目鼻や唇の形に違いがあるのとおんなじようなもん。親がいなくたって別段不思議じゃないし、そんなの個人差だし、誰かにとやかく言われる筋合いなんてない。わたしは今までそう思いながら、天涯孤独でもここまで生きてきた。わたしを預かってくれてるおじさんおばさんとその娘がわたしを煙たがっているのは知っていたし、わたしだって別に彼らなんてすきじゃあなかった。高校を卒業したら出ていくつもり。幸い1年生のときに見つけたバイトは給料も環境もよく、こつこつため続けて最近100万円に到達した。我ながらすごいと思う。勉強もおこたらず成績も常に上位。ただ、忙しいしあんまり興味もないしで恋愛だけはろくにしなかった。ただ早く自立したかった。

「お父さんがね」

瞳子がストローでぐるぐるとアイスコーヒーをかきまぜながら言った。

「今度お日さま園に来た子の歓迎会をするから、ぜひなまえもいっしょにって。暇だったら来ない?」
「わあ、ほんとに?行きたい行きたい!でもいいの?わたしなんか」
「当たり前じゃない。なまえの助言がなかったらお日さま園は完成しなかったんだから」
「そ、そう言われるとなんだか照れるんだけど」

小学校からの親友である瞳子に、天涯孤独の身であることを告白したのは2年前。わたしみたいな境遇のちいさい子が安心して居れるような所があったらいいよねと話して数ヶ月後、瞳子のお父さんの吉良さんがなんと身寄りのない子どもを引き取る施設の建設を思案してくれた。わたしも瞳子もすごく喜んで、『お日さま園』と名付けられたその施設がまだ紙の図面の上にあるときからずっと完成を心待ちにしていた。

「あ、ねえねえ、何人くらい入ったの?」
「えっと、この間来た子も含めたら、10人くらいかな」
「へえ、けっこう沢山……って、喜んじゃだめだよね、みんな親が」
「うん……、でも、お日さま園でしあわせになってくれる、って考えたら喜ぶべきなのかも」
「あ、そっか、なるほど」

わたしたちはふふ、とわらいあう。ほんとに、よかったなあ。最初は途方もない計画だったのに、吉良さんが手を貸してくれたから。
わたしが聞くと、瞳子は園の子のことをひとりひとり教えてくれた。やんちゃな男の子のはなし、寂しがりな女の子のはなし。瞳子はきっとみんなのことがとってもすきなんだろうなあと思った。 「あ、それで、もうひとりなんだけど」 瞳子が10人目の子のはなしをもったいつけるので、わたしは瞳子のお皿の野菜をもりもり食べながら、早く言わなきゃ全部食べちゃうから、なんて言ってからかった。瞳子はなぜだか少し恥ずかしそうにわらって、言った。

「ヒロトに、似てるの」

わたしの心臓が、どくんと脈打った。昔の記憶がどっと頭に流れ込んできた。瞳子の家に遊びに行ったとき、庭でサッカーボールを蹴っていた男の子。 「おとうとなの」 瞳子がその子をわたしの前に連れてきてそう言った。 「ぼく、ヒロト。おねえちゃんは?」 「わたしはみょうじなまえ」 「よろしくね、なまえおねえちゃん!」 ――それから7年経って、彼が中学生になった春。 「俺、なまえさんのことがすきなんだ」 お菓子持ってくる、って言って瞳子が部屋をでてったとき、ヒロトくんがほっぺたを赤くしてそう言った。わたしは持ってたゲームのコントローラをごとんと床に落として、 「え、うそ」 「ほんとだよ」 どんどん近づいてくるヒロトくんがなんだか自分よりずっと大人に見えた。 「あれ、どうかしたの?」 帰ってきた瞳子に、重ね合わせた唇の熱さは秘密にした。瞳子にはじめて隠し事をした。

「に、似てるって、どれくらい?」
「もう子どもの頃のヒロトそっくり」
「そんなに?」
「うん。でもね、ヒロトと違って消極的っていうか、大人しいっていうか」
「へえ、そうなんだ……、あ、それで、その子名前は?」
「それがね、えーと、……苗字は分かってるんだけど、下の名前がなくって」
「えっ、どういうこと?親に名前つけてもらえなかったの?」
「うーん、そのへんは私もよく分からなくて。お父さんは知ってるかもしれないけど……」
「そっかあ……えっと、じゃあ名前つけてあげなきゃだね」
「うん、それで、お父さんがさ、……ヒロトって、つけてもいいか、悩んでた」
「ほほう……苗字はなんなの?」
「基山よ。基づくに山で基山」
「基山ヒロト……うん、いいんじゃないかな!きっとヒロトくんみたいな素敵な男の子になるよ」
「なまえもそう思う?よかった、私もヒロトがいいなって思ってたの!」

わらってるのに、胸がずきりと痛んだ。瞳子の大切な弟、ヒロトくんとわたしがお互いをすきあっていたのは、いまだに内緒の話。もし基山くんがほんとににヒロトくんにそっくりだったら、わたし――わたしはどうするんだろう? あのヒロトくんはもういない。そんなこと、瞳子ほどじゃないにしても、分かっているつもり。だけど、だけどもし基山くんが成長してヒロトくんみたいになったら?わたしはもう1度すきになったりしちゃうのかな。ヒロトくんと重ねてしまったりするのかな。

「なまえ?」

瞳子がわたしの名前を呼んだ。曖昧にわらって返した。ここのファミレスにきたらいつも頼むチーズドリアの味がよく分からなかった。終わったはずの恋だった。



*



「目、腫れてるよ」

膝を抱えるわたしにヒロトが淡々と言った。こいつ、慣れてきてやがるな。わたしは腫れてる(らしい)目できっとヒロトを睨んだ。わたしだって、すきでフラれてるわけじゃない。ちゃんと恋愛して、デートもして、楽しいことも嬉しいこともあったし一応小さいけんかだってしたしそのあとに仲直りもするし、高校生のヒロトに言うにはまだ早いかもしれないそういうこともした。だけど結末はみーんな同じ。お前と一緒にはいられない、で、はいさよーなら。わたしがいったい何をしたっていうの。 最初の頃はまだ若いし大丈夫だと諦めずにいたけど、20代も後半に差し掛かった最近はもうあたふたしまくり。やだやだ、負け犬にはなりたくない!そんなときちらりと耳にしたモテるという噂を頼りに、助言を求めヒロトのところへ転がり込むようになったわたし。ヒロトだってはじめは優しく慰めてくれたものの、今はもうはいはい残念だったね次頑張りなよ、くらいしか言ってくれなくなった。冷たいやつになったもんである。

「いったい何がいけないのかね……」
「性格じゃない?」

失礼なことを言うヒロトの頭をぺしっと叩いてやったら、恨めしそうな目で睨まれた。ふん、何よ、ちょっとモテるからって。どうせわたしのことを心んなかで嘲笑ってんでしょーね!未練たらたらだっさい女ですいませんね! 「ヒロトなんか彼女にフラれっちまえ」 「……あのね、何か勘違いしてない?俺今誰とも付き合ってないんだけど」 「へえ、そうなの?もう遊び疲れたわけ?若いっていいわねー」 「失恋でやさぐれるのはいいけど俺に八つ当たりしないでよ」 まったく、毎回散々話を聞かされる俺の身にもなってよね。ヒロトがそう言って、わたしはいらっとしたのでぷいと顔をそむけた。ただの八つ当たりじゃないことは、ヒロトだって多分分かってるくせに。

「なまえ可愛くないよ」
「いいわよ別に」
「成人式でキャッキャしてたお姉さんはどこへ行ったの」
「いつの話よそれ」

ヒロトは最近背がぐんと伸びて、わたしはヒールを履いたって彼と並べなくなった。サッカー部のエースだかなんだかでちやほやされて、昔の大人しくて純粋な基山くんの面影もない。どこへ行ったはこっちの台詞なのだ。わたしの可愛い基山くんはいずこ。

「三十路までには結婚できるといいね」

ヒロトが雑誌を開きながら他人事のように言った。ずきりと胸が痛んだ。三十路までには、ね。どうだろう、それまでにいい人見つかるかな。瞳子はどうなんだろう、最近電話くれないけど。

「姉さんは彼氏いるよ」
「えっうそ」
「近々結婚なんてこともあり得るかもね。なまえ置いてきぼりで」
「ちょっ泣いていい?ねえ泣いていい?」
「ご自由に」

つめたい!ヒロトつめたい!わたしは演技でなくほんとに泣きそうになりながら、ベッドに寝そべるヒロトのもとへ這っていった。

「ねえ」
「何、ちょっと服引っ張らないでよ」
「この際年下でもいい、ヒロトの友達紹介して」
「やだよ、なんで俺の友達を被害に遭わせなきゃなんないの」
「おいそれどういう意味だ」
「そういう意味だけど」

転んではびーびー泣いてたあのがきんちょが生意気言うようになったもんだ。男の子ってのはまったく、急に大人になっちゃうから困る。こうして一緒にいるだけでなんだかどきどきしてしまうようになったのはいつからだったっけか?いい年こいたお姉さんがこんな男子高生に惹かれてるだなんて、そんな、そんな。

「でもさすがに彼氏のひとりもいないなんて可哀想だよね。仕事が彼氏って言えるほど充実してるわけでもなさそうだし」
「うるさいなあ」
「仕事場に気になる人とかいないの?」
「だから昨日別れたんだって」
「あーそうだったっけ」
「……ヒロトはどうなのよ?わたしのこと散々馬鹿にしてくれたけど、自分はすきな子いるわけ」
「俺?いるよ」

なぜか除夜の鐘を思い出した。

「い……いるの!?」
「いるよ?だから告白されても誰とも付き合ってないんだよ」
「あ、え、ええええええ、うそ、ちょっと待って、なにそれ信じらんない……そんなこと今までいちども言わなかったじゃない!」
「だって聞かれなかったし」
「そ……そうだけど……。え、なに、どうなの?脈アリなの?」
「うーん、ていうか向こうも俺のことすきだと思うなあ」
「えっ!?な、なにその自信」
「だってなまえ俺のことすきでしょ?」
「え、うん……え?」

目を見開くとヒロトがくすくすとわらっているのが見えた。どういうこと、なんて野暮な質問するほどわたしも馬鹿じゃない。これでも一応学生時代成績はとてもよかったのだ。どういうことかくらい分かる、分かるけれども。

「ヒロト、」
「仕方ないから俺が貰ってあげるよ」
「な、なにそれ」
「あ、でも3年は待ってね」
「…………待つわよ、それくらい」

今まで何年待ったと思ってんの、と言ったら、ヒロトはわらいながらわたしにキスをした。あの日のヒロトくんとのキスを思い出すことはなかった。どうやらこれは恐れていた初恋の続きじゃあなかったみたい。わたしはちゃんと新しい恋をしていたんだ。

「キスしちゃった」
「あらためて言われてもね」
「嬉しくない?」
「そんなことないよ」
「ほんとに?」
「当たり前だろ。俺だってずっと前からすきだったんだから」
「ずっと前っていつよ」
「歓迎会の日」
「はじめて会った日じゃない」
「うん、だから、一目惚れ」
「あんときいくつだったっけ?大人しい顔して意外とませてたのね」
「……大人になったら言おうと思ってたんだ」

大人、ねえ。別に今も大人とは思わないけど、と言ってやったら、笑顔のヒロトに抱え上げられて、そのままベッドに押し倒されたのでたまげた。 「ちょちょちょちょっと待ってヒロト待ってストップ!」 喚くように言ったら、 「どっちが子供だか、」 と鼻でわらわれた。ちくしょう悔しい!なんだかヒロトに負けたような気分だ。だけど、 「すきだよ」 だなんて甘い声で囁かれたからもうたまんない。わたしは結局この子を諦めきれやしないのだ。彼もわたしももう少し大人になってから、なんて言わずに、いま言ってしまおうか。

「ヒロト、すきよ」





いつかおとなになった日に


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