「え、…なにそれ、」
「だから、いまも敦也がすきなの?って」

…なんでそうなるの?

「あ…敦也のことは、そりゃあ今でもすきだけど、でも」
「でも?でもなに?」
「そういうのじゃなくて、だから、わたし、いまは」

いまは士郎くんがすきなんだよ、って、言いたいのに、喉のところまできてるのに、士郎くんのなんだか痛そうな、辛そうな目を見ていたら、どうしてもことばが出なくて、言えなかった。ああもう、なんで。こんなにこんなに想っているのに。……あ、っていうかわたしなんで士郎くんと目が合ってるの?いやわたしはさっき、でも、って言ったとき士郎くんの方振り返ったけど、そのとき士郎くんも……え、だから…あれ?士郎くんなんでこっち向いてるんだいきみ。

「し…士郎の」
「へ?」
「ばかああああああああああっ!!!」
「えっ、あっごめ、わぷっ」

恥ずかしくてたまらなくて必死だったのであらんちからをぜんぶこめて思いっきり背中を押したら、バランスを崩した士郎くんを顔からお湯にダイブさせてしまってひいいいいいいぃぃごめんなさいごめんなさいわたしはなんてことしたんだ!と自分を殴りとばしたいくらいの自己嫌悪におそわれたのだけど、今のうちだ!と思ってお湯から出てタオルを引っつかんで一目散に脱衣所にかけこんだ。そしてドアにもたれかかってへなへなと座り込んだ。あ、あれ、ぜったい、ぜったい見えてたよな…!?うああああああああ恥ずかしい!穴があったら全力で入りたい!でででででも士郎くんひどいや!見ないって言ったのに!不可抗力や無意識にしてもひどいや!だけど突き飛ばしたのはごめんやりすぎたまさか顔面からダイブさせちゃうとは思わなかったそしてちょっと面白かったとか思っててごめんほんとにごめん!心のなかで謝ったってきこえないのわかってるけど! と、とりあえずそのまますっぱだかでいるのもおかしいのでちゃんと身体拭いて、部屋に置いてあった浴衣を持ってきていたのでそれを着て(着方わからないのでてきとうだ)、備え付けられた洗面
台にドライヤーがあったから髪の毛乾かして、あっ歯みがきどうしようとか思ってたら袋に入った歯ブラシと歯みがき粉がコップにさしてあるの見つけて、梅谷亭の設備のよさに感動しつつ歯をみがいて、着替えやタオルを持って脱衣所を出て、そおっとおとこのひとのほうの脱衣所の入り口の扉に耳を押しあてたらなんの音もしなかった。…まだお湯に入ってるのかな?もしや、わたしが突き飛ばして顔からダイブして気絶してそのまま溺れちゃったりとか!?そ、そんな、わたしなんてことを!!と思って躊躇いもせず「士郎くん!!」と叫んでお風呂に飛び出したら誰もいなかった。士郎くんは先に部屋に帰ったみたい。安心、したけど、あとから部屋入るの気まずいなあ。男の子の準備がはやいところはなんだかずるいって思う。いやわたしが先に帰ってても気まずかっただろうけど! くらーい気持ちでぺたぺた廊下を歩いて、部屋の前まで来たのはいいものの、入り口の扉をどうしても開けられない。えーい女は度胸!!と意を決して開けてみたけれど、中にはもう1枚ふすまがある。いやでも扉開けた音しただろうし、士郎くん気づいてるだろうなあ、だとしたら、
入っていかなきゃ変だよなあ。恐る恐る、ふすまをあけたら、士郎くんが布団をしいているのが見えた。あ、あああああああああ……!

「あ、おかえり」
「たっ…ただいま…」

わたしは後ろ手でふすまを閉めつつ士郎くんの顔を見れないでいる。(だ、だからなんでこのひとはこんなふつうなん、だ…!)

「さっきはごめんね」
「えっ?あ、いやいやいやわたしこそごめん、つきとばしたりしちゃって。だいじょぶだった?頭とか打たなかった?」
「ん、大丈夫だよ。ちょっとお湯飲んじゃったけど」

なんて言うのでわたしがうああああああってなって、あからさまにショックをうけてたぶんほんとにうああああああって顔をしていたら、「じょうだんだよばか」って言って士郎くんに笑われた。な、なんだ冗談か…いや、ほんとに冗談なのか?あのとき士郎くんしゃべってたしほんとに飲んだんじゃ…?でもばかとか言われてしまったしこれ以上ネガティブチックに考えていたらおおばかである。すでにおおばかですが。

「あれ、お布団ひとつなの?」
「あ、これ別に僕のせいじゃなくて、さっき女将さんが来てさ、お布団持って来ましょうかって言われたから、僕、ふたつって言おうとしたんだよ。でも女将さん、未来の夫婦じゃきにひとつにいたしましょうとかなんとか言って勝手に決めちゃって、結局ひとつしか持って来てくれなくて。すごくいい笑顔だったから、ふたつがいいなんて言い出せなくって、さ」
「な、なんだ、そう、女将さんが」

あの女将さんならやりかねない雰囲気あるけど…!ということはわたし、今夜士郎くんとおんなじ布団で寝なくちゃならんのか!?きょ、今日はほんとにいろんなことがありすぎるよ!いやもともといろんなことしに来たのだけど、まさかこんなつもりでは…!!わたしはただ、遊園地で、アトラクションにキャーキャーはしゃいだり、嫌いだけどおばけやしき入って、こわいようとか言って士郎くんにだきついてみたり、できたら、いいなあって思ってただけで、決してこんなどっきりみたいなことをのぞんだわけではないのに…!こ、これはこれで楽しいしわるくはないんだけども!!

「…僕やっぱりもうひとつお布団とってこようか?」
「えっ、や、いいよこのまんまで!」
「ほんとに?」
「だ、だって別に、いっしょに寝るのだってはじめてじゃないじゃん!だから、ど、童心に帰ったかんじで」

僕らまだ子どもだよ、って言って士郎くんは笑って、わたしのなまえを呼んだ。こっちおいで、って言われたから、行くしかなくなった。そろそろと歩いて、座ってる士郎くんのそばにわたしも腰をおろす。あ、浴衣わたしより着方きれいだな。男の子なのに。わたしって、料理以外はてんでだめだからなあ。女の子らしいとこ、ひとつもないや。

「マナ、もう眠いんだったよね。電気消そうか」
「あ、うん、ありがとう」

ご飯食べてるとき、ねむいって言い出したのはわたしのくせに、部屋が真っ暗になって、縁側に出るでっかい窓からさしこむ月明かりしかなくなったとき、すこし名残惜しいなあと思った。まだいろいろ話したかったけど、士郎くんがそっと動いて布団のなかにはいってしまったから、わたしも黙ってなかにはいった。なんとなくまた、お互い背中を向けている。お風呂でのことをちょっと思い出していたら、士郎くんもそうだったらしくて、「ぼ、僕ちょっとしか見てないからね」とかなんとか、もごもご言うので、また恥ずかしさがこみあげてきて赤面した。し、士郎くんも、照れた、のかな?さすがに。なにも言えなくて黙っていたら、士郎くんが「もう寝ちゃった?」ときいてきた。いや目え冴えちゃってるよ士郎くん。

「…さっきの、続き、ききたいんだけど」
「……、うん」
「でも、いまは、…なに?」

せっかく落ち着いてきていた心臓がまたどくどくと早鐘を打ちはじめる。そうだ、わたしは、留学のこと、ちゃんときくために、今日、士郎くんを誘ったんだった。そして、勇気さえ出たら、告白しよう、とも、決めて。

「…それよりさ、し、士郎」
「うん?」
「わ…わたしになにか、隠してること、…ない?」
「マナに?」

わたしも今までずっと、すきだってこと、隠してきたけどさ。

「…思い当たらない?」
「う…うん。なんのこと?」

惚けてるつもりらしいけど、士郎くんの声はちょっとうわずっていて、あ、やっぱりほんとに行っちゃうんだ、あの電話はうそなんかじゃなかったんだ、って思った。士郎くん、士郎くん、士郎くん。わたしも、ちゃんとほんとの気持ち、言うから、士郎くんも、ほんとのこと、教えてください。


近視遠乱視

20100308












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