ショーケースの向こう側にいる人物が最近わたしの頭の中の9割を占めている南雲晴矢だと認識するまで約6秒。…え、なんでこんなとこいんの?しかもとなりには彼女の姿。にこにこわらいあって、ふたりで仲良くお買い物?
「信じらんない…」
駆け出してから気づく。なんでわたし今日こんなに走ってんだろ。南雲のせいでダッシュしてばっかり。こんなことで貴重な体力消費して馬鹿みたい。あんなの気にしなきゃいいのに。…いや気にしてないつもりなのにどうしてわたしは走るんだ。馬鹿か。ビニール袋の中で晩ごはんの食材ががさがさと音をたてる。そうだ、今晩からわたし、家にひとりなんだった。呑気に歩いてる場合じゃなかった。だから走ってるんだ。
家へ続く見慣れた町並みに目もくれず、今にも沈みきろうとしている夕日を背景に設置して、わたしはひたすら走った。走りながら、さっき見た光景がちかちかと頭に浮かんだ。あれは南雲じゃなかったのかもしれない、ただの知らない人で、となりにいた女の子はその人の彼女なんだろう。だからあんなに楽しそうにふたりともわらっていて、わたしになんか気づいてもくれなかったんだ。
家の門を勢いよく開けて、ガシャアンと近所迷惑な音が響いたのも無視して玄関の中に飛び込んだ。スーパーのビニール袋をフローリングの上に置いて、そのままへなへなと座り込んだ。
はは、馬鹿みたいだ。
わたしが南雲の笑顔を見間違うわけない。あれはたしかに南雲だった。わたしのことを好きだって言った、南雲晴矢だった。しかも、腕にはわたしのトートバッグが掛かっていた。ひとりぶんには多すぎる量だから、あの子といっしょに食べたのかもしれない。そしてそのまま、わたしと行くはずだったところにあの子を連れて行って。あの子は南雲に告白したかもしれない。南雲は試合にも勝ったしあんな可愛い子にタオル渡されたしで機嫌がよかったからオーケーしちゃったかもしれない。付き合ってやるよって言ったのかもしれない。
「なんで…っ」
わたしはもういらないのかな。南雲には必要ないのかな。あんなに好きだって思ってくれてるのに、わたしがうじうじ迷ったり悩んだり、結果友達としてしか見てないんだと思うだなんて言ったりして、さっさとはっきりした答えを出さないから、冷められちゃったかもしれない。
どうしよう、…どうしよう。
南雲に女の子として見られるのは嫌だった。南雲を男の子として見るのも嫌だった。わたしたちは友達だった。これからもずっとそうだと思っていた。だけど、南雲に他に好きな子が出来たら?わたしは友達としてもかまってもらえなくなるの?いやだ、いやだ、いやだ。そんなの絶対いやだ。
ずっと玄関に座っているわけにもいかないので、ふらりと立ち上がってリビングに向かった。ごはんの支度をしなくちゃ。どうせわたしひとりぶんだけど。
お母さんいないんだし、こっそり豪華な料理作ってやろう。ひとりで食べきれないだろうから、南雲を呼んで、――なんて、スーパーで買い物してるときちょっと考えてた。ああ、もう。わたしほんとに馬鹿だ。
*
ピンポーン。
テレビもついてない静かな室内に、いやに響くチャイムの音。回覧板かなにかかなあなんて呑気に考えて玄関の扉を開けたら、真っ赤な髪が見えた。
「何しにきたの」
わたしの口からこぼれたのはそんな冷たい言葉。南雲はそれが予想外だったらしくきょとんとしている。
「これ、返そうと思ってよ」
お弁当箱の入ったトートバッグ。もうあたりは真っ暗、そりゃそうだ、もう9時前だし。こんな時間に渡しにくるってことは、今まであの子といたのかな、と、いやな考えが浮かぶ。門扉を開けて、南雲に近寄った。
「うまかったぜ」
受け取りぎわにそう言われたけど、ちっとも嬉しくなかった。なんだかわたし、みじめだ。ひとりでこんな、ぐるぐるぐるぐる。もうやだ。だれのせいだと思ってんの。
「…あかり?おまえどうかしたのか」
「だれでもいいんだね」
「は?」
「南雲は、だれでもいいんだ」
「なにがだよ」
「あの子と付き合っちゃえば?」
風が吹いて、ほっぺたがひんやりしたので、何事かと思えば、いつの間にかこぼれた涙で濡れていた。なんで泣いてんだわたしは。
「あかり、おまえ何かかんちが――」
「ばいばい南雲」
ガシャン!とわざわざでかい音を立てて門扉を閉めて、玄関にかけこんだ。なによこれ、いまさら。どうしてこんなに胸がいたいの、くるしいの、悲しいの。食べたもの吐いちゃいそう、すごく気分がわるい。
(ぜんぶぜんぶ彼のせい)
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