ホイッスルが鳴り響く。結果は6-1、南雲たちの勝利だ。ハットトリックを決めた南雲はチームの仲間たちと嬉しそうに笑いあっている。帰る準備をし始めたらお弁当持っていこう、そう思ったとき、ポケットのなかのケータイが震えた。お母さんからメールだ。
「…珍しいな」
呟きながらメールを開いて驚愕した。
『ちょっと過労ぶっ倒れたからひとっ走り入院してくるわ、家事ヨロシクね』、そして末尾にハートマークが3つ。…あの人馬鹿じゃなかろうか。
「こりゃ午後から行けないや……」
南雲に言わなきゃ。そう思って、携帯を閉じて顔を上げたとき目に飛び込んできたのは、南雲があの子からタオルを受けとっているところだった。どくん、心臓が跳ねる。
楽しそうな南雲の声、顔を赤らめているあの子。わたしは呆然と立ち尽くした。
……あ、そうだ、はやくお母さんの様子見に病院行かなくちゃ。
おぼつかない足取りで、南雲とその子のところまで歩いて行く。わたしに気づいた南雲が名前を呼んだ。
「…お疲れさま、南雲」
「おう!見てたか!?ハットトリック!」
「うん、見てた」
「あ、それ弁当か?日陰来いよ、オレ腹減った」
「…南雲、わたし今日もう帰らなきゃ」
ぽかんとする南雲。わたしは機械になったみたいにただしゃべり続けた。
「ちょっと用事ができて。はいこれ、お弁当箱はまた今度返してくれたらいいから」
南雲の手にトートバッグの持ち手を握らせて、じゃあねと手を振った。なるべく、彼のとなりにいる彼女を見ないようにしながら。
「おい、あかり――」
「また明日!」
叫ぶように言って、南雲に背を向け走り出した。そんなに足は早い方じゃないし、持久走は大の苦手だけど、それでも走った。走って、走って、走った。グラウンドが見えなくなってからも、ひたすらに走った。理由はわからない。一刻も早くお母さんのところにむかいたいのか、それとも南雲とあの子から離れたかったのか。
…南雲は誰でもいいのかな。わたしのこと好きって言ったくせに、あの子に話しかけられて、あんなふうにわらって。自分のこと好きって言ってくれる子がいても、それがわたしじゃないならお断り、なんてかっこつけたくせに。
でもこんなふうに考えるのって、なんだかなあ。もしかしてやきもちでも妬いてるんだろうか?だとしたらみにくいな、わたし。南雲と付き合ってるわけでもないのに。
信号が点滅している。わたしは立ち止まった。
…お弁当、いっしょに食べたかったなあ。
(ふりかえれない)
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