さよかみの番外編です
※照美くんが中学1年生
※照美くんと元カノさんの話です
※さよかみのヒロインは出ません

そういうのが苦手な方はご注意ください
大丈夫な方は以下スクロール

















「そのへんにしとけば?」

真っ赤な丸いオーナメントをツリーに結びつけながら、彼女がぽつりと呟くように言った。 「えっ?」 一瞬、独り言かと思ってしまい、間抜けな声が出る。

「……え……何が?」
「練習。もう他の皆帰っちゃったよ」

僕は思わず目を見開いた。だけど彼女はそんな僕を見ることもせず、ツリーの飾り付けを続けている。――自主練の合間、少しの休憩に部室に来てみれば、何故か隅には小さなツリーがあって、他の部員はいなくて、彼女は黙々と飾り付けをしていて。

「あ……、でも僕はもうちょっと……。試合も近いし、ほら僕――キャプテンだし」
「……ふうん」

くるり、彼女が振り返ったので、僕は正面から彼女を見つめる。この前切るのを失敗したと言っていた前髪は、もう気にならなくなっていた。彼女の手にひっかかったオーナメントが揺れて、僕は何気なくそれを見る。真っ赤で、丸い。林檎を模したそれは、不思議と僕の目を引き付ける。

「キャプテンってさ、そんなに頑張んなきゃいけないの?」

彼女の言葉は、優しくも冷たくもなく、ただ純粋なだけの疑問だった。僕は頭を回転させて、その意味を考える。キャプテン、は、クラブのリーダーで、みんなを引っ張っていかなきゃならない存在で……。先輩方が引退してしまった今、1年にしてキャプテンを任されてしまった僕は、部をまとめる力もあるわけでなく、かといってものすごくサッカーがうまいというわけでもなく。だから、……だから僕は、頑張らなきゃいけないはずなんだ。

「次の試合、勝ちたいし」
「次だけでいいの?」
「……もちろんその次も。そのまた次もだよ」

彼女は、先代キャプテンの妹で、サッカーなんてまるで興味もなかったのに、人手がないからと半ば無理矢理にマネージャーになったひとだ。だから、僕のサッカーに対する想いなんて、到底わからないのかもしれない。

「じゃあなおさら、今日の練習はここまでにしときなよ」

そう言い放ち、僕に背を向けてまた飾り付けをはじめた彼女に、僕はかすかにいらだちをおぼえてしまった。……きみに、何がわかるんだ? 世宇子中は設備にお金がかかってるくせに、実力はまるでクズだ、なんて言われている僕たち。 僕は仮にもキャプテンであって、そんなことを言われ放題なんて、とてもじゃないけど耐えられない。むかつくし、悔しいし、舐めるな、と思う。思うけど、実力が足りていないのも確かで。

「きみは、マネージャーのくせに……」

理不尽だとはわかっていたけれど、怒りをぶつけずにはいられなかった。僕はこんなに頑張っているのに、どうしてそんなことを言われるんだろう。どうして誰も僕を認めてくれないんだろう。

「マネージャーだから言ってるのに」

呆れたような声に、僕のなかで何かがぷつんと切れた。 「もういいよ」 きみにわかってもらいたいなんて思わない、そう吐き捨てるように言って、僕は荒々しくイスから立ち上がり、タオルを引っつかんで、外にでるためドアノブをひねった――、 「行くなってば」 不意に背中から伝わってきた体温に思わず心臓が跳ねた。 「な、なに、ちょっと」 なんだか、慌てふためく僕の方が女の子みたいで情けない。彼女はそんな僕の気持ちも知らないで、悟りきったように言う。 「脚」 ……脚?

「痛めてるの知ってるんだからね」

厳しく、だけど優しい声でそう言い、彼女はゆっくりと僕から離れた。僕が呆然と振り向くと、彼女は女神のように美しくわらって、 「さあツリーの飾り付けしなきゃ」 と思い出したように言って僕に背を向けて歩き出そうとした、――――だけど今度は僕が彼女をうしろから抱きしめていた。

「僕は」

せきがきれたように溢れ出す言葉。彼女に引かれてしまわないか不安になったけれど、止めることはできなかった。 「きみに、少しでもサッカーをすきになってほしくて。マネージャーの仕事いっぱいあって大変なのに、ひとりでいつも頑張ってくれて、でも僕らは試合でちっとも勝てなくて、申し訳ないし、悔しいし、僕がたったひとりでちまちま練習したってなんにも変わりはしないの、わかってるけど、でも他にどうしようもなくて。そんな僕なのに、きみは、すごいとか、上手くなったねって言って、わらってくれるから、僕――――僕は、もっと強くなりたくて、力が欲しくて仕方ない。き……きみに、ずっとわらっていて欲しいんだ」 先ほど彼女に指摘されたばかりの脚は、体重をかけるとちくりと傷んだ。ちょっとくじいただけ、……だけど、このまま練習を続けたら悪化してしまうかもしれない。

「……亜風炉くんは、十分強いよ」

しばらくして、彼女が言った。……僕が、強い? こんな弱虫の僕が? どうにも信じられなくて、彼女の次の言葉を大人しく待つ。

「わたしがね、なんでたいしてすきでもなかったサッカー部のマネージャーなんて続けてると思う?」
「え……と、お兄さんに言われたから?」
「そんなの。別に兄妹だからって従う必要ないじゃない」
「それもそう……だね。でも、じゃあどうして?」

僕の腕を振りほどいて、彼女はツリーへと駆けていく。いつの間にか隅に置かれていた小型のツリーは、彼女がどこからか持ってきたものなのだろうか。 出ていこうとした僕をうしろから止めたとき手放したらしい赤く丸いオーナメントが床に転がっていた。その吊り紐を指でつまみ上げ、彼女は熟れた実にそうっと唇を寄せてみせる。まるで、エデンの林檎を口にしたイヴのように―――― 「わたしね、人をしあわせにする仕事に就きたいの」 再び僕に視線を戻した彼女は瞳を輝かせて言った。 「覚えてる?わたしがマネージャーになってはじめて洗濯したスポーツタオル」 ――――あ。

「……しあわせの、におい……」

僕が呟くと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「洗濯なんてしたことなかったから、洗剤と間違えて大量に柔軟剤入れちゃって。みんながすごい匂いする、って言うのに、亜風炉くんだけ、そう言ってくれたの」

今は完璧に見える彼女だってあの頃は未熟だったのだ。だとしたら僕も、今はまだ弱くても、いつかは。 「それでね、わたし、亜風炉くんをしあわせにしてあげたいって思った。入れすぎた柔軟剤なんかじゃなく、わたしが。あなたが、だいすきなサッカーを目一杯頑張れるように、わたしもマネージャーの仕事を頑張ったの」 彼女の手から、ツリーの枝へと移ったオーナメントがゆらりと揺れた。 「きみが、すきだ」 ぽろりと、唇からこぼれた本音に、彼女はすこし照れたようにわらいながら、 「ありがとう、わたしもすきだよ」 と返してくれた。 彼女が人をしあわせにする仕事に就くのならば、僕は彼女や、彼女が大切に思うひとたちのしあわせを守る仕事に就こうと思った。




-1:/かみさまさがし







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