書見るよ」
「おお」

ぱらぱら、水色の冊子のページをたどる。春も終わりに近づいて、段々気温が高くなってきている。脇に置いたグラスの氷がとけて、カラリと涼しげな音を奏でた。わたしの家、わたしの部屋。南雲をここに入れるのは、彼がわたしの『友達』だから。

「ほら、やっぱり。χは3じゃありません4です」
「ええ、マジかよありえねえ!間違ってないってこれ」
「いやここ見てよ。しっかりはっきり4って書いてありますがな」
「うああああああ問3に費やした数分を返していただきたい」
「数分くらいいいじゃない」

…もし、南雲がわたしを好きだって言うのなら、わたしは頭の中の解答書をひっぱってきて、それは間違いですってはっきり言う。好き、だなんて、間違ってる。わたしは男の子なんて信じてないし信じたくないし、何より嫌いだし。南雲だって例外じゃないのだ。クラスの他の男の子と同じように、わたしを苦しめるというのなら、今までつちかってきた友情も関係もぜんぶ切り捨てて、わたしは南雲と他人になる。わたしの中から『友達』というカテゴリーの人間がいなくなる。つまり南雲は友達じゃなくなる。好きになるということは、南雲はわたしを友達として見ていないってことなんだから、それでお互いさまなのだ。

「…あっちぃなあ」

いつの間にかノートと問題集をほったらかして後ろに反りかえっていた南雲が手のひらで首もとをあおぎながら呟いた。普段どおり、2つめまでボタンの開けられたカッターシャツ。どきり、心臓が跳ねた。

……え、なに、いまの。

「なんだよ?」

南雲が怪訝そうな視線を向けてきて、思わず飛び上がった。

「い、や、暑いなら扇風機つける?」
「扇風機あんならはじめからつけとけよー…」

そう言う南雲の声にはいつものような威勢がまったくなくて、すごく気だるそうだった。どうやらだいぶ暑かったらしい。南雲は赤い髪をかきあげたあと、ぐったりと机につっぷする。数秒後、するり、髪の間から滑って落ちてきた手のひらが、ノートをおさえてるわたしの左手の中指の先にちょこんと当たった。たった、それだけなのに。

「やっぱりクーラーにしよう」
「…おまえの母さんおこんねえの?」
「こんなに暑いんだからいいでしょ、たぶん」
「たぶんかよ」

南雲が外の空気のようにからりと笑う。なんだかすごく男の子っぽい笑顔だ。男の子なんか嫌いなはずなのに、わたしからこんな表現が出るとは。…疲れてんの?わたし。いや暑さのせいか。うんそうだ部屋が暑いからいけないんだ。そのせいだ。きっとそうだ。
だから、窓を閉めてリモコンで電源を入れて、冷風が出てきて、少し寒いと思ったなんて、そんなの。




(放課後メランコリック)











人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -