さよならかみさまの番外編のようなそうでもないようなおはなし




「僕には将来の夢がないんだ」

お茶のおかわりを頼むような気軽さで、照美くんが言った。わたしは数学の参考書とのにらめっこを一時休戦して顔をあげる。

「あ、誤解しないでね、フリーターになる気はないから」
「いやそれはちょっと想定外だけど……」
「だよね有り得ないよね僕がフリーターとか。この僕が」
「え、うん……」

照美くん、なんだかいつもと違ってぎらぎらしているっていうか、目が燃えてるんだけど、なにかあったのかな?わたしが次の言葉を待って黙ったままでいたら急に立ち上がった照美くんが、ばん!とテーブルを叩いた。うわっびっくりしたどうしたの照美く 「昨日三者懇談があったんだ」 そう言う照美くんの声は低くて真剣そうだったので、わたしはとりあえず参考書をテーブルの端に追いやって照美くんに向き直った。

「高校はもう決めていますか?君は頭がいいからどこへでもいけます、お母さんとしてはどうですか、息子さんに一流校を受けさせる気はありますか、って、担任がそう言った。それに対して母さ――いや、母は、間髪入れずにこう言ったんだ。全てこの子のしたいようにさせますって」
わたしと照美くんの間に沈黙が流れた。

「……どう思う?」
「え、えっ?わ、わたしに聞かれても……い、いいお母さん、だね……?」
「真逆だよ。僕にとってはいきなり人生の分岐点さ。これから僕の全てを僕によって決めなければならない」
「う……うん……?」

正直言って、わたしにはよく意味がわからなかった。だってわたしのお母さんだって、口では勉強しなさい勉強しなさいっていうくせに、わたしが都内ではそんなに賢い方じゃない高校の名前を口にしても、別に行くなとは言わなかった。それって結局わたしも全てはわたし次第なんじゃないのかな。

「夢がないわけじゃあないんだ。わからないだけ。僕はなにがしたいのか、なにができるのか、なにになりたいのか。まだわからない……、だけどやりたいことはいっぱいある。学校の勉強はどれも嫌いじゃないし、音楽や美術もすきだ。家庭科も楽しいよ。そして体育はもちろん、サッカーはずっと続けていたい。できないことはあんまりない、その分できることが多すぎる。僕は選びさえすればなんにでもなれる気がする。まだどんな分野かさえ選ぶ猶予もある。僕はまだ中学3年生で、自分が将来なにになるかなんてわかったもんじゃないし、だからといってなにも考えないまま高校生になるのは嫌だ。なまえさん、僕のこと自意識過剰の馬鹿だと思う?」

わたしはあまりのことにびっくりして数秒かたまってしまったけど、きっと真剣な顔をして言った。

「思わない」

照美くんは特定のことに対してちょっと真面目すぎるところがあって、まあそれもすきなところなんだけど、でもたまにそれで彼は損しているんじゃないかなって思うときがある。わたしだって、照美くんはなんにでもなれるしなんだってできると思う。サッカー選手はもちろんのこと、美人さんだしスタイルもいいしタレントやモデルなんかにもなれるだろうし、とっても頭がいいからお医者さんとかだって目指せるだろうし、正義感も強いしどこで習ったのかは知らないけど格闘技まで心得てるみたいだから警察官にも向いてるかもしれない。照美くんはパーフェクトかつオールマイティーなひとだから、見えてる道がいっぱいあって迷ってしまうのは仕方ないことなのだ。それを導く、もしくは手助けをしてくれるはずのお母さんがぜんぶの決断を照美くんに任せちゃって、それで照美くんはこんなふうに悩んでるんだ、……と思う。

「……なまえさんは、陸上でスポーツ推薦きてるんだよね」
「え?あ……うん、でも断るよ」
「どうして?」
「えと……走るのは確かにすごくすごくすきなんだけどさ、それを仕事にしたいわけじゃないっていうか……わたしは自分のすきなように走っていたいから」
「それじゃ、陸上っていう道には進まないんだね」
「うーん、いまのところはそういう予定はないなあ……、頑張って進学校に合格して、それからやりたいことを探すよ」
「……とりあえず高校に受かってから、か……」

照美くんはうーん、うーん、と唸りながら腕を組んで考え出した。残念ながらわたしごときが照美くんの将来に口出ししていいわけがない。わたしたちは付き合っているけど、わたしは照美くんの彼女で照美くんはわたしの彼氏だけど、お互いのやりたいことに干渉するのはちょっと違うと思う。もちろん応援はするしいっしょに考えもするけど、最後に決めるのは自分なんだから、そこはあくまで別の人生。わたしはわたしのやりたいと思ったことをするし、照美くんがやりたいと思って進んだ道にわたしは口を出さない。ドライと言われるかもしれないけどこれが進路についてのわたしの考え方だった。

「安定した未来が欲しい。贅沢じゃなくていいから不自由しないだけの給料の貰える仕事じゃないと困る。だから絶対に成功したいんだ、僕は……僕は、だって僕は」

きみをしあわせにしたいから、と言ったあと、照美くんはなだれこむようにまたイスに座って、テーブルにつっぷして顔を隠してしまった。わたし的にも真っ赤っかな顔を見られなくてすんでよかった。ま、まさかそんな理由だとは……!

「て、てるみく」
「なまえさんなにも言わないで!おねがい深く聞かないで!」
「えっ、う、うん、えっとあの……て……照美くんならなんになったって成功できるよ、わたしが保証する」
「……そうかな?」
「う、うん、そうだよ」
「……きみがいうならぜったいだね、」

あれそれいつかわたしが言わなかったっけ、と言ったら照美くんはくすくすとわらって、さあそうだったっけ、と言って、それからこっちが照れてしまうくらいのほほえみを浮かべて、 「僕そうりだいじんにでもなれそうな気がしてきた」 ……うーん、照美くんのゆめはでっかくてとてもよろしいなあ。






ぼくのわたしのしょうらいのゆめ







わたしにもこんな時代があった





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