「し、士郎、留学するんだって?」

ふざけた感じに言おうとしたのに、わたしの声は自分でもわかるくらいに震えていて、みっともなかった。

「だから、言っても仕方ないと思うけど、でももう我慢できないから、くるしいから、言うよ。わたし、わたしは、士郎が、士郎くんが」

すき、って言うまえに、涙があふれてしまって、しかれたばかりの布団にぼたぼた落ちてしみをつくる。うえぇ、って、なさけない声が出て、恥ずかしかった。また、まただ。やっぱり言えない、さすが北海道最強のヘタレチキン氷室だよ!ざまあないよ!ハハハ!と思っていたらいきなり士郎くんに後ろから抱きしめられて おうっ!? ってなった。でも口からは「ひゃあっ」って出た。たぶんちゃんと女の子の声だった。なんでだ。泣いてるからか。

「し、しろ」
「ごめん」
「士郎、くん?」
「ごめん、マナ、僕」

なにが、ごめん、なんだろう。留学、隠してたことかなあ?謝るようなことじゃないのになあ。わたし、別に怒ってるとか、そんなんじゃないもん。ただ、なにもいってくれなかったから、さびしくって、勝手にすねてただけだもん。わるいのは最初からぜんぶわたしなんだよ。敦也がすきだったくせに、敦也がいなくなって、士郎くんにちょっとやさしくされたら、すぐ士郎くんがすきになっちゃって。いやなおんなだ。ほんっとうに、いやな、おんなだよ、わたし。だけどそのいやなおんなは、まだ、士郎くんを、すきなひとを、責めるようなことを、言ってしまう。

「士郎くんなんでなんにも言ってくれなかったの」
「…、マナ、こっちむいてよ」

士郎くんが、お風呂のときより、ずっとずっと痛そうな声で、言った。わたしはゆっくり、士郎くんの方を向く。お月さまだけがふたりをみてる、なんて言ったらロマンチックだけど、わたしは泣いてるし、士郎くんは痛そうな辛そうな顔してるし、なんだかなあ、と思った。わたしたち、一番近くにいるくせに、だいじなこと、内緒にしすぎた。秘密にしすぎた。

「留学のこと、黙っててごめん。でも、どうしても言えなかったんだ。何年行くかもわからないし、もしかしたらずっと向こうで暮らすかもしれないし。それに、言ったとしても、マナが、ぜんぜん悲しそうじゃなかったり、寂しそうじゃなかったら、どうしようって。別に悲しんで欲しいとか、そういうつもりじゃないけどさ、なんとも思われなかったらどうしようって、思って。逆に、たくさん悩んで、みんなに励まされて、行こうって決めた留学だったから、マナにもし止められたら、いかないでとか言われたら、どうしようとも、思ったんだよ。誰になにを言われたって、もう僕は行くんだって決めてたけど、マナにだけは、勝てないと思った。いかないでって言われたら、僕はたぶん、行かないって言っちゃうから、言うのが怖かった。もちろんそんな自惚れた理由だけじゃない、僕、きみを傷つけたくなかったんだ。泣かせたくなかったんだ。だって、昔から、僕はずっと、きみが、マナが、すきだったから」

わたしの目はしまりきってない蛇口みたいに、水をぼったぼた、ぼったぼたと流し続けている。なにか言わなきゃと思ってしぼりだしたことばは、「もうないてるよ、ばか」で、なんとも可愛いげなくて。すきだって言ってくれたのになあ。

「……僕、また敦也に怒鳴られるよ」
「…あつやに?」
「うん。僕のなかの敦也に。…前ね、言われたんだ。マナを泣かせたりしたら、兄貴でも許さねえからなって。おれのすきになったおんな、すきになるってんなら、それくらい約束しろ、って。…ほんとのところ、マナをすきになったの、僕も敦也もおんなじくらいだったと思うんだけどね。勇気が出なくて言えなくて、敦也にさきこされちゃったけど」

…じゃあ士郎くんは、わたしが士郎くんをすきになるまえから、というか敦也をすきになるまえから、わたしがすきだったの?

「…マナさ、…僕がエターナルブリザード打ったとき、すごいキラキラした目で見てたからさ。あれ打ってたの僕じゃなくて、敦也の人格でだったから、やっぱり敦也がいいのかな、敦也がすきなのかなって、ずっと考えててたんだ。それは東京から帰ってからも同じで、敦也といっしょに完成させた技、ウルフレジェンドも、敦也といっしょになってやっとできたもの、だから、すごいねって言ってくれたんだろうなって」
「…それは、ちがうよ、士郎くん。わたしが、目を輝かせて見てたのは、士郎くんだよ。ウルフレジェンド、すごいなあって思ったのも、士郎くんに対してだよ。わたしはたしかに敦也がすきだったけど、敦也が死んじゃって、こんな言い方すると移り気激しい子だと思われるかもしれないけど、士郎くんに惹かれていったんだ。…ねえ、わたしも、士郎くんがすきだったんだよ、知らなかった?」

士郎くんは、すこしのあいだ面食らったような顔をしてたけど、すぐに、ちょっと恥ずかしそうに微笑んで、それは初耳だなあ、って言って、わたしを抱きよせた。士郎くんの体温があったかい。士郎くん、ほんとだよ、ほんとにすきだよ。ひとりごとみたいに呟いたら、ふふっと小さく笑われた。ぎゅう、と抱きついたら、つよくつよく抱きしめられた。士郎くんの心臓の音、とくんとくん、って、聞こえる。けっこうはやい。なんだ、士郎くんもどきどきしたり、するんだなあ。もしかしたら今までだって、わたしが気づかなかっただけで、ほんとは緊張したり、照れたりしてたのかな。士郎くん、あんまり顔やことばに出さないから、わたしにはわかんないだけだったのかも。

「士郎くん、」
「ん?」
「留学、わたし応援してるからね、がんばって」
「…うん、ありがとう」
「でも、向こうで暮らすのは、さすがにちょっと、つらいよ。寂しいよ」
「わかった。ぜったい帰ってくるよ。…それで、帰ってきたら、」
「うん」
「…やっぱり、いい」
「え、またこのパターンですか」
「だって、恥ずかしいんだよ」
「……士郎くんでも恥ずかしいと思うんだなあ」「きみは僕をなんだと思ってるの」

ちょっとふてくされたように言う士郎くんがおかしくて、わたしは声を上げて笑ってしまった。それをみた士郎くんもつられたのか、明るく笑った。

「あ、それで、なんなの、言ってよ」
「えー…恥ずかしいって」
「そんなのいまさらでしょ」
「…そうだけどさ、これ、ほんと恥ずかしいんだよ」
「そんなに?」
「うん。引かれそうでこわいし」
「引かないよ」
「…ぜったい?」
「ぜったい!」
「………、帰ってきたら、さ」
「うん」
「…僕、きみに、プロポーズ、するから。返事考えててほしいな」

わたしが、びっくりして、なにか言いたいのに声にならなくて、金魚みたいに口をぱくぱくさせていたら、わたしのことをいっそうつよく抱きしめた士郎くんに耳元で、「だから言うの恥ずかしいって言ったのに」って、ちょっと不機嫌そうな声で呟かれてしまった。だ、だってまさかそんなことだと思わないじゃないか…!!ぷ、ぷろぽーずって、あれだろ?おとこのひとが、すきなおんなのひとに、「ぼくとけっこんしてくれないか?」とか言って、高そうなダイヤのリングの入った箱のふたをこう…ぱかっと…!あ、あれだよな?そういう意味なんだよないまのは!なあ士郎くん!?そんなの答えはイエスしかないじゃないか!!と思っていたら、「イエスしかないじゃないか」あたりが声に出ていたらしく、士郎くんに「心の声だだもれだよ」と言われてしまった。うおあああああああ恥ずかしいぜ!!わたしとしたことが!!まったくもう!落ち着けよわたしがきくさいなあ!と思ってひぃひぃしていたら、士郎くんがなにかを思い出したかのようにあっと小さく声を上げた。

「ど、どうしたの士郎くん?」
「……何回士郎くんって呼んだ?」

死刑宣告にすらきこえました(報告)。

「ギャアアアアアアアアアア待って待って待って待って!」
「待たない」

わたしは必死になってにげようと試みたのだけど、背中に士郎くんの手のひらがあったため失敗した。あわあわしていたら士郎くんとばっちり目があって、なにもできなくなって、心臓も止まりそうだと思った。止まるどころか異常なくらいどきどきばくばくしてるけれど。士郎くんはなんだか怒ってるみたいな、きりっとした、男の子の顔をしていて、わたしはぼうっとしてみとれてしまう。そのまま引き寄せられるみたいにキスした。あ、ファーストキスだ。
ていうか士郎くん。やっぱりあれデコピンなんかじゃなかったでしょ。


相対的ロミオジュリエット


20100308












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