奇抜なヘアスタイルが特徴的な彼の名前は不動明王、刑事をやっているお父さんが仕事の関係で保護することになった、ふたつしたの中学2年生。そりゃ、待ち焦がれたお父さんでなく彼がいたことに驚きもしたけれど、ふだんあんまり同じくらいの年の子と話さないわたしにとってそれは素晴らしい出会い。とりあえず家に上げてお父さんに電話で事情をきいたところ、なんでも家に借金とりが来てろくに外に出れないだとかなんとか。彼の親の仕事が不当な手続きによってだめになったとかそういうことも言っていた気がするけど、そのへんはよくわからないので一旦置いておくとして、そう、とりあえず。 不動明王くんをこのうちで1週間預かることになったのです(来週日曜までだからただしくは8日だけど)。

ところがこの明王くん少々性格と言葉遣いに難がありまして、わたしの言うことは右から左、まるで聞く耳なしというかわたしなんて相手にもしてくれない。1週間もいっしょに暮らすんだからと親しみをこめて 「明王!」 って呼んでみたら鋭い眼光が飛んできました。心の声を代弁するとおそらく 「気安く呼ぶな」 。年上に向かってなかなかアグレッシブね!と若干感心しつつも趣味は?すきな食べ物は?クラブは?などと彼が無反応を貫くのにもめげずにいろいろと問いかけてみたのだけど、最終的に彼からいただいた言葉はひとつだけ。

「おまえ友達いねえんだな」

はい、さすがの星野さんでも堪忍袋の緒がぶっつんしました。もうこいつには今日の晩ごはん白米しかだしてやらん!そしてわたしはこれみよがしにハンバーグ食ってやる!と決めました。ちくしょうこのガキゆるさねえぞ!とぷんぷんしながら何分か沈黙のリビングにたたずんだあとトイレに向かったわたしですが、さてここで問題です。わたしがいま迫られている究極の選択とは何でしょうか?

「……やべえぜ……」

呟いたところでトイレのなか、誰も答えてくれるやつなんかいない。いやあたりまえというかいたらそれはそれでこわいけども。

「どうしよう」

この言葉をこの2分くらいで何度繰り返しただろう。やばい、というかもうやばいとかいうレベルじゃない、しにそうだ。いやしにはしないけどかぎりなくそれに近い。そろそろ答えを言おうか?そう、ご察しのとおり、紙がないのである。あえて言いかえるならばトイレットペーパー様が不在なのである。いきなり万事休す。ゆうしゃになるためのしれんその1 『あきおくんをてなずけてトイレットペーパーをもってきてもらいましょう』 ……こんな鬼畜な育てゲーがあるか!?

「やばい……」

ありえん、いやまじありえん!初っぱなからこんな……!!こんな難しいクリア条件……!!ここは裏技という名の 『拭かずに出る』 を使うべきか……!?いやしかし女子として、仮にも女子としてそんな行為はしたくない!イヤン不潔!ダメ絶対!だとしたら残る選択肢はただひとつ。

「あ……あのこにたのむ……だと……」

わたしにもプライドくらいある。あんなひねくれたガキんちょに、トイレットペーパー持ってきてほしいナ〜なんて、たっ頼めたもんじゃない!しかもほかのもんならまだしもトイレットペーパー!ここはトイレ!10年来の親友でも頼むのに勇気いるのに、いまリビングにいるのは会ってせいぜい1時間弱の中2男子。しかもあんなツンツンツンドラな性格……えっ……?ミッションコンプリートむりじゃない……?レベル5でラスボスに立ち向かうくらいむりじゃない……?

……しかし、あまり長くここに居座ると明王に 「アイツ……大……?」 と思われたりするやも……イヤアアアアアそれも避けたい!女子として避けたい!イヤアアアアア!もうみつかお嫁に行けない!というわけで、仕方ない、やってみるしかない……!くそっもし持ってきてくんなかったらぜんぶお父さんのせいなんだからあああああ!!きらいになってやるんだからあああああ!!

「あきおぉーっ!!」

ドンドンドン!トイレのドアを足で思いっきり蹴った。いやべつに手でもよかったけどこっちの方がうるさいと思ったからだ。案の定リビングから返事はない。そんなのはもちろん予想通り。

「あーきーおー!!!!」

あらんかぎりの声でなまえを呼んだ。そりゃそうだだって下手すればわたしのこれからの人生に大きく関わることなんだから。 「あきおー!」 時折耳をすませてみるけど、リビングからは物音ひとつ聞こえてこない。もしかして寝てる……?いや無視されてるというのがいちばん有力な説か。ああああもうお願いだからトイレットペーパー取ってよ、 「あき――」 「うるっせェな近所迷惑だろ!!」 お。

「明王!!」

ドアに向かって叫んだら、ちっと舌打ちが聞こえた。なんだ、トイレの前まで来てくれてたんだ!

「明王、あのね、お願いがあるんだけど!」
「はあ?なんで俺がおまえにそんな」
「トイレットペーパー持ってきてくんないかな!」

てん、てん、てん。数秒の沈黙。あ、やっぱり引かれた?ふざけんなとか思われてる?どちらにしろこれは持ってきてくれないパターンだ!

「……何?おまえもしかしてウン」
「ちがああああう!ちがうから!てか女子に向かってそんな言葉使わないで!いいからはやくトイレットペーパー取って!!」

いまにも泣き出しかねない勢いで懇願したら、明王はまたぱったりと静かになってしまう。え、あれ、地雷ふんだ?もしかして怒らせちゃった……?いやそれ以前にわたしと明王はさっき険悪なムードだったのにいきなりトイレットペーパー持ってきてほしいだなんて言われたら……へっへっへ持ってきてやんなかったらこいつ苦しむぜへっへっへとか思うんじゃないだろうか!?ち、ちくしょうわたしがもし逆の立場ならすぐさま持ってきてあげるというのに!不動明王め!鬼!

「……どこにあんだよ」
「…………へっ?」
「予備どこにあんの」
「あ……階段下の扉んなか」
「ちょっと待ってろ」

とんとんとん、明王の足音の数秒後、かちゃんと階段下収納の扉が開く音。え、え、うそ、まじで? わたしが信じられなくてくちをぱくぱくしていたら、戻ってきた明王が 「ここ置いとくぜ」 と言って、そのままリビングへ帰っていった。もうそこにいないことをじゅうぶんにたしかめた上で、そろりとドアを開けてみた。脇のところにちょこんと置かれたトイレットペーパー。……ああ神様仏様明王様!




*




リビングに戻ると、明王はソファにふんぞりかえってテレビを見ていた。さっきまでの憎らしさはどこへやら、かわいくも思えてくるから不思議だ。

「あの、さっきはありがとう」

明王から返事はない。でもわたしはにこにこ笑顔を浮かべた。

「今日夜ごはんハンバーグにしてあげるからね、明王!」
「だから気安く明王って呼ぶなっつーの」



トイレットペーパーと1日目








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