「洗濯物これだけ?ほんとにもうないの?あんた向こうでちゃんと練習してた?」
「してたよ、宿舎に洗濯機あったからこまめに洗ってたんだ」
「ふーん……」

母さんは納得のいっていない顔のまま、オレの出した少ない洗濯物のひとつをつまみ上げ、鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。 「ちょっと、やめてくれよ母さん」 「ん〜確かに土臭いわね。あんた転んだ?」 「うるさいなー、もう……」 オレはボストンバックのなかの物を床の上に出しながら、ふうとため息をついた。久しぶりの母国だっていうのに、母さんのせいでちっともくつろげやしない。気だるい身体を引きずるようにして部屋に向かおうとしたら、 「晩ごはん何がいい?」 と呑気な声が飛んできた。

「何でもいいよ」
「なんならあんた、パスタ作ってよ」
「えー……オレ眠たいからやだ……」
「冗談よ。出来たら呼ぶわね」
「ん」

……まったく母さんは。世界というステージに挑んだ息子をちっとも労ってくれやしないで。 階段をのぼっている間にも閉じようとする瞼をなんとかこじ開け、オレはドアノブをひっつかんだ――ら、何故かぶわっと風が吹いた。

「……チャ……チャオ、マルコ!」

窓から愉快に不法侵入中だったなまえはぎくりと肩を跳ねさせて、明らかにひきつった笑顔でそう言い、オレはまた大きくため息をついた。 「何をしてるんだよ、おまえは」 「突撃となりの晩ごはん!……ってやつ?」 「ふつうに玄関から来い玄関から」 えへへ、と何故か照れたようにわらうなまえは窓枠からすとんと降りる。まったく、この家を建てたひとたちは、何を考えてとなりの家の部屋の窓と近い位置に窓を作ったんだろう。いや、でもなかなか距離があるのにそれをものともせず乗り込んでくるなまえの方が問題なんだけど。

「いま帰ってきたの?」

空になったカバンを定位置に置いたオレに向かって、彼女が問いかけてくる。 「ああ」 短く返事をすると、なまえはキラキラと目を輝かせて、 「おかえりなさい」 と言った。なんというか、調子が狂うというか、拍子ぬけというか。オレたちはFFIで勝っちゃいないのだ。なのに、誰もそのことについて触れやしない。空港でオレたちの帰還を祝ってくれたファンのひとたちも、取り囲んだ報道陣も、母さんも、なまえも。たくさんの期待を受けながら、負けてしまったことを、誰ひとりとして咎めやしないのだ。

「ねえマルコ」
「……なに?」
「世界は、どうだった?」

どくん、と。心臓が、ざわめきたつ。世界は、……世界は。

「……どの国もすごかったよ。それぞれに個性があって……アルゼンチンやアメリカ、イギリス、そしてジャパン……オレたちはまだまだ、弱い」

コトアールという名も知られていないような小国のサッカーチームを、見くびっていなかったといえば嘘になる。オレだけじゃなく、チームもみんなも勝てる気でいた。キャプテンも帰ってきたし、勝って、決勝戦でジャパンともう一度戦うつもりだった。それが、あんなに圧倒的な実力差で負けるだなんて、考えてもみなかった。

「マルコは楽しくなかったの?」

なまえがすこし首を傾げて、オレに聞いた。楽しくなかった……? そんなことはない。世界の強豪と戦えて、わくわくしたしどきどきしたし、試合開始前なんかはものすごく緊張したし。ミスターKとのことでいろいろとややこしくもなったけれど、彼のおかげでチームの絆も深まったと思う。

「楽しかった、よ」

オレがそう言うと、なまえがふわりと微笑む。彼女の砂糖菓子みたいな、やさしくてあまい笑顔は、いつだってオレのなかの憂鬱や不安や、どろどろした感情を、溶かして消し去ってくれる。

「うん、それはよかった。練習あさってからだっけ?またがんばってね、応援してる」
「ああ……、ありがとう、なまえ」
「ん!いいってことよ!」

ふははは、なんて女の子らしくない笑い方をするなまえが、どうしようもなく愛しくて、身体が勝手に動いて、数秒後にはしっかりと彼女を抱きしめていた。状況を把握しきれていないなまえが、 あ、だの え、だの、あわてたような声をあげる。それを聞きつつも背中に手を回しさらに強く抱きしめると、おずおずと彼女の手のひらがオレのシャツをつかんできた。幼なじみという関係は時に酷くやりづらいと思う。今さら愛の告白なんてしたら、なまえはきっと笑うだろう。でも笑われたっていい。

「なまえ、……なまえオレさ」
「すきだよ」
「……、へ?」
「わたし、マルコがすき」

ああもう、完全に負け試合だ。先手を打たれて為すすべもない。彼女にはどうやったって勝てやしない、どんなサッカーチームよりも手強いオレのたいせつな女の子。

「優勝はできなかったけど、そんなことはいいんだよ。フィールドで必死に戦ってるマルコは、誰よりかがやいてた。わたしはそれだけでじゅうぶん、マルコにほれなおしたんだから」

なまえのやわらかい髪を撫でると、あまい香りがした。オレはフィディオやジャンルカと違って、こういうときどうしたらいいのか、とっさには考えつかない。どくどくと脈打つ心臓を抱えて、なんだか泣きそうだと思ってしまった。

「あ、の、なまえ」
「うん?」

丸い大きな目で見上げられたら、オレもすきだなんて言えなくなった。だいたいなまえがかわいいからいけないんだ。だからオレはこんなふうになってしまう。 「え、えっと、あの、だから」 しどろもどろに言葉を紡ごうとするけれど、頭の中は真っ白で、考えれば考えるほどわけがわからなくなってくる。やばい、やばい。このままじゃなまえにコールド負けじゃないか。そんなの悔しい。

「……えー、あー……」
「ど、どうしたのマルコ、大丈夫?」
「……なまえ、ちょっと、目をつむってくれないかな」
「え?……あ、うん、いいけど」

なまえがきゅ、と目を閉じて、オレは覚悟を決める。高鳴る心臓は、世界と戦ったときよりうるさいかもしれない。この前の休憩時間フィディオたちに教えてもらったとおり、片手は顎に添えてすこし上を向かせて、もう片方の手で後頭部を固定させるようにして。無意識にごくりと喉が鳴ってしまい、かあっと頬が熱くなった。 「……マルコ……?」 なまえが訝しげにオレの名を呼んで、もうどうにでもなれ、という気持ちで、彼女の唇に自分の唇を押し当てた。――――は、いいものの、このあとどうしたらいいんだ?
なまえの唇が柔らかくてなんだか美味しいような気がして離せないでいるけれど、そうこうしているうちに息が苦しくなってくる。こ、これ、どうやって呼吸すれば……? た、たすけてくれフィディオ!

「う……」

酸欠でふらりと傾いたオレの身体を、なまえが腕を引っ張って支えてくれた。 「だ、大丈夫?」 なまえがあわてた声でたずねてくる。 「だ、大丈夫……ごめん、なまえ、オレ、その」 「いや、いいんだけど……」 うつむいてしまったなまえに負けず劣らず顔を真っ赤にしているオレって、なんて情けないんだ……!それなりにたくさんの女の子からすきだと言われてきたのに、いざ自分のすきな子に告白するとなると、こんなふうになってしまって。フィディオたちに笑われてしまう……!

「……なまえ、オレ、オレも、す、すっ、す」
「す?」

なまえが苦笑しながらオレを見つめる。たぶんもう、オレがなまえをすきなことなんてバレバレなのだ。見返してやろうと意を決してあんなことしたっていうのに、これじゃあ結局オレの負けじゃないか。

「す……、き、だ、から、……つ、付き合って」

途切れ途切れに言ったら、予想どおりなまえは明るく笑って、 「いいよ」 と、魔法の呪文を唱えるみたいに言って、オレはまた彼女の虜になって。




ヒーローにだって救えない
(君という愛しい魔女のもとをどうあったって離れたくないのです)





2010/12/31 mitsui

企画に提出させていただいたマルコです。
やりてなマルコもいいんですがあえてのへたれにしました。
イタリアだから…とかいって…海外ではマルコがいちばんすきです







「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -