ここは梅谷村というらしいです。

「ごめんねマナちゃん、僕が寝ちゃったから」
「え?いやいやいいよ最初に寝たのはわたしの方だし!!」
「でも、」
「いいんだってば!」

とりあえず埒があかないので車両をおりました。ほんとに、見渡す限り、ホームの向こうは緑一色。こんなとこ、ひと住んでるのか?って思ったけど、起こしてくれたおばあちゃんはどうやらここの住人さんらしい。

「ほンで、お兄さんたち、どうすンの?」
「…、近くに、宿とかありませんか」

士郎くんがそう言って、わたしは驚いてええっ!?と声をあげてしまった。だって、宿って。泊まる気なの?いや確かに、明日まで電車来ないんならそうするしかないとは思うけど、でも。高校生ふたりで宿なんて泊めてくれるのかなあ。それよりもまず、お金足りないって。ホームから出るんなら、乗り越した分のお金も払わなきゃいけないんだし。借金するか…?いやいや、こんな、次いつ来れるか分からないところにそんな。いろいろと無理がある、と思って、「士郎くん、」 呼んだら、わかっていたかのようににこにこ笑って、「だいじょうぶ」 って、言う。…いやいやいや、いくらなんでもこれはだいじょぶじゃないよ士郎くん!絶体絶命!だよ!やばいと思うよ!高校生なのに破産とかしちゃうよ!士郎くん留学できなくなるよ!……あ、それはそれでいいかもしれない。いやいいかもしれないじゃないよわたし。いくないよ。高校生が借金だなんて。

「民宿なら、この林をまあっすぐ行ったところにあるけンど」
「そうですか…わかりました、ありがとうございます」
「えっ、ちょっと、士郎くん」

おばあちゃんに頭を下げて、すたすたと梅谷駅のホームを歩き出す士郎くんを追いかけ、腕を持ってひき止めた。その民宿、にいくつもりなのかなあ、でもだから、士郎くんが向かっている改札を通る為には乗り越した分のお金いるんだって。

「梅谷駅の駅長さんのところへ行くんだ」

振り返った士郎くんはさも当然のようにそう言って、また歩き出す。……、駅長さんにお願いするのかな?タダにしてもらえる、なんてことはないと思うんだけど。わたしがひとりであわあわしてると、あっという間に改札口についてしまった。改札機の一番左側の横にぽっかりあいた小窓の前で、士郎くんが「すいません、」と中の駅員さんに声をかける。うわあ、大胆だなあ、わたしあんなこと絶対できっこない。北海道最強のヘ(以下略)の名をほしいものにする氷室さん的に、全く知らないひとに話しかけるなんてのは卒業試験にも値するものだ。 顔を出した駅員さんは、なんとも人のよさそうなおじいちゃんで、事情を説明しはじめる士郎くんをあたたかい目で見ていた。じぃっと見つめているとにこ、と笑ってくれて、わたしは慌てて小さく頭を下げた。

「おまん、でっかくなったンなあ、吹雪。高校生か?」
「はい、いま3年です」
「ほー。まだサッカーやっとるンな?」
「ええ、もちろん」
「……って、ええ!?士郎くん、知り合いなの?駅員さんと…」
「中学のとき、サッカー部の合宿で梅谷村に来たんだ。林の先にある民宿はそのとき泊まったところ。彼は梅谷駅の駅長で、その民宿の主人なんだよ。今日はただで泊めてくれるって」
「な、なるほど。……え、でも、そんな」
「いいンよぉ、吹雪にはなぁ、そンときいろいろと世話になったかンなぁ、1泊くらい、金はとらンよぉ。なあ、吹雪、乗り越した分も、可愛い彼女に免じて、大目に見てやっからよぉ、梅谷村で、遊園地の代わりに楽しンできぃ」
「ほんとですか!?よかった、ありがとうございます!」

え、駅長さん超かっけええええええええ!不覚にも、士郎くん以外のひとにときめいてしまったよ。なんて優しいんだ…!今日1晩泊めてくれて、おまけに可愛い彼女に免じて乗り越し分もタダに、…ん?可愛い彼女?

「えっ、あ、わたし士郎くんの彼女じゃ」
「マナ!」
「はっはい!?なに士郎く」
「『士郎くん』、じゃなくて、『士郎』でしょ?」
「へえええ!?あ、し、し、しろー…」

困ったような、怒ったような目で見られ、若干怯えながら言ったら、士郎くんはたちまち笑顔になって、「そう」と言った。え、え?なんなんだいったい!

「あっははは、仲がよろしくてかなわンねぇ。ほンじゃあ、女房に電話いれとくっから、気をつけていきンなぁ、吹雪、そンで、未来の嫁さん」
「よ…よめさん……!?」
「ありがとうございます、またお世話になります。行くよ、マナ」
「え、あ、は、はい」

士郎くんが駅長さんに頭を下げて、改札口を通って行ってしまう。わたしも駅長さんにふかくお辞儀して、あとを追った。士郎くんは機嫌よさそうに鼻歌を歌いながら、林の中の道を歩く。わたしはその3歩くらい後ろを歩きながら、なんて声をかけようか決めあぐねていた。だって、彼女とか、嫁さんとか、士郎くんぜんぜん否定しないし、士郎、って呼ばせたし、恥ずかしいやら嬉しいやらで大変なことになっている。わたしの頭が。なんで否定しなかったんだろうなあ、気になって、聞いてみた。士郎くんが振り返る。

「その方が、都合がいいでしょ?」
「つごう?」
「ふたりでおんなじ部屋に泊まるんだから、彼女とってことにしといた方が不自然じゃなくて」
「え、おんなじ部屋に泊まるの?」

士郎くんがぴたりと立ち止まったので、わたしはぶつかりかけてしまった。

「…………いや?」
「い、いやじゃない、です」
「僕が怖い?」
「えっ?ううん、別に」
「そっか」
「なんでそんなこときくの?」
「……、マナちゃん無防備すぎ」
「えぇなにそれ、どういう」
「なんでもないよ」
「え、なんだよ、気になるよ」

士郎くんはあはは、と笑ってごまかして、また歩き出した。士郎くんと、おんなじ部屋。かあ。いや別に、ちいさいころいっしょに寝たりしてるし、それ自体はいいんだけど、場所が場所だし、わたしたちはもう高校生なわけだし。それに、さっきの、どういう意味なんだろう。士郎くんを怖いなんて思ったことないのに、……あ。………、いや、まさか、それはないってわたし。だってただの幼なじみだし、わたし。いやでも高校生にもなると、ふたりでおんなじ部屋で寝るなんて、なぁ、ちょっとイケナイ感がする。なんて考えてるわたしがイケナイおんなだ!ばかめ!というか士郎くんは、今まで何人の女の子に告白されようが、熱い眼差しを送られようが、バレンタインにチョコレートのビッグウェーブにのまれようが、『彼女』という、特別な存在を作ったことは、ないんだよなあ。中学のとき1回だけなんでなのか聞いてみたことがあるけど、さっきみたいに笑ってごまかして、結局教えてくれなかった。だとしたら今、泊まるためとは言えど、彼女という設定にしてくれたことは、奇跡のようなものなんじゃないだろうか。わたしは今とても貴重な体験をしているんじゃ
なかろうか。なんて考えてるうちに、林がひらけてきた。

「あ」
「え?」
「マナちゃん、宿に着いたら、もう僕のことくんづけで呼んじゃだめだよ。僕も君のことマナって呼ぶから」
「へっ、なんで」

士郎くんはにこにこ笑って。

「君は僕のお嫁さんなんだから」

だから何点目ですか氷原の皇子さま。そろそろゴールネットに穴があくのですが。



あるかもしないものがたり

20100306













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