数学の問題集とにらめっこしながら、進まないシャーペンをくるんと回す。授業はもちろんまじめにきいてるはずなのに、どうしても数学は苦手だ。15分かけて自力で解いた文章題の解が1行めから間違えていたときはほんともう数学なんて消えればいいのに、と思った。別に嫌いじゃなかった数学の先生さえ憎らしくなってくるから不思議だ。

「えーと……yが6だから……」

解答書にのってる答えは途中式が省略されているから、結局根本的なところはわからない。ああもう、また50点以下なんてとっちゃったらどうしよう?
少なからず憂鬱だった。ため息をついたあと、教室の壁にかかった時計を見ようとして、いつの間にか前の席に座って俺の方を見ていた女の子と目が合った。びっくりした。 「わっ、……あっ、みょうじ」 みょうじは焦りだした俺を見て小さくわらう。俺は恥ずかしくなって問題を解いていたノートをさりげなく隠した。

「い、いつからいたんだよ?」
「緑川がひとつ前の文章題に苦戦してたあたりから」
「そんな前から……」
「よっぽど集中してたんだねえ」

みょうじが明るくわらうかわりに俺の顔が熱くなる。う、うわぁ、さっきの酷い解答見られてたのか……。みょうじ賢いし、きっと俺のことばかって思ったんだろうなあ。

「数学は苦手なの?他の教科はあんなにできるのに」
「できるってほどでもないって……ていうかみょうじの方が頭いいだろ」
「わたしは塾行ってるもん。緑川は自力でしょ?」
「まあそうだけど……」

そういえば珍しく残ってたんだなあ。テスト前はいつも塾で勉強するからって、ホームルーム終わったらすぐ帰るのに。 どきどきばくばくとうるさい心臓をなんとか抑えて、俺はまた問題集に目をやる。うーん、さらにわからなくなった気がする。

「こういう系の問題は式の立て方丸暗記した方がやりやすいよ」

みょうじは俺の手からシャーペンを奪って、ノートの上の空白になにやらこちゃこちゃとかきはじめた。反対側から書いてるっていうのに、みょうじの字はきれいだった。

「読める?これ」
「え?うん」
「じゃあこれ参考に解いてみて」

言われた通り、いまやっている問題を解いてみる。まず因数分解して、出た答えをこの式にあてはめて、右辺と左辺を――あ、これならできる。 「わかった?」 俺のシャーペンがせかせか動きはじめたのを見たみょうじが聞いてくる。俺はうん、と短く答えて最後まで式を書ききった。 「ええと、6の3の答え……」 解答書の活字と自分の字を照らし合わせてみる。

「……合ってる……」
「お役に立てましたか?」
「ああ……ありがとう、みょうじ」
「どういたしまして」

なあ、みょうじってかっわいいよなー。

ふと、昨日友達に言われた言葉を思い出した。なんだよ、そんなの俺だって知ってるよ。優しいし、頭いいし、体育でだって女子にキャアキャア言われるくらい運動神経いいし。3年にもみょうじのファンがいるってうわさも聞いた。

「ねえ、緑川」
「……え?あ、なに?」
「賭けでもする?」
「へっ、賭け?なんの」
「今回のテストの数学。負けた方が勝った方の言うこと聞くの」
「は、え、いや、ちょっと待て、俺数学苦手なのわかってるくせに、」
「うん、だからさ、わたしがテストの日まで全力で教えてあげるから。緑川飲み込み早いし、きっとすぐできるようになると思うんだよね。それにほら、目的があった方がお互い頑張れるでしょ」

みょうじの目がきらきらと輝いている。どうやら本気みたいだ。……みょうじと、勝負……いややっぱり数学で勝てる気はしない、けど、……どうだろう?みょうじが教えてくれるならもしかしたら、いやそれよりも。勝てなかったとしても、テストの日までみょうじが俺につきっきりで教えてくれるだなんて、それだけでも俺にとってはすごいことだ。だって、……だってあのみょうじが。

「じゃあ賭ける内容決めよっか!わたしはね……えっと、マックの新作バーガー食べたいの!」
「おごれってこと?」
「ううん、店までついてきてくれたらいいよ!ほらあれってけっこうがっつりなメニューでしょ?女の子ひとりで買うのはなかなか恥ずかしいんだ」
「そ……そういうものか?まあいいけど」
「緑川も決めてよ、勝ったときの」
「あ、……うーん……、これってなんでもいいのか?」
「うんいいよ!あっでもあんまり高いのとかはかんべんしてね、わたしお小遣い1000円だから」
「うん……」

なんでも、……かあ。ほんとになんでもいいのかな。じゃあだめもとで聞いてみる?いや、でも、なにいってんだこいつとか思われたら―― 「そんな悩まなくてもテキトーでいいよ、緑川」 ええい、言っちゃえ!もうどうにでもなれ!

「みょうじ!」
「は、……はい?なに緑川」
「あっ、あのさ、じゃあ、もし俺が勝ったら、」
「うん?」
「おっ……俺と、俺とつきあってほしい」

みょうじのおおきな目が見開かれた。シャーペンを握る手が汗で滑る。そういえば俺昨日友達に言っちゃったんだけどなあ。俺はみょうじになんか興味ないけど、なんて。ほんとはありありだっていうのに。だってほらいまだってこんなに心臓が暴れてる。……あ、でも、でももし、

「みどりか――」
「っあー!やっぱりいまのなし!ごめんみょうじ!」
「……え、なし?」
「うん、なし!こんなのずるいし!」
「な、なにが」
「も、もしこれで俺が勝って、みょうじが俺とつきあってくれたとしても、それは賭けだから仕方なくだろ、そんなの、……そんなの……ちがうじゃんか」
「あー……。えっと」

みょうじはうーんと唸って、目を泳がせる。俺は激しい後悔にかられた。あーあ、あんなの言うんじゃなかった。ぜったい、最低なやつって思われた。 みょうじの目線をかんじるのが辛くて机につっぷする。あーあーあー俺のばかたれ!

「緑川」

みょうじが優しい声で俺のなまえを呼んだ。申し訳なさで顔をあげられずにいたら、そのまま続けて言葉がとんできた。 「じゃあわたしが変える」 変えるってなにが? 聞く元気すらなかった。 「わたしが数学勝ったら、緑川わたしとつきあってよ」 ……へ?
俺ががばっと勢いよく顔を上げたら、みょうじがほんとうにたのしそうに、にこにことわらう。

「だからってわざと負けたりするようなやつとはつきあわないからね」

がんばってがんばってがんばったって俺はこの子に勝てやしないなあと、思った。



僕と彼女のインデント
20101022



匿名さまリクエストで緑川のほのぼのでした。
ほのぼのかどうかは微妙なところですが緑川は書いてて楽しかったです^^
でもいまさらながら緑川とヒロインが逆でもよかったかなとおもいます……
リクエストありがとうございました!








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