彼女が泣いている理由なんて、ちょっと考えればすぐにわかったはずなのに、 どうしたの、 なんて野暮な質問をしてしまった自分にすごく腹が立った。どうした、って、そんなの決まっているじゃないか。

「ふられ、ちゃった」

顔を上げたなまえちゃんは真っ赤に目を泣きはらしていて、見ている俺が泣きそうになってしまった。こんなことなら昨日、俺のところに来たなまえちゃんに助言なんてしなければよかったと思った。そうしたらいま、彼女がこんなふうに泣いてしまうこともなかっただろうに。 俺はなまえちゃんのとなりに腰をおろして、彼女が鼻をすするたび小さく震える華奢な背中を撫でた。俺のせいでこの子はいったいどれだけ傷ついたんだろう。そう考えたら胸がキリキリと痛んだ。なまえちゃんにはどうしてもしあわせになってほしいのに。

「ヒロトくん、わたし、怖くなっちゃったよ」

なにが?、となるべく優しい口調で訊ねると、だれかをすきになることが、と返ってきた。俺はなまえちゃんの背中を撫でながら、くちびるをかみしめた。どうしてそんなかなしいことを言うの。

「なまえちゃん、」
「でもね、わたし思うの。こんなことを言ってても、わたしはいつか、まただれかをすきになっちゃう。それからまた告白して、またふられて、また泣くの。……恋愛ってうまくいかないね、つらくていたくて、たえきれないよ」

もうしたくない、と付け足して、なまえちゃんは顔を伏せてしまう。 俺はいたたまれない気持ちになって、なんと言えばいいかわからなくなって、必死に頭を働かせた。なまえちゃんを慰める、いい言葉はなにかないかな。中学2年生の、乏しいボキャブラリーのなかから、必死になって言葉と言葉を繋いだ。どう言ったら、なまえちゃんは元気を出してくれるだろう?

「なまえちゃん、あのね、俺はこう思うんだけど」

お決まりのはじめかただった。なまえちゃんが俺を頼ってくるとき、いつもこう言うのだ。最後に決めるのはなまえちゃんだから、俺の個人的な意見だよ、って前置きをする。我ながらなんだかずるいと思っていたけれど、間違っているかもしれない俺の言葉を、なまえちゃんがぜんぶ真に受けてしまわないための、ささやかな予防線だった。でも、でも昨日は、たぶん、失敗したのだ。俺がいけないのだ。

「人はひとりでは生きられない、って、よく言うだろう?あれってさ、俺、にんげんは不完全なまま生まれてくるからだと思うんだよね。外見や内面のことじゃなくてさ、なんていうか、にんげんとして、なにかが足りてないっていうか。生まれたまんまじゃ、たぶん俺たちはまだにんげんじゃないんだ。それで、死ぬまでににんげんになりたくて、だから恋をするんだよ。うーん、わかるかな、ほら、だれかをすきになるとさ、どきどきしたりわくわくしたり、悩んだり落ち込んだりとか、普段よりたくさんの感情を使うだろう?そうして、まだにんげんじゃない、『もうひとり』、を、探していく。自分の足りない部分、ぽっかりあいた穴を、埋めるための存在を見つけたくて、俺たちは恋をするんだ。もし、その穴をぜんぶきっちり埋めてくれる存在が見つかったら、それが運命のひとなんだよ。そして、ふたりともお互いで穴を埋めあったら、ふたりともにんげんになる。うれしい、たのしい、かなしい、むかつく、いろんな感情をもらって、与えて、時には分かち合って、手を握って、ふたりで壁をのりこえる。俺たちはいま、その『もうひとり』を見つけようとしているとちゅうなんじゃないかな?なまえちゃんがすきだったその子は、なまえちゃんの運命のひと、穴をぴったり埋めてくれる存在じゃなかっただけだ。また探せばいいだけなんだよ。きっとどこかに、なまえちゃんのすべてを埋めてくれるひとがいるはずだから。だから、恋をすることをこわがらないで」

俺が話し終わると、なまえちゃんはゆっくり、顔を上げて、俺を見て、 「ヒロトくん、すきなこいるんだね」 と言うので、面食らってしまった。 「鋭い、なあ」 俺が苦笑いすると、なまえちゃんはちいさくほほえんで、 「さっきのはなしじゃ、誰だってそう思うよ」 ……そう、かな。ひとからの感情に鈍いなまえちゃんにも気づかれるだなんて、よっぽどだなあ。 「だれ?お日さま園の子?」 でも彼女はずっと俺の気持ちに気づいてくれていないんだけどね。

「さあ、だれだろうね?」
「またそうやって大事なところはごまかすんだから」
「俺のすきな子なんてきいてどうするの」
「え?……えーと、応援する」
「きみに応援されてもなあ」

そう言うとなまえちゃんはちょっとすねたような声で、どうせ無力ですよ、とつぶやいて、そういう意味で言ったんじゃないということには気づく気配もない。すきな女の子に応援されてどうなるって言うんだ。応援なんていらないから俺と付き合ってよ、……なんて、言える勇気があればいいのに。俺も俺で、口では偉そうなことを言いながら、ほんとうはなまえちゃんよりてんで意気地なしだった。ずっとむかしからすきですきでしかたないのに、1度もすきだなんて言えてないんだから。……どうせならもう、失恋で傷ついてるところにつけこんで、いま言ってしまおうか。

「なまえちゃん、俺ね」
「うん?」

僕を見上げる瞳は、もう潤んではいないものの、充血していて、でもそれでもきれいだった。 ふいに、俺はなまえちゃんのどこがこんなにすきなんだろうと考えた。…………あれ、思いつかない?

「俺は、えっと、……その」

どこだ?俺はなまえちゃんのどこがすきなんだ?……あれ、ほんとに、浮かばない。なんでだ?いくらでも、あるはずなのに。なまえちゃんはこんなにすてきな女の子で、俺はなまえちゃんがすきなくせに、彼女がどうしてすてきなのか、どうしてすてきだとおもうのか、わからなかった。なぜだか、わからない。昨日まではあんなに、なまえちゃんがかわいくて仕方なくて、――ああ、そうか、俺、……そうか。

「言い方、へんだけどさ、俺、恋してるなまえちゃんがすきなんだ。なんだかきらきらしてて、すごくかわいく見えて。女の子は恋をするときれいになるっていうけど、それほんとだと思う。恋をしてるなまえちゃんは生き生きして、とても、きれいなんだ」

そして俺は、恋をしてるなまえちゃんに恋をしてるんだ。なんて、皮肉なんだろう。これじゃあいつまでたっても俺は穴を埋められない。なまえちゃんが運命のひとだって信じていたいのに、そんなのって、ないよ。

「なまえちゃん、だから、恋してよ」

懇願みたいだと思った。はやく、はやくだれかに恋をして。俺のすきななまえちゃんになって。俺に恋愛相談しにきてよ。何組の誰々が気になるんだって、言って、ねえ、頼むから。 「……ヒロトくん、さあ」 なまえちゃんが唐突につぶやいた。

「もしかして、わたしのことがすきなの?」
やってしまった、と、思った。




希望あれば続きます





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