まだわたしが小さかったころのはなしだ。親ぐるみで仲のよかったわたしんちと、吹雪さんち。ちょうどわたしと同い年の双子の男の子がいて、よく公園へ行って遊んでいた。あたまがよくってやさしくて、いっぱい笑ってくれるお兄ちゃんの士郎くん、口がわるくて荒々しいけどほんとはいじっぱりなだけで、なんだかんだ言って助けてくれる弟の敦也くん。ふたりとわたしはすぐうちとけて、毎日まいにち日が暮れるまで3人で遊んでいた。ふたりがサッカーをやりはじめて、わたしは試合の度にでっかいお弁当箱持って応援に行って、勝ったらいっしょに喜んで、負けたらいっしょに悔しがっていた。北海道にしては珍しい、あっつい日が差す夏の日のことだった。「おれ、おまえがすきだ」わたしと目も合わせず呟かれたそのことばを、今でもはっきりと覚えている。いつも素直じゃない敦也だったから、そう言われたときはびっくりしたもんだ。わたしは敦也のことをいい友達としてすきだと思っていたのだけど、その日からなんだか意識してしまって、気づいたら男の子としてすきになっていた。すこし気が強いところもあるけど、ほんとはいい子で、なによりサッカーしてる姿がすごくかっこよくて。エターナルブリザードを完成させて、士郎くんと組んでバンバン点入れて。敦也は眩しいくらいにキラキラしてた。わたしはそんな敦也がすごくすごくすきだった。でもあの事件は、そんな気持ちなんておかまいなしに、わたしから敦也を奪っていった。雪国だから、仕方ない、なんて思えなかった。わたしはあの日から、スキーをするのが怖くなってしまった。敦也と、敦也のお父さんとお母さんの命を一瞬にして飲み込んだ災害。雪崩。わたしは雪が怖かった。そして、ひとり生き残った、士郎くんを、恨んでしまった。死んじゃったのが敦也じゃなくて士郎くんだったら、なんて、思ってしまった。わたしのお母さんが、士郎くんちにご飯でも作りに行ってあげたら、って言って、はじめはいやいやながら行った。士郎くんは、敦也がわたしをすきなことも、わたしが敦也をすきなことも知っていたから、わたしはあんまり会いたくなかった。有り合わせでご飯を作って、すぐ帰ろうと思った。敦也にそっくりな士郎くんの顔を見るのが辛かった。でも士郎くんだって、突然家族を失って、ひとりぼっちになって、苦しくて悲しくて泣いてしまいそうだったのに、「マナちゃんの作るご飯おいしいね」って、彼は笑ったんだ。泣いたのはわたしの方だったよ。わたしはすぐに「士郎くんごめん」って言った。士郎くんはきょとんとしていた。ごめん、ごめんって、わたしはなんども繰り返した。身勝手に恨んだりしてごめん、敦也と重ねて辛くなったりしてごめん。言いたかったけど、申し訳なくて言えなかった。代わりに、毎日ご飯作りにこようと思った。突っ立ったままぼろぼろ涙をこぼしてるわたしの頭を、士郎くんはやさしく撫でてくれた。敦也とは違う輝きが彼にはあった。それからすこしあと、エターナルブリザードを打つ士郎くんを見た。顔がいつもと違って、髪の毛が逆立ってて、どこか敦也を思い出させた。聞いたら、士郎くんのなかに敦也がいるって言われた。士郎くんは2重人格なんだって。わたしは、よくわからなかったけど、士郎くんが悩んでいるのを見ると悲しくなって、どうにかしてあげたいって思った。わたしは不器用だから、応援するくらいしか出来なくてはがゆかった。中学2年のとき、士郎くんは東京へ行った。フットボールフロンティアっていう大会で、エイリア学園とかい
うわけのわかんないチームと戦って帰ってきたとき、彼はもう以前の士郎くんではなかった。心の底から笑ってた。なにがあったの、って聞いたら、敦也と力を合わせることにしたんだ、って。士郎くんはあたらしくすんごい必殺技を編み出していた。悩むのをやめて走り出した士郎くんはほんとにかっこよかった。わたしはこのひとがすきだなあって思った。


「なにやってるの?」
「えっ、あ、いや、ちょっと…む、昔のこと思い出してて」
「…昔のこと?」

士郎くんの声が少し曇る。ああああ、違うんだよそんなつもりじゃないんだよ!!

「いや、あのさ、昔、わたしと、敦也と、し、士郎の3人で、お風呂入ったりしたことあったなあと思って」
「ああ…そんなこともあったなあ。……じゃあ慣れてるじゃない、いつまでそんなとこにいるの」
「……あのねえ士郎さんわたしたちもう高校生ですよ?」

お互いのからだのつくりの違いなんか気にしてもなかったあの頃とは違うんですよ?ってなんか言い方エロッ。なんだわたしほんとはやらしい子だったのか?はしたない。いやいやでもだからわたしはもう高校生なんだって。別におかしくないんだって。おかしいのはなんにも意識せずのんびりお風呂につかってる士郎くんの方だって!などと考えているわたしは脱衣所から出てすぐのところで、タオルをぴったり身体に巻きつけて立ち尽くしている。チクショウ脱衣所は男女別だったからおおっもしや?士郎くんが合宿で来たあと改築したのでは?と思ったのですがお風呂場はつながっていました。おおいに期待はずれです。…いやでも別に、いやではないんだけどね。さっきも言ったけど。ただ恥ずかしいだけで、見られちゃいけないものが見られちゃったらどうしようとか、見ちゃいけないものを見ちゃったらどうしようとか、葛藤の内容はそういうのです。昔に帰りたいわ今だけ。すっぱだかでギャーギャー言いながらお湯掛け合戦とかやってたあの頃に帰りたいわ。

「そんな恥ずかしがらなくたって、僕見ないってば」
「わ、わかってるけど」
「後ろ向いてるから、はやく身体洗っちゃいなよ」
「…、うん……絶対見ないでよ?」
「だから見ないって」

士郎くんの声はちょっと拗ねていた。疑うのはそりゃ悪いと思うけど、わたしだって年頃の女の子だから、恥ずかしいし気にしちゃうんだよ。はっ というか士郎くんそんなに恥ずかしがったりとかしないということは、わたしのからだにまったく興味がないということなのか…!?そ、それはそれでちょっと…傷つくなあ……!いやガン見されたりしても困るけど!でももうちょっとこう、照れたりとか、さ!なんだわたしは女の子として見られてないのか!幼なじみはもはや女の子ではないのか!?などとぐだぐだ考えていると

「あのね、マナ」
「はええ!?なに!?」
「…僕だって恥ずかしいんだから」

…EEEEEEEEEEEEEEEE!!!!?

突然の発言にびっくりしすぎて蛇口を左にひねりすぎてしまって、頭から熱湯をかぶってしまった。ウワッこれすっげ熱い!むしろなんか痛い!慌てて右にひねったら今度は冷水が勢いよくぶっかかった。ギャーーーー!!でも叫んだら士郎くんびっくりしてわたしの方見ちゃうだろうからなんとかこらえて心のなかだけでミギャーーーーー!!と叫ぶ。ま、まじで冷たい、風邪引く!だだだだめだー夏風邪は馬鹿が引くものだよ!あ?じゃあわたし引くじゃん!わたしが賢かったのは高校上がる前だけだよ!士郎くんとおんなじ高校行きたくて必死に勉強してたら、士郎くんの方がサッカーのやりすぎで危うくなっちゃってなんとこのわたしが教えるなどという生意気な立場になってしまったあのときだけだよ!高校入ってから士郎くんは学年で順位が1桁台とかそんなんで、わたしは無難に平均あたりで、もうあんなことは2度とないと思う。サッカーの方でも、部員多いのに1年からレギュラーとったりしてたし!そんなんで先輩や同期の子から妬まれたりしないのかな?って心配してたけど、士郎くんはのほほんとしていたし、たぶん問題なくみんなと仲良く付き合
ってたんだろう。さすがみんなの皇子である。そして女の子にモッテモテである。士郎くーん、ここにもあなたに恋するばかおんながひとりいるって、はやくきづいてくださーい!……うん、無理か。

「あ、洗い終わった?」
「…、うん」

士郎くんが、湯船のわきに立つわたしをみあげたので、タオルの中見えんじゃないだろうかと思って、思わずちょっと後ろに下がってしまった。士郎くんはすこし驚いたような、不思議なものをみるような、まんまるの目でわたしを見ている。な、なに

「マナ、お湯につかるときはタオルとらなきゃだめだよ?タオルつけたまま入っていいのはテレビの撮影とかのときだけだよ」

いやわかってるけどおおおおおお…!ちら、と見れば士郎くんのすぐそばにまっしろいタオルがきちんとたたんで置かれていたので、ということは士郎くんいま…?と思ったのですがそれ以上はハレンチパンチなので というか恥ずかしいので あと刺激が強すぎるので考えないことにしました。だって…ねえ? ねえってなんだよって言われると困るけど、……ねえ。

「じゃ、じゃあ、とる、から、後ろ向いててよ」
「…いいけど。そんなに拒絶されるとなんか傷つくなあ」
「え、あ、きょきょ拒絶とかじゃないよ恥ずかしいだけだよ!」
「…そう?」

何を言い出すんだまったく!このひとは!わたしは士郎くんがわたしに背を向けたのを念入りに確認してから、タオルをとってたたんで、士郎くんのタオルの横に置いたのだけど、…え、お湯に浸かったら見えるくね?

「あああああの士郎くんあの」

と激しくどもると士郎くんは目をつぶったまま向きをかえて、「背中合わせで入れば見えないから」と言った。ああ、なるほど…!わたしは士郎くんのやさしさとスマートさ(賢さの方)に感激しつつ、つま先からお湯に入る。あ、意外とぬるめ?いやわたしが家で47度とか熱めのに入ってるからかな?肩までとっぷりつかったらとてもいい気持ちだった。なんだかうれしくて「士郎くんこれ気持ちいいね!」と言ったら、「そうだね」ってちょっと低い声で言われた。うんごめんはしゃぎすぎた。ということでしばらく黙っていたら、今度は士郎くんが ねぇ、と声をかけてくる。な、なんだい士郎くん。

「…まだ敦也がすき?」

心臓がはりさけるくらい大きな音でどくんと鳴ったの、聞こえたんじゃないだろうか。…なんで今さら、そんなこときくの?



沈む太陽昇る三

20100308













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