ぴんぽーん、という間の抜けた、空気を読めない音が鼓膜を震わせたとき、わたしはプラスチックの入れ物に詰めた白米を赤や黄色のふりかけを駆使して真剣にデコレーションしていたため、派手に飛び上がってしまった。手に持ったふりかけの袋の中身が飛び散らなくて本当によかったと思った。せっかくがんばってどでかいキャラ弁にしようとしていたのに、上にこぼしてしまったら時間やわたしのHPやそのたもろもろ全てが水の泡だ。というかそれどころではない。もうこんな時間じゃないか。お弁当作るのにはりきりすぎてまだパジャマのままのわたしを笑うがいいさ士郎よ。ということでそのまんまのかっこで玄関に出た。びっくりされた。寝巻きはネグリジェとかにしといたらこんなとき色気出せたかもしれないのになんてのんきに考えていたら士郎くんが「おはよう」と言ったのでわたしもおはようと返して、やっと目が醒めて、代わりに血の気が引いた。……わたしは何をやってるんだ。パジャマですきなひとの前にさも当然のように出るなんて。起きてすぐ調理に取りかかったから、料理に使う部分以外の脳はまだ寝ていたらしい。素晴らしい機能だがしかし最悪である。
「……マナちゃんが寝坊なんて珍しいね。今日雪でも降るのかな?」
「いやさすがに北海道でも夏休みに雪降ったら異常気象だよ吹雪。あっあとわたし別に寝坊したわけじゃないから!パジャマのまんまお弁当作ってて、時間なってんの気づかなかったの、ごめんよ」
「そんなに頑張ってお弁当作ってたの?」

馬鹿なわたしを笑ったり怒ったりするかと思えば、目をまんまるにしてそう言うから、わたしのほうが笑えてきてしまった。ほんと、このひとは、天然というかなんというか。気兼ねしなくていいから、一緒にいるとすごくここちいいのだ。わたしはもうなんだか、おかしいやらうれしいやらで涙まで出てきてしまって、士郎くんに心配された。ちがうよ士郎くんこれはいい涙なんです。時間守れなかったくせにわるいおんなですけど。

「わたし急いで着替えてくるから、士郎くんなか入って待ってて」
「うんわかった。……でも急がなくていいよ、マナちゃん絶対転ぶんだから」
「……失礼な」

それは雪上や氷上のはなしですよ。おまえがスイスイいっちゃうからかなり必死でぜえぜえはあはあ言いながらおまえの背中を追いかけてるんですよわたしは。 ……転んだら慌てて戻ってきてくれるから、それはそれでうれしくて、なんだかあめとむちみたいだなあって思ったりするけれども。 とりあえず士郎くんを玄関に招き入れて、つっかけたサンダルを脱ぐ。さっきまであわあわしてたから、今はじめてちゃんと見たけど、私服、相変わらずかっこいい。グラウンドでサッカーしてるときの、ユニフォームとか練習着とかジャージとか、もちろん白恋高の制服姿も、ぜんぶ眩しいくらいかっこいいの知ってるけど、私服にはそれも負けちゃうと思う。サッカー部は練習熱心で土日の休みが少ないから、私服を見たことあるひとはわたし以外にはそんなにいないんじゃないかな。それはかなりの優越感を運んでくるから、幼なじみっていいなあ、なんて思ってにやにやしてしまうのだ。吹雪士郎ファンクラブの女の子より、わたしは彼のそばにいれるんだ。と言っても、目を付けられたりしたらたまらないから、登下校はもちろん別だし、サッカー部の練習を見に行ったりしないし、士郎くんのクラスに遊びに行きもしない。家に帰ったら気まぐれにメールをして、お互い暇だったらどっちかの家に行って夜まで喋ったりトランプしたりテレビゲームしたり。どちらかといえば士郎くんはわたしのこと、仲のいい同性の友達みたいに扱ってるような気がする。士郎くんはすごくやさしいけど、それは別にわたしにだけじゃないし、ファンクラブの女の子に手を振られれば手を振り返すし、わたしに向けるのとおんなじふわふわした顔でサッカー部の部員と笑いあってるし、わたしだけが特別なんてことはないのだ。私服見れたり家に入れたりするのは幼なじみとしてのわたしの特権であって、ひとりの女の子としてのわたしの特権ではない。

「マナちゃん」
「んー?なに、士郎くん」

あ。
別に特権っていうわけじゃないけど、士郎くんが他の女の子たちに接するときと、わたしに接するときとで違うこと、ひとつだけあった。 士郎くんはクラスの女の子や、ファンクラブの女の子たちを大抵は上もしくは下の名前にさん付けで呼んでいる。だけどわたしだけは、ずっと小さいころから一緒にいるからか、昔のままマナちゃんと呼んでくれている。かくいうわたしは小学校低学年ぐらいまでは、士郎士郎と呼び捨てにしていたんだけど、進級するにつれて、付き合ってんのかとか、好きなんじゃないのかとか、まわりの友達にからかわれたりするようになって、なんだか恥ずかしくなってみんなと同じようにくん付けで呼ぶようになったのだ。今となっては、あんなしょうもない子どものからかいに過剰反応して大切な幼なじみの呼び方を変えてしまったことをすごく後悔している。なんだかそれから士郎くんとの距離があいてしまった気がするのだ。中学生になってからは、ファンクラブや取り巻きの女の子たちを気にして、学校で話すことはほとんどなくなってしまったし。思春期ってほんとめんどくさいなあ、って思う。そのうち士郎くんにも好きな子ができて、彼女ができて、ゆくゆくは結婚してどこかに引っ越していっちゃうんだろう。わたしがずっと 『幼なじみのマナちゃん』 でいられるなんてことはないんだなって考えているうちに、士郎くんは留学を決めてしまってたし。

「……、やっぱりいいや」
「え? なに、気になるじゃんか」
「なんでもないよ」
「うそつきー、言ってよ」
「これ以上きくとコアラのマーチは僕が食べちゃうよ」
「な コアラのマーチを人質にとるなんてずるいぞコノヤロー」
「うん、だってなんだか恥ずかしくなったから、いいの」

……え、な、なに?なんなの?普段恥ずかしいセリフをさらっとかましてわたしをノックアウトするあの士郎くんが、めったに照れないあの吹雪士郎くんが、恥ずかしい、だと?

ちょ、マジで気になるんですけど。





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20100306










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