「そういえばさ」
「なに?」
「1日ただで泊めてもらえるくらいの恩って、なんなの?士郎くん、合宿のときなにかしてあげたの?」
「ああ…、ちょっとね。…ていうか、士郎って呼べって言ったでしょ」
「だ、だって恥ずかしいんだもん」
「次から士郎くんって呼ぶ度にデコピンするから」
「えー…」

わたしがふてくされたような声をもらすと、士郎くんは喉を小さく鳴らして笑う。段々おかしくなってきてわたしも笑った。縁側に腰かけて、梅谷亭の庭を眺める。植えられている木や花もちゃんと手が入れられていてとても綺麗だ。遠くに見える山は一面緑色で、あれは木がいっぱい並んでるからあんなに緑なんだなあとか、小学生みたいな感想を抱く。もう高校3年生なのになあ。

「合宿の3日目にね、ちょっと事件が起きたんだ。僕らとはぜんぜん関係ない宿泊客が突然暴れだしてさ。金よこせって、女将さんにナイフつきつけたりしたんだ」
「え、うそ、大丈夫だったの?」
「うん、そいつがちょっと気を抜いた隙に、顔に思いっきりボールぶつけてやってさ。そしたら見事に意識失って、警察につれていかれてたよ」
「士郎くんが梅谷亭を守ったんだね!…、あ」

士郎くんの目がきらりと光る。ま、待て待て!!今のは不可抗力というか、ふつうに間違えたというか、とにかく仕方ないんだよ士郎くん!!わたしが「あの、いやちがうんだよさっきのはあの、いやいやあの不可抗力ですからあの、あのあのあの士郎くんちょっと待とうよあっまた士郎くんって言っちゃったうあああああ」だのと繰り返しているうちに、士郎くんの顔がどんどんわたしに近づいてきて、ちょっと怯えて後退る。デコピンは痛いってば士郎くん。「や、やめようよおぉぉ」情けない声で訴えてもぜんぜん聞き入れてくれなくて、士郎くんの左手がすっと伸びてわたしの前髪を横によけて、あ、ほんとにするんだと思った。デコピンされるのなんて久しぶりですよわたし。やっぱり、男の子だし、わたしより力強いだろうし、痛いんだろうなあ。ずいぶん近くにある士郎くんの顔を見たら、何故かすごく真剣な目をしていた。ああああああはじめてだよ士郎くんを怖いと思ったの。「目、閉じて」言われなくても閉じるよ怖いもん!今から味わう痛みに耐えんとばかりに、ぎゅううときつくきつく目を瞑る。あーあーあー!!痛くない!痛くない!!


ちゅ


……、あ?

額に何か柔らかいものが触れて、わたしは恐る恐る目を開ける。士郎くんの指こんな柔らかかったっけ?いやいやいや……、そんなわけない。完全に開ききった目にうつったのは士郎くんの首筋とTシャツから覗く鎖骨でした。ウワア、エロッ。士郎くんの首元エロッ。なんて考えてる場合じゃねええええよわたしがエロだよ馬鹿め!高校3年生純情乙女です☆なんてもう言えたもんじゃないわ!いや言ったことないけどもさ!ていうかそれどころじゃないだろわたし。「あ、あ、あの、し、しろ」ことばがうまく発せられなくて半分パニック状態に陥っているうちに、士郎くんのくちびるはわたしの額から離れていってしまった。「なななななななにして、」激しくどもりながら言うと、士郎くんは涼しい顔をして、「なにって、デコピン」と言った。な、なんでそんなわかりやすい嘘つくの…!いや、もしやほんとにデコピンだったの?わたしが士郎くんをすきすぎて、あんな幻覚を見たのかもしれない。だ、だって、ねえ?あんな、あんなの…。士郎くんはまったくいつも通りだし、恥ずかしがる様子とか微塵もないし、やっぱり幻覚だったのかなあ…!?わたしは、こんな
に綺麗な庭が目の前にあるのに、となりにいる士郎くんばかりを見つめてしまう。1日かぎりの素敵な景色なのに、もったいないなあ、って、思う、思いはするけれど。わたしにとっては手入れの行き届いた木や花や池より、士郎くんの方がずっとずっと魅力的で、たまらなく恋しくて。士郎くんもわたしを見つめたまま、何も言わないし、なにもしないから、わたしは釘付けになったかのように、目を逸らすことができなくなってしまった。なんなんだろう、この気持ちは?士郎くんがゆっくり目を細めて、ああ、その仕草、いいなあ、って思う。「あ、あの」今なら言えるかもしれない。おまえがすきだー!って。「…なに?」ああやっぱり無理だ。旅立つきみに、わたしのこの隠されすぎた、言ってしまえばあっけなくて儚い、陰気な想いなんて伝えたら、きっと邪魔になってしまうよ。「やっぱりなんでもない」なんでもなくないよ。すきだよ。だいすきだよ。じくじく痛む胸の奥、気を抜いたらぼろぼろこぼれ出してしまいそうな涙、ぜんぶとじこめてわたしは笑った。つらいつらい。なんでこんなひとすきになっちゃったんだろう?なんて、理由はいくらでも思いつく。じ
ゃあ逆に、どこかひとつでも嫌いなとこないかな、と探してみるけれど、今度はなにも思い当たらないから、皮肉だよなあ。





*





「うめえええええええなんだこれ!!」
「梅谷村特製山菜鍋だってさっき女将さんが言ってたよ」
「い、いやそれはわかってるけど…!わ、わたしは感動した!!猛烈に感動した!うまいよこれ!」
「マナ楽しそうだね」

だって美味しいんだもん!このスープ、しっかりダシが出ていてかつ濃すぎなくてまろやかで…!そ、それにこの魚のつくね!噛んだらじわあって広がるおいしさ…!山菜とスープとの調和もたまらん。ほんとに感動したので、興奮しつつ「わたしもこんな美味しいもの作れるようになる!!」って宣言したら、士郎くんが曖昧に微笑んだ。……え、わたしなんかおかしいこと言ったか?

「…僕はマナの作るご飯の方が好きだけどなあ」

つくねが喉につまりました(報告)。

こ、このひとはホント、こーゆうことを照れもせず言っちゃうから…!わたしはどきどきやらげほげほやらで忙しくて息が止まりそうだ。正直な話、そんなこと言われたらいろいろと期待しちゃうんだけど、相手は士郎くんだからなあ。本気で言ってるのかそれとも冗談なのかわからないことも多々あるし、特に意味もなく思ったから言っただけって感じのときばっかりだし。信じられないとか、そういうの以前に、士郎くんはわたしのこと、ほんとにただの幼なじみとしてしか見ていないのだから、期待するだけ無駄なのだ。まあわたしみたいなちんちくりんで貧乳で馬鹿なおんな、幼なじみでいれるだけでも奇跡なのだから、これ以上を望むこと自体厚かましいことなのかもしれないけど。なんて、ネガティブっぽくないか?わたし。特に士郎くんのことになると。…でも仕方ないだろう。もうすぐ彼はいなくなるのだ。それなのに明るく前向きでいられるほど、わたしは強くない。幼稚園のころからいっしょにいたから、かれこれ14年?今まで生きてきたうちの6分の5くらいは士郎くんの近くにいたのだ。わたしのなかでは、お父さんお母さんより大きな存在かもし
れない。それをここにきていきなり失うというのだから、耐えられたもんじゃない。どう考えたって、彼がいなくなるのがわたしの人生にとって痛すぎる。

「マナ?」
「え?あ、なに?」
「いや……ぼーっとしてたから」
「ああ、うん、なんでもないよ、ご飯食べてたら眠くなってきちゃって」
「そう?じゃあ食べたらすぐお風呂入って寝ちゃおうか」
「う、うん」
「……あっ」
「…え?どうしたの?」
「忘れてた」
「なにを」
「ここのお風呂、すっごい眺めのいい露天風呂なんだけどさ、」
「うん」
「…混浴なんだよね」

わたしの持っていた箸が華麗に手から滑り落ちました。
な、なぬえええええええええええ!?
うそだろうそだろうそだろ冗談だろ?と思っていたら、士郎くんがちょっと首を傾げて、いつもより小さめな声で、「いっしょに入る?」なんてきいてくるもんだからもうなんだかうああああああああな感じで、今度は口に出して

「なぬえええええええええええ!?」

と言ってしまった。士郎くんはそんなわたしを笑うでもなく、変に真面目な顔をして、「いや?」って、もおおおおぉっ!「い、いやじゃない、けど」このパターン今日2回目だな!どうなるんだわたし!おいしいご飯が喉を通らなくなってしまった!




EAT ME!

20100307













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