※R-15


どくん、どくん、どくん。

南雲さんの鼓動はびっくりするくらい早くて、わたしは声も出なかった。床にばらばらと散らばったページ番号のふっていない書類とこの状況が明らかな残業臭を漂わせていたのだけれど、まあ単純な話それどころではなかった。 「なまえ」 南雲さんが、仕事中は聞いたこともないような甘い声でわたしの名前を呼んだ。まず下の名前を覚えられていたことが予想外だった。そして次の言葉ももちろん予想外。 「すきなんだ」 途端、頬がかっと熱くなった。何を言っているんだ、この人は? 本当に南雲さんなのかと思い、おそるおそる顔を上げたら、昼間の彼からは想像もつかない、切羽詰まったような顔をした南雲晴矢がいた。上司のこんな顔を見るのははじめてだった。

「あの……っ、困ります、わたし」

結構力を入れて押しているのに、南雲さんからちっとも距離がとれなくて、結局諦めてまた彼の腕の中に収まる形となった。……なんだって、いうんだ。 わたしはからかわれているんだろうか? だけど、普段の南雲さんの性格から考えて、まずそれはないだろう。ホチキスでとめた書類の角が揃っていないだけでやり直しを命ずるような人だ。遊びやからかいなどではないはず。でもだとしたら、……本気? 本気で、わたしをすきだと言っているの?

「俺と付き合ってくれ」

南雲さんがあまりにつよく抱きしめるから、わたしは苦しいくらいで、彼の肩越しに並んだデスクを見ながら、ああ、ここ会社なのに、と今更なことを考えた。

「な、南雲さん」

彼のことは、はっきり言って、仕事上の上司としてしか見たことがない。だいたい、おかしいのだ。彼とわたしは、部は同じものの仲が良いわけではないし(というか南雲さんは誰とも仲が良くないし)、話すこと自体1週間に1度あるかないかで、それももちろん仕事の話で、つまり、彼がわたしをすきになる理由もきっかけも、思い当たるところがなにもなかった。

「返事はYES以外要らない」
「そん、な、強引な」
「なまえがすきだ。なまえが欲しい」
「ちょ、南雲さ」

耳元で、なんだか色っぽい艶っぽい声でそんなことを言われて、わたしは真っ赤に頬を染めた。南雲さんは、本気、なんだ。本気で言っているんだ。……でも、正気なの? 南雲さんともあろう人が、この会社内で恋愛をしようだなんて。

「南雲さん、でも」
「でも?」
「うちの会社、社内恋愛、禁止……」
「……仕方ないだろ、すきになっちまったんだから」
「ど、どうして」

規律を破った罰は安いものではないと、南雲さんほどの人なら知っているはずだ。それなのに、それなのにどうして? たいした接点もない、ただ同じ部に所属してるだけのしたっぱ事務員のわたし、なんかを。
きつく巻き付けられていた腕がゆるんだので、やっと解放されると思い顔を上げたら、目を細めた南雲さんの顔がすぐ近くにあって驚いた。

「な、なぐ、――っ、ん……!」

熱いくちびるが、ためらいもなく落ちてきて、わたしを翻弄する。必死に彼の胸を押して抵抗してみるけれど、まるで無意味。それどころか、南雲さんはすこし角度を変えて、わたしのくちびるの隙間から舌をねじ込んできた。 「ん、ゃ、……ふ」 ざらざらした舌はくちびると比べ物にならないくらい熱くて、絡められるととろけてしまいそうだった。南雲さん、キス、……うまい。きっと何人もの女の子と付き合ってきたんだろう。要領がよくて仕事ができて、でも口と目付きが悪くて他の人に怖がられたりやっかまれたりする南雲さん。でも顔はすごくかっこいいから、女子の隠れファンはわんさかいる。そのなかの誰かとも、こんなことをしてきたんじゃないだろうか。 ますますわからない、どうして彼はわたしなんかに。

「ぁ、……っは」
「……なまえ、キス下手だな。もしかしてはじめてか?」
「ちっ、ちが……っ」
「へえ、そうか?……初々しくて可愛かったぜ」
「……な、南雲さん、あの、」
「なに」
「こ、こんなことして、誰かに見られたら……」
「こんな時間うちの部にゃ誰もいねえよ」
「だ、だからってこんな」
「なんならキス以上のことしてみるか?」

南雲さんはさも楽しそうににやりとわらって、わたしの腰を撫でた。意地悪な顔。わたしの反応を見て面白がるつもりなんだ。……そんなの。絶対南雲さんの思い通りにはなってやらない。

「……っ……」

南雲さんの手のひらはするすると動いて、今度はおしりをやんわりと撫でる。ぞわぞわして、全身に鳥肌がたった。 「我慢してんのか?」 南雲さんが嘲笑うように聞いてきたけれど、目を逸らしてかわした、けど、ついに制服のスカートのなかに手が入ってきて、思わず声を上げてしまった。 「可愛い……」 南雲さんが呟いて、わたしは心臓がはね上がったのを感じた。この人、いったいなんなの。 「っひあ、ぁ」 下着越しにおしりを撫でていた手が急に奥に移動して、わたしの敏感な部分を小突いた。

「やっ、やだ、南雲さん、やめ」
「なあ、濡れてる。キスで感じたか?」
「ちが、っ、あ、やっ、ァ……」
「やらしい声出てんぜ、なまえ」

上司だと思って我慢してやってたら調子に乗りやがって、と心の中で毒づいたものの、南雲さんをわたしから引き剥がすだけの勇気も力もない。明日部長にいいつけてやろうかとも思ったけれど、この部での南雲さんの立場や性格から考えて、まず信じてもらえないだろう。事実わたしだってびっくりしているのだ。あの南雲さんがこんなことをしてくるだなんて。

「ん、……ッ!ふゃ、あ、ダメ」
「なにがダメなんだよ?気持ち良さそうじゃねーか」

南雲さんの手は今や、下着の横から侵入して、わたしに直に触れていた。身体は仕方なく反応してしまう。南雲さんの手つきはいやらしくて、たしかに気持ちいい。……でもここは、そう、昼間同僚たちの溢れる会社、なのだ。

「だ、めです、なぐ、っ、あ、あぁっ」
「最後まで言えてねーぞ?」
「やっめ、あ、ぁん、いれちゃ、やっ!」
「すげ、やらしい顔……」

だめ、だめ、だめ、流されちゃだめ! わたしのなかを動き回る南雲さんの指は的確にいいところを刺激して、脚ががくがくと震えて、立っているのもやっとだった、けれど。 「い、……いやっ!!」 ありったけの力を込めて、南雲さんの足の間、いわゆる股間を思いきり蹴り上げた。 「い、ッ……!?」 ふらりとよろめいた隙を見逃さず、わたしは彼の束縛から慌てて逃げ出した。 はあ、はあ、息が乱れていた。南雲さんに触れられていたところが、濡れていて気持ち悪かった。 「な、南雲さん、さいてい、です!」 床にうずくまって、声も出ないほどの痛みに耐えている南雲さんに向かって叫んで、わたしはそのまま部屋を飛び出した。走っている途中で、床に書類をばらまいたままのこと、その書類にはページ番号がふられてなくて揃えるのが困難なこと、そしてその書類は明日大手の取引先に送るはずだったこと、を、思い出して、あ、わたしクビだ、と思った。……もう、いい。あんなえろ上司がいる会社なんてやめてやる。でも絶対弁護士を雇って、訴訟起こして、多額の慰謝料ふんだくってやるわ。わたしはエレベーターにかけこんで、1のボタンを押して、それからずるずるとへたりこんだ。……まだ、足の間が、たまらなく熱い。ああいうことをされるのは久しぶりで、しかもすごく気持ち良くて、もしかしたら、わたしの身体は、続きを望んでいるのかもしれない。なんて、そこまで考えて、首をぶんぶん振った。ないないない!あんな無理矢理、強姦まがいのことをされて、よくそんな風に考えられるもんだ。ちくしょう南雲晴矢め、訴えてやるんだから!








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