※微妙にR-15



ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ。

ゆっくりまぶたを持ち上げると、カーテンの隙間からさす朝の光が目を刺激した。わたしはのそのそと起き上がって枕元に置いてある目覚まし時計をばんと叩いてとめた。寝癖を手でなでつけながらベッドから立ち上がる。部屋のなかにはすでにわたし以外のひとはいなかった。遠慮なくパジャマを脱ぎ捨て適当な服に着替える。3日前はじめて顔を出した本社にはわたしの苦手なタイプの上司がいて、ほんとはちょっといきたくないのだけど、そうも言ってられない。照美くんなんか、まだ7時だっていうのに、さっさと学校に行ってしまっているんだから。 なんとなく寂しくも感じたけど気にしないことにした。仕方がないことだ、わたしも照美くんももう一人立ちしてるんだし。 鏡に映ったわたしはなんだかしなびて見えた。いかんいかん、ピチピチの19歳がこんなんじゃ! ほっぺたをばしんと叩いて気合いを入れたらやっと目が醒めてきたので台所に戻ったら、テーブルの上にラップのかかったお皿とメモがあった。

『疲れてるみたいだから起こさずに行くね。朝ごはん作ったから食べてください。お味噌汁はコンロの上、ごはんは炊飯器の中です。お弁当は腐るといけないので冷蔵庫に入れてあります。それじゃあ仕事頑張って  照美』

ぺろっとラップをめくるとベーコンエッグとポテトサラダ。炊飯器をあけるとほかほかの白ごはん。冷蔵庫をひらくとカラフルなおかずがつまったお弁当。よーし、4日目にして自信なくしてきたぞ (どっちが彼女だ) !!




*




「ぶはっお前それありえねーよ!」

わたしがきっと睨むと辺見さんは嘲笑うみたいにひゃっひゃっひゃと変な声を上げて、 「どっちが彼氏だよお前!ふつう逆だろ」 なんて毒づいてくるもんだから書類のホチキスどめを盛大にミスして指に針がぶっささった。血がでた。ちくしょうひとが気にしてることを……!

「あーでもお前家事とかできなさそーだもんなうん、彼氏苦労してんなあ。ぶっちゃけ同棲嫌気さしてんじゃね――っぶふぉ!……ってめーなにしやがんだ馬鹿おらっ!」
「取材行ってきまああああっす!!」

かたいファイルを顔にぶつけられぎゃあぎゃあ騒ぎながら追っかけてくる辺見さんを持ち前の俊足でなんとかかわしてわたしは会社の外に飛び出した。若干憂鬱なわたしの心境とは反対に春の空気はさわやかであたたかかった。……今ごろ照美くんは1限の授業中かなあ。 照美くんのことを考えるとなんだか気分がのってきたわたしは 「にゅーっうしゃいっちねんおっでこっのへんみっ」 と昨日作った辺見さんのテーマソングを口ずさみながら、スキップまじりに取材地に向かってかけ出した。




*




「決めた、僕弁護士になる」

高校2年の夏、カエルの鳴き声がうるさい縁側で携帯電話ごしに照美くんがそう言った。お風呂上がりで下着とキャミソール姿だったわたしは荒ぶる声で照美くんと夢を語り合い、時間を忘れて話し込んでしまい次の日風邪をひいたんだけどそれもいまとなってはいい思い出だ。その1年後照美くんは超難関と名高い世宇子大学法学部に一発合格し、そして1年生のうちにいろんな分野の資格をいっぱいとって、もちろん授業もまじめに受けて教授軍からの期待も厚く、すでに卒業後うちにこないかとの話も何本か来ているという、言わずもがな超エリートであった。中学生のときからこうなる気はしていたといえばしていたけど、わたしと照美くんの間の差はやっぱりぐんと広がってしまった。 「僕はリサさんの方がすごいと思うけど」 わたしが心配になってぐずると照美くんは決まってそう言った。すごくないやい、たかが高卒の新米ライターが。わたしがそう言い返すと照美くんはたいそう驚いて、 「1年で本社入りなんて才能ないと無理だよ」 なんて、言うから、わたしもちょっとだけ自分の可能性を過信する。 「文章っていうのはすごいちからがあるよね。リサさんはまっすぐでひたむきなひとだから、きっときみの文章にもそれが出てるんだ。だから見たひとは惹き付けられると思うよ」 誰よりもひとを惹き付ける照美くんが言うとなんだかなあという感じだったけれど、本社入りが決まって怖じ気づいていたわたしはかなりはげまされた。それがいまから2週間くらい前。びくびくしながら本社での活動を開始したわたしを待ち構えていたのは、支社とは比べ物にならないくらいの量の仕事の山だった。さすが東京!東京こわい!と思った。あと同い年なのにエースだなんて呼ばれてる辺見さんもこわい!と思った。さっそく自信はなくなった。

「リサさん」

照美くんがわたしを呼んだので、パソコンの画面から目をはなしたら、はい、とわたし専用に照美くんが買ってくれていたうすピンクの花柄のマグカップが差し出された。照美くんが淹れるわたしのだいすきなミルクティーからは、ほやほやと湯気が立ちのぼっていた。

「今日も徹夜なの?」
「ううん、頑張れば2時くらいには終わると思う」
「ふうん……」

ずず、と熱いミルクティーをすすって、わたしはディスプレイと向き合った。なかなかいい言葉が出てこないせいではかどらない。メモをパラパラめくりながら険しい顔をしていると、ふわり、あたたかいものがわたしを包んだ。背中からおなかに回された腕は、中学生のときよりちからづよくて、男のひとなんだということをありありと感じさせる。もう照美くんを女の子に見間違えることはない (髪の毛切ったこともあるかもしれないけれど) 。

「て、照美くん?どうしたの?」
「ね、リサさん、ものすごーく頑張って、今すぐそれ終わらせて欲しいな」
「えっ?あ、なに、もしかして急ぎの用事でもあったっけ!?わたしまた忘れてた?」
「んーん、そうじゃないけど……」
「え、な、なに、じゃあ」
「……あのね、久々に、さ。……ほら」
「え、え?はっきり言ってくんないとわかんないよ照美く、」

ぺろり、振り返って照美くんの顔を見ようとしたわたしの耳を熱い舌がなめた。 「っひゃぁあ」 全身がぶわっと粟立った気がした、 「リサさん」 どくどくどくどくと高鳴る心臓がギアをあげてく。なんだかせっぱ詰まったみたいな顔をした照美くんを見上げたらくちびるのすぐ横にキスされた。

「てる、」
「触りたい。今すぐにでも」

どっかあんと心の火山が大噴火して、頭がくらくらした。あ、あ、そっか、そうかあ、そうだよねもう5日目だもんね、そういえば辺見さんが昨日帰り際に言ってったなあ、久々に会えたのに求められねーってことは愛されてねーんじゃね?って。あのときはかっとなってそんなことないもん!なんて言っちゃったけど、よかった、よかった!あいされてた!

「あっおっあっわっあのっわたっわたしあのあのえっとこれあの、えっとあの、あのええとその」
「……ごめん、落ち着いて。いやならいいから――」
「いっ……いやじゃない!よ!!」

わたしが必死になって叫んだら照美くんはびっくりしたのか一瞬固まってしまって、それからへにゃりとわらって、 「そっか」 と言った。

「よ、よっしゃああああああああああと10……い、いや……ごめん言い過ぎたさすがにきつい……20分!20分で片付ける!だから待っててね!照美くん!」
「うん。……あ、でも20分こえたら勝手に触りはじめるからね」
「えええええええええ」

現金というかなんというか、おそろしく早いスピードで原稿を仕上げたわたしは照美くんに頭を撫でられながら、頑張って弱音も吐かず辺見さんにも負けず、すてきなキャリアウーマンになろう、と思った。照美くんにつりあう女の子になりたい。 「っあ、」 ベッドの上で、照美くんの向こう側に見えた天井はやっぱりあんまりきれいじゃあなかったけどそんなのもうどうでもよかった。 「いたく、ない?」 照美くんの顔が暗くてもわかるくらい赤くて、わたしはふるふると首をふりながら、なんでこんなに愛しいんだろうなあと思った。 「ひ、ぅあ、っ」 ボロアパートの壁は薄いから、照美くんはわたしの口から声が漏れないように手で塞ぐ。 「ん、んん、う」 なにかがおかしいことはわかっていた。だけど照美くんを、わたしはただ、信じていた。数時間前、照美くんの携帯電話のサブディスプレイに表示されていた、わたしじゃない女の子の名前なんて、見ないふりをしていた。信じていた。



2:/Please call my name






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