「恋ってなんだ」

涼野がくそまじめな顔をしてそう言ったので、わたしは飲んでいたバナナオレを豪快に噴き出した。スカートにぼたぼたと染みができる。ありえん。わたしの女子度の低下ありえん。どうしてくれるんだ涼野。

「汚い」
「だれのせいだと思ってんの」

生ゴミでも見るような目つきをする涼野をにらみつけ、スカートをばたばたと振った。教室の床にこぼれおちたバナナオレはまあ無視しておくとして、いまはとりあえず、 「話があるんだ」 なんてちょっとほっぺたを赤らめながらわたしを放課後呼び出しておいて、がきんちょみたいな質問をかましてきたこの阿呆をどうにかしてやらねばならない。まったくはた迷惑な男だ。少なからず期待してしまったわたしの乙女心を踏みにじりやがって。

「なに、また南雲か基山になんか言われたわけ」
「……、高校生にもなって、浮いた話のひとつもないのか、って」
「あるじゃんいっぱい。毎日腐るくらい告白されてるくせに、贅沢なことね」
「外見だけにつられてすきだと言ってくる女子に興味などない」

はい、涼野自爆。わたしは鼻で笑い、こいつはやっぱり阿呆だと思った。せっかくきれーな顔してんのに、内面これだからいけないのよ。だから外見に惹かれる女子しかいないってことをいつになったら自覚するのやら。

「で、さっきの質問はなに?気になる子でもいるの」
「ああ」
「……はっ?えっ、いんの」
「いるよ」

わたしは無意識にバナナオレのパックを強くにぎってしまって、ストローから黄色い液体がぴゅうと飛び出した。 ちょ、ちょっと待って、軽い冗談のつもりだったのに、まさか、ほんとにいるだなんて。わりに涼野とは話してる方なのに、そんなのまったくの初耳だ。 「だ、だれ?おなじクラスの子?」 身を乗り出したわたしに涼野は近づくなとばかりに顔をしかめた。失礼なやつだと思ったら、涼野の目線はわたしの手に握られたバナナオレにあって、ああこれのせいかと気づいて手をはなした。半分くらいこぼれてしまっていた。

「まだそれが恋なのかわからないんだ。そもそも恋がなんなのか私はあまりよく知らないし」
「だからわたしに聞きにきたの?百戦錬磨のこのわたしに」
「……自分で言うのか」

だってほんとのことだから仕方がないのだ。並みよりちょっと顔がいいらしいわたしは、涼野に負けず劣らずモテる。涼野より男らしい性格のせいか、女子に告白されたこともあるくらいだ。

「そうか、涼野が恋ね……」
「おい、まだ恋と決まったわけじゃないぞみょうじ」

でも100%恋だろう。涼野が今まで自分の方から女子を気にすることなんてなかったし。かくいうわたしも、自ら人をすきになったことは高校生になるまでたった1回しかない。しかもそれは失恋に終わった。だからわたし自身、恋がどういうものか、あんまり教えられる自信はなかった。だけど、涼野なんかに 「わかりませんすいません」 というのはプライドが許さない。

「そうだね、じゃあ……涼野、その子とはよく話すの?」
「まあ普通に話す」
「どんな話?」
「……テレビの、話とか……」
「は?テレビ?涼野テレビ見ないじゃん」
「最近見るようになった」
「は、話あわせるため?」
「だって、その方が向こうにもいいだろう?自分が一方的に話すだけじゃ、つまらないじゃないか」
「へ……へえ……」

いや、いやたしかに、この前涼野に夜中のバラエティ番組の話をふられてびっくりしたけど、まさかその子のために見てただなんて……純粋というか、かわいらしいというか。阿呆の涼野っぽいといえば涼野っぽい発想だけど。

「他には?趣味の話とかしないの」
「……サッカーの話はよくする」
「そうなの?あ、じゃあさ、試合見に来てもらえばいいじゃん。再来週の日曜日だったっけ、あるんでしょ、練習試合」
「ああ、誘ったら見に来ると言っていた」
「ほんとに!?よかったじゃん、涼野がかっこいいのサッカーしてるときくらいなんだから、いっぱいアピールするんだよ!」
「失礼なやつだなおまえは」

涼野が偉そうに腕を組んで、見下すような視線を送ってくるけれど、わたしはそれを華麗にスルーしにこにこと微笑んだ。なんだあ、ぜんぜんいい感じじゃん。もしかしたら脈アリなんじゃないの? 涼野ってほんと、顔だけはいいし、この抜けた性格さえちょっと直せば、女の子のひとりやふたり、きっとイチコロだろうよ。 「みょうじ、おまえなにかまた失礼なこと考えてないか」 涼野の鋭い声がとんできて、わたしは笑顔で返した。 「それで涼野は、その子といると楽しいわけ?」 バナナオレを口に含むと、じんわり甘い味が広がった。

「……楽しい」
「ドキドキする?」
「する」
「その子を目で追っちゃう?」
「たまに」
「他の男子と話してたらなんかイライラする?」
「ああ」
「その子のこと、すきだなあって、思う?」

涼野のきれーな色した目に、真剣な表情のわたしが映った。 中学生のときわたしが陥った症状をあげてみた。当てはまるならば涼野は恋をしてるんだろう。相手はだれだか知らないけれど、かわいそうなことだ。涼野はこう見えて抜けてるし、すぐ機嫌わるくなるし、負けず嫌いだし、世間知らず怖いもの知らずだし、扱いづらいったらないのだ。……もしかしたら、その子がすごくいい子で、涼野のそんなひねくれた性格もなにもかも全部ひっくるめてすきだって思ってくれるかもしれないけど。 ああ、そうだったらいいなあ。涼野に彼女ができたら、わたしはもうこんな想いはしなくてすむんだし。

「すきだ」

涼野がはっきり、そう言って、わたしはそっか、と呟いて、笑った。

「おめでとう涼野、それ恋だよ。がんばって告白しな」

うん、でも涼野がわたしを頼ってこなくなると、ちょっとは寂しいと思うのかな、わたしは。まがりなりにもわたしは中学のとき、この阿呆のことがす 「告白ならしたじゃないか」 …………は?

「え、涼野、恋かどうかわかる前に告白したの」
「ちがう、今わかったから、したんだ」
「……今?」

相変わらず、涼野の考え方は複雑で難解で、わたしにはよくわからない。わたしがばかというよりは涼野がおかしいのだ。

「みょうじ」

ぶわっ、と、窓から風が吹き込んできた。揺れたわたしの髪に涼野が手を伸ばして、触れて、 「すきだ」 たまらなくドキドキした。中学のときみたいだと思った。立場が逆で、そう言ったのはわたしの方だったけれど。

「なに、それ、……ずるいよ」
「……悪い」

涼野の方が背が高くなっちゃったのは、いつだったっけ。なんて考えながら、涼野に黙ってキスをされてやった。どうやらこれからもまだ、この阿呆に振り回される日々が続くらしい。それではあまりにも過酷なので、絶対に幸せにすることを先に誓っておいてもらおうかなあと思った。 「涼野」 名前を呼んだら、涼野がふわりと笑った。いつ以来だっけ、涼野のこんな笑顔見るの。

「わたしも、すきだよ」
「いやそれは知っていたが」
「……涼野のあほ」




アフタースクール・シンドローム
20100920



林檎さまにFor you!!
こ、高校生涼野で学パロ、ということだったんですがあんまり高校生だということがいかされていませんね!ヒィヒィ!><
リクエストありがとうございました!






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