見上げた天井は白いばかりで、とうの昔に無垢な心なんて切り捨てた私にはただの皮肉のようにも思えた。なぜ病室の天井は白いのだろう。よくよく考えてみれば病室だけではない。廊下だって窓際の花瓶以外はほとんど白、看護婦の制服も白、外装だって大抵は白。白、白、白。白いベッドに横たわって白い天井を見上げて、白いご飯を食べて白い錠剤を飲んでまた白いベッドに横たわる。傷口を覆う包帯はやっぱり白い。それを取り替える看護婦の手の甲も白い。顔は覚えていない。覚えていないくらいなのだから綺麗でもなければ不細工でもなかったのだと思う。とにかく孤独だった。もちろん親など来ない。そういう環境で育ってきたのだから、当たり前だ。寂しいなんて思いはしない、というのは、孤独を別に嫌ってはいないからだ。特にすることはないから窓を見つめたり不自由ながら病室の外に出てみたり、廊下を通りすぎる人の会話に耳をそばだててみたり。残念ながらテレビは映らないので、たまに日付と曜日を忘れてしまう。退院まであと何日だったか、少し考えないと思い出せなかった。携帯電話の充電はいまだに切れていない。誰からのメールや電話もないから開きもしてないからだ。メールも電話もする相手がいないのだから、これもなくて当たり前のことだった。とりあえず、この白をどうにかして欲しかった。頭がおかしくなりそうだ。床は白、壁は白、小棚は白、花の挿されていない花瓶は白、掛布団は白、枕ももちろん白。白なんて私には似合わない。純真そうな顔をしていながら、ちょっとやそっとですぐに汚れる、色のない色。嫌い、とまではいかないが、必ずしも好きではなかった。あの人と同じように。
その何分か後で、短いノックが二回聞こえたが、顔を上げもせずろくに返事もしなかった。ああ、そんな時間か。そう思いつつ、彼女の瞼に塗られた色が白でなければいい、なんて。扉が独特の音をたてて閉まった後で聞きあきた鼻声が耳に飛び込んでこなかったので、ナイチンゲールも具合が悪くなるのかと考え、ああなんで私は患者のくせにそんなことを考えてやるのだろう(まあ別に患者だからといって心配されたいわけじゃないのだけれど)、無性に馬鹿馬鹿しくなって顔を向けた。

「あ」

色とりどりの花とあの人。ああ、なんと馬鹿馬鹿しい。『必ずしも好きではない』という命題が真でなく偽ならば、導き出される答えは?同格の二律背反はいつだって最後に片方が勝るから、面白くない。濁りきった白に足された虹色、瞬く間に表情を変えさせられた私。




白を壊す










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