「よー来なすったねえ、吹雪ちゃん」
「お久しぶりです、女将さん」
「背ぇ高なってえ、高校3年生なんじゃてね?主人からきいとるよぉ、可愛い嫁さん連れてさ、すみに置けんね吹雪ちゃん?」
「僕だって年頃の男の子ですから」
「あはは!あ、そいじゃ、部屋案内すんね。もちろん、1部屋でいんじゃろ?」
「はい」

士郎くんが平然とそんなことばかり言うから、わたしはまた照れてしまう。梅谷亭は古い外見だけど、なかはきちんと手が行き届いていて綺麗だった。近くに小さめの空き地があって、合宿のとき士郎くんはあそこでサッカーの練習をしたんだって教えてくれた。床板は良く磨かれているみたいで、靴下だとつるつるすべる。1度転びそうになったけど、士郎くんがとっさに腕を掴んでくれてなんとか無事だった。……駅長さんと女将さんにも言われてたけど、士郎くん、ほんとおっきくなったよなあ。身長、中学入る前までわたしの方が高かったのに、すぐに抜かされちゃったし。手のひらも、いつの間にかわたしより大きく、男の子らしく骨ばってごつごつしているし、背中も、昔ふざけて背負ってくれたときとはぜんぜん違う。ずいぶんと広くなっている。 …士郎くんは、どんどん大人になっていく。もっともっとかっこよくて、素敵で、キラキラしたひとになっていく。計り知れないやさしさと、あたたかい笑顔だけ、変わらないまんまに。わたしはそろそろ、その後ろをぜえぜえ言いながら追いかけるのも無理になってしまうんじゃないかと疑ってしまって、怖かっ
た。今まで士郎くんは、わたしが転んだら戻ってきてくれたってさっき言ったけど、そんなことももうないかもしれない。駆け足で、わたしなんか放って行ってしまうかもしれない。わたしが転んだことになんか気付かずに、気付いても気にせずに、行ってしまうかもしれない。わたしがいつまでも成長しない子どもだから。

「こちらになりますぅ、そない広くないけんど、うちでは一番月が綺麗に見える部屋なんよ。それじゃ、ごゆっくりい。晩御飯は、7時くらいにお持ちしますぅ。お風呂は好きに入ってくださいねぇ」

そう言って、女将さんはさっさとふすまをしめて出ていってしまって、純和風な畳の部屋にわたしと士郎くんのふたりきり。気まずいわけじゃないけど、なんだかどきどきそわそわして落ち着かない。わたしが入り口のすぐそばで突っ立ったまま動けないでいると、部屋のすみにかばんを置いた士郎くんがわたしを呼んで、思わず飛び上がってしまった。士郎くんがそんなわたしを見て笑う。なんでそんな普通なんだよおまえは。緊張のひとつくらいしろ!と理不尽な恨みを抱いてしまう。わたしはこんなにどきどきしているというのに、彼はまったくいつもと変わらない。遊園地行けなくなって、こんな遠くまで来ちゃったのに、それを楽しんでいるから、すごいなあって思う。まあかくいうヘタレチキンなわたしも、士郎くんといっしょだから楽しいんだけど。

「僕お腹すいちゃったよ。お弁当食べない?」
「あ、うん、もうお昼だもんね!食べよう食べよう」
「…あ、食べ終わったら、外出て散歩してみようよ」
「うん!」

じゃあ、決まりだね。士郎くんが嬉しそうに言う。士郎くんのえがおは眩しいなあ。夏休みが終わったら、もう見れなくなるなんて、信じられないや。





*





※わたしが無駄にがんばって作ったキャラ弁(ピカチュウの顔が描いてある)は士郎くんによって美味しくいただかれました


「ふわー、食べた食べた!!やっぱり作りすぎたかな、お腹苦しいや」
「僕もお腹いっぱいだよ。すごくおいしかった、また腕上げたの?マナ」
「え そんなことないよ!!べべべべべつにふつうだよ」
「そうかな?マナってほんと料理上手だよね、いいお嫁さんになれるよ」
「な…なに言ってんのばか!よよよよよ嫁さんだなんてそんな」
「あ、そういえば今日は僕のお嫁さんなんだっけ」
「ぶふぉっ」
「ちょっとマナ、大丈夫?」
「だ、だいじょぶ、うぶえ、だいじょぶだいじょぶ、い、いいからさっさと散歩行くぞ吹雪コノヤロー!」
「あ、うん」

わたしはとんでもないことを連発する士郎くんの手をひっつかんで、部屋を飛び出した。まったく、天然さんに付き合ってると心臓がなんこあっても足りないわ。玄関で靴を履き、士郎くんの手をひいて、あてもなく歩き出した。林の木の葉っぱが風で擦れあう、さわさわという音が聞こえる。車の音や人のしゃべり声もない。あ、なんだか、世界にふたりきりみたいだなあ。

「マナ、ちょっと待って」

士郎くんが言って、わたしは立ち止まり振り返る。なに?と問えば、士郎くんは自分の右手首を掴んでいるわたしの左手をなんの躊躇もなく剥がす。あ、掴まれるのいやだったのかな、と少しショックを受けていると、士郎くんの指がわたしの指に絡んできたのでびっくりした。大変びっくりした。だって、これって、あの、漫画やドラマでよくあるあれでは…?こ、恋人つなぎというやつでは…!?びっくりしすぎて声も出なくて、呆然として士郎くんを見上げたら、口元だけで笑われた。あ、なんか子どもっぽい、いたずらっぽいえがおだ。立ち尽くしていると今度は士郎くんがわたしの前に出て歩き出す。形勢ぎゃくてんだ。わたしの足はその場にセメントで固定されてやしないかと不安になったけど、士郎くんに手をひかれると意外にも素直に動き出した。それどころか、なんだか身体が軽くて、宙に浮いているような感覚だった。あれ、もしかしてほんとに浮いてるんじゃない?疑って下を見たら、両足ともちゃんと地面を蹴っていた。ああ、よかった。士郎くんはやっぱり士郎くんだ。わたしが追いつけなくなったら、不安になったら、戻ってきてわたしの手をひいてくれるんだ
よ。わたしを置いていったりしないんだよ。おかしいなあ、こんなに楽しいのに、しあわせなのに、空気はおいしいし景色は綺麗なのに、空は雲ひとつないのに、泣きそうだなんて。おかしいって。笑わなきゃいけないときなのに。 足はやっぱりふわふわしてる。夢の中みたいだ。ほっぺたをつねったら痛かった。夢じゃなかった。留学なんて夢ならいいのに。いまこうしてそばにいるのに。手もつないでるのに。こんなに彼がすきなのに。すきなのに。

(応援したいって思ってるのに)
(いかないでだなんてわがまま)
(かれにきらわれるのはいやだ)

じゃあわたしはどうしたらいいの。
笑顔でさよならなんか出来ないよ。




掌握・空中遊編

20100306













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