「あいつらうまくいくといいな!」
「はっ!?て、ていうか、な、南雲、腕痛い、はなして!」
手をつかまれたまま、ファミレスからなぜか学校と反対方向にダッシュされてもうヘロヘロだった。わたしみたいな平々凡々な女の子がサッカー部フォワードの脚についていけるわけがないのだ。叫んだあともなお、南雲はわたしの知らない道をずんずんずんずん進む。いつの間にか、まわりはまったくと言っていいほど人の気配がなかった。
「南雲っ、…なぐ…、きゃあっ!?」
いきなり今までより強い力でひっぱられ脚がもつれて、あ、こける、と思った。景色が反転する前に、ふらついた身体はしっかりと南雲の胸につなぎとめられた。びっくりして声も出ない。
「……ばーか」
「っ、ひゃ」
あんまり耳元でささやくもんだから、なんだかへんな声が出た。ば、ばかってなんだ!ばかはおまえだ!真っ昼間から女の子に全力疾走させやがって。汗でべっとべとになったじゃないか。しかもそんなわたしをなぜかこんなにつよく抱きしめていったいなに考えて…。……あれ?つよく抱きしめて…? なんでわたし南雲に抱きしめられてんだ?しかもこんな道のど真ん中で。
「っちょ、南雲」
「おまえ演技ヘタすぎだぜ。佐渡すげーかわいそうだったじゃねえか」
「は、…え、あっ!?な、なんで、演技って知っ」
「おまえやっぱり馬鹿だな。んなもん見てたらわかるっての」
「う、うそ、だって南雲は立花さんと」
「オレも立花も演技してたんだよ、気づかなかったのか?」
「わ…わかるわけないじゃんそんなの…」
ぴんとはりつめてた糸がぷっつり切れて、へにゃりと南雲にもたれかかった。南雲と立花さんも演技してたって、なんだそれ。いったいどういうことなんだろう。ていうかわたしと佐渡くんの芝居はぜんぶばれてたんだ。主にわたしが大根役者すぎたせいで。
「…っあぁー、もう!あかり!」
「えっ、な、なに、急に大声出さないでよびっくりした…どうしたの」
「……演技でも、他の男に簡単に触らせたりすんなよな…」
「へ」
くしゃり、頭が撫でられた。ああ、そういえばさっき佐渡くんにさわられたっけ。でもあんなの、たったあれだけなのに。……もしかしてほんとに妬いてくれたのかな。だとしたら一応作戦は成功なのか?ばればれだったけどがんばった成果はあったということ?
「あかり」
「う、うん」
「おまえ、勘違いしてただろ」
「……た、立花さんのこと?」
「…オレが好きなのはあかりだけだぜ」
心臓がどくどくどくどくうるさいのは、走ったからだと思ってた。でも違うのかもしれない。南雲がこんなに近くにいるからなのかも。背中に回された手がゆるむことはなかった。わたしもおそるおそる、南雲の背に手をもっていく。
「なあ、オレ知りたいんだけど」
「…、なにを」
「おまえの気持ち。オレのこと、今どう思ってんだよ」
「……えっ、と…」
好き、って言わなきゃいけないのはわかっている。だけどいざとなるとやっぱり、恥ずかしくて、くちびるが震えて、言葉にならない。まさかこんな展開になるなんて思ってもみなかった。口をぱくぱくさせて、何回も言おうとするけど、でも。
しびれを切らしたらしく、南雲はわたしの肩を持って身体をひき離す。あったかかった体温が名残惜しかった。
「あ、ぅ…」
南雲の真剣な目に見つめられると、さらに言葉が紡げなくなってしまう。地面や空に視線を泳がせながら、だれかが助け船を出してくれますようにと心から願っていた。こんな人通りないとこで希望なんてなかったけど、願わずにはいられない。だってわたし、ひとに告白なんてことするの、正真正銘はじめてなんだから。
「…そんな照れられるとなんかオレまで恥ずかしくなってくんじゃねえか」
「だ、だって…、そんなの、もうわかってるくせに」
「オレはちゃんとおまえの口から聞きたいんだ」
…ちくしょう、ずるいな。
こんな顔されるって思ってなかった。南雲がこんなにもかっこいいなんて、わたしは知らなかった。
なんだかくらくらする。すごく、あつい。思考回路が鈍る。それはじりじりと照りつけてくる太陽のせいなのか、それとも目の前にいる男の子のせいなのか。答えはとっくの昔に出ている。
「……、すき」
伸びてきた腕に捕まるのと、南雲の胸に飛び込んだのはほぼ同時だった。
「やっと言いやがったか」
「……なにそれ」
あつくてたまらないのに、それでもはなれたくなかった。ぎゅう、と南雲のシャツにしがみついたら、やさしく背中を撫でられて、なぜだか涙がでそうになった。なんだろう、この感じ。ずっとこれを望んでいたかのように、すごくすごく満たされた気分。わたし、気づいてなかっただけで本当はもっともっと前から南雲を好きだったのかもしれない。『男の子』は嫌いだって言って勝手に壁を作って、南雲を好きっていう気持ちは許されないものだって決めつけて、そう思うことを自分で認めていなかったんだ。
「あかり、……好きだ」
「……うん」
(もう迷わない)
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