話したことがあると言ってもたったの1回だけだ。気まぐれに雷門の様子を見に行ったとき、フェンス越しに誰かを穴があくくらい見つめているひとりの女の子に出会った。俺がなんとなしに、サッカーすきなの、と聞くと、ううん、と返ってきた。そして、サッカーしてる彼がすきなの、と付け足された。俺は何故だか非常に面食らって、そう、だなんていいながら、早鐘を打つ心臓に戸惑っていた。フィールドを走り回る雷門の選手たち。彼女が想い焦がれる相手は誰だろうと、隣に立って紅白戦を眺めた。ひとりの選手が、ゴールに向かって強烈なシュートを放った。見慣れたバンダナのゴールキーパーが両手でそれをキャッチした。

「…すごい」

彼女が呟いて俺は確信した。やはり、彼か。理由はいくらでもあるだろう。彼には人をひきつける妙なオーラがある。だからこそ俺も彼に興味を抱いたし、敵だけどもっともっと強くなって俺たちの相手ができるようになって欲しいと思うわけだし。

「円堂くんがすきなの?」

微笑みながら聞くと、彼女は目をまんまるにして、「守のこと知ってるの?」 なんて。知ってるもなにも、そんなの。

「…知ってるよ。円堂くんは友達なんだ」
「そうなんだ。えっと…他校生だよね?」
「うん。何度か雷門と練習試合をしてね、円堂くんと仲良くなったんだ」
「へえ、そっかあ」

彼女はえへへ、と照れたように笑って、「わたしはただのクラスメートなんだけどね」と言った。ただのクラスメート、ね。それがどこまでの関係なのか俺は知んないけどさ。

「でも、すきなんでしょ?」
「うーん、わからないや。すきかきらいか聞かれたらそりゃすきだけど、それはまだ友達としての『すき』だから」
「そうなの?」
「うん。ただサッカーしてる姿がすごくかっこいいなあって思って」

たしか、鬼道、と言ったか。円堂くんのチームメートの彼が必殺シュートを打つ。円堂くんはなにやら叫んで、まばゆい色の大きな手を出現させた。「あ、ゴッドハンドだぁ」隣で彼女がフェンスに指をかけてそれに魅入る。その瞳がキラキラと輝いているのがこちらからもはっきりと見てとれた。
胸がちくりと痛んだ、だがわけがわからない。こんな、出会ったばかりの名前も知らない女の子が、俺は気になっているというのか。いやありえない、そんな。
だってこんな、どこにでもいそうな平凡な子。背がすこし低くて、顔が幼くて、ぱりっとした制服が不似合いで、ちょっと笑顔がかわいいくらいの、普通の女の子。

「あ、そうだ、ねえ名前なんていうの?」
「俺?…基山ヒロト」
「基山くんね」
「そっちは?」
「みょうじなまえ!」
「みょうじさん」
「なまえでいいよ」
「俺もヒロトでいいよ」
「じゃあヒロト!」

にこっと笑う彼女はやっぱりごく普通の素直な女の子で、あ、なんだかすこし雰囲気が円堂くんに似てるかな、と思った。明るくってばか正直でキラキラまぶしい笑顔。そりゃひかれてしまうわけだ。

「なまえはいつもここで彼らを見てるの?」
「んーん、たまたま通りかかったときだけだよ。ほらコンビニのふくろ」

彼女の手に提げられた白い袋のなかにはお菓子の箱やペットボトルのジュースが入っていた。

「うあっアイス溶けてるやべぇ」
「あ、ほんとだ。べたべた」
「お兄ちゃんに頼まれたやつなんだけど仕方ない!一緒に食べようヒロト!」
「え、俺?」
「他に誰がいるの!はいソーダ味」

表面が気温の高さで溶けて、袋にぺったりはりついてしまっている水色の棒アイス。彼女は白い袋から同じ種類のコーラ味のものをひっぱりだして、その袋をためらいもなく破いた。俺が呆然と見ていると、視線に気付いたらしい彼女は「ごめん、コーラのがよかった?」と聞いてくる。

「いや、いいのかなと思って。お兄さんのじゃないの、これ」
「そんな溶けたやつ渡したら逆に怒られちゃうから、いいの。だいたい家に帰らずサッカー見てたわたしがいけないんだけどね」

彼女はそう言って、ばつが悪そうに笑った。俺はすこしだけ笑い返して、棒アイスの袋を破いた。表面が湿ったそれからは滴が落ちそうだったので、あわてて口にふくむ。冷たくて甘くて、口のなかが一気に潤っていく。

「…美味しいね、これ。ちょうど喉かわいてたんだ、俺。ありがと」
「いやいやこちらこそごめんねなんかむりやりで」

すでに自分のアイスを半分以上食べてしまっている彼女がむぐむぐ残りを頬張りつつ言う。…アイス、か。久しぶりに食べた気がするな。ガゼルがよく食べているのを見かけるけど、ちょっとちょうだい、とか、言ったことはなかったし。まあくれと言ってすんなりくれるやつではないにしても。

「ヒロトは雷門に用があって来たの?」
「ん、いや、様子を見に来ただけさ。今度また練習試合をすることになったから」
「へえ、そうなの?あ、敵状視察みたいなかんじ?」
「まあそんなところかな」
「雷門のみんなさ、最近すごいんだよ!宇宙人と戦うとかでね、猛特訓してるから、すごくうまくなってるの。きっと強敵だよ、がんばってねヒロト!」
「…君は雷門を応援しないの?」
「サッカーの試合はどっちのチームも応援することにしてるんだ」
「そっか」

俺が雷門の対戦相手の宇宙人なんだ、って言ったら、彼女はどう思うだろう。純粋に驚くか、怖がるか、珍しがるか。どれにしろいいイメージは持たないだろう。それとも、宇宙人だなんてすごいね、とか?…いや。いくら彼女でもそれはないだろう。力の誇示のためだなんて豪語して、全国の学校を破壊して回ってるような俺たちだしね。

「ヒロト?」
「ああ、ごめん、なんの話だっけ」
「ヒロトはどこの学校の生徒なの?って」

俺は無意識に眉をひそめた。
エイリア学園だよ、なんて、言えない。

「…、帝国」
「あ、鬼道くんと同じあの帝国!?じゃあヒロトすごく強いんだね!そっか、帝国と練習試合したらいい特訓になるよね雷門も」

丸裸になった木の棒に、『あたり』の文字はない。きっとこの感情ははずれなのだ。宇宙人として過ごさねばならない俺が、支配の対象である人間に恋なんて。

「俺、もう帰るよ。紅白戦も終わったみたいだしさ」
「あっほんとだ終わってる!」
「…なまえ」
「うん?」
「また会えるかな?君に」
「わたしに?」
「うん」
「会えるよ!きっと」
「…そうだね。俺、また来るから」
「あっ、わたし練習試合見に行くね!」
「…うん」

俺にこの光は眩しすぎる。身を滅ぼすとわかっていても、飛んで火に入る夏の虫のように、俺は。引き寄せられてしまうのだ。

「ばいばい、ヒロト!」
「ばいばい」
「またね!」
「…、うん、また」

もしこの感情が恋だというのならば、抱くのは最初で最後になるかもしれない。本格的に父さんの計画が始まったら、そんなことをしてる暇なんて多分ないから。なんて淡くて儚い初恋。彼女のこと、名前と、お兄さんがいることと、ソーダ味よりコーラ味がすきということ、そして円堂くんが気になっているということしか、知らない。

…くだらない。

恋なんかじゃない。
たかだか出会って30分くらいの女の子だ。

また会えるかな、なんて、ただの常套句であって、本心から聞いたわけじゃない。
いずれ忘れることなんだから、執着するなんて馬鹿げているのだ。俺は宇宙からきた侵略者で、マスターランクチームのガイアからザ・ジェネシスの栄光ある座についた戦士で、人間を力で支配しようとしている。

まあ俺も人間なんだけど。


夕暮れどきの稲妻町の河川敷をひとりでゆっくり歩いた。オレンジの光があたたかい。円堂くんや彼女みたいだ。立ち止まってぼおっと眺めていたら目が潤んできた。
俺のやってることは本当に正しいのだろうか。父さんのため父さんのためと言いながら、酷いことをしてるのはわかってる。いけないんだ、こんなこと。…でも。父さんは俺の一番大切なひとだ。俺にできることならなんだってしたい。

…だけどもし、俺が普通の中学生だったら?エイリア学園なんかじゃない、ごく普通の生徒だったら?彼女を好きになったっていいのか?恋をしたっていいのか?
…考えたってきりがない。だって俺は紛れもなくエイリア学園のグランで、それは変わらないことで。

ふぅ、とため息をついて、雷門中の方へ目をやった。あのあたりに住んでいるのだろうか。雷門イレブンの様子を見に行けば、本当にまた会えるだろうか。
…みょうじなまえ、…可愛らしい名前だったな。彼女が俺をヒロトと呼んでくれたとき、なんだか心があったかくなった気がした。奥底から満たされるような、不思議な感じがした。俺は嬉しかったのだろうか?

ポケットに突っ込んだ木の棒にはやはり『あたり』の文字は刻まれていない。どうやったってはずれははずれだ。この気持ちも。

「…ただの人間に戻りたい、な」

偶然だか知らないが河川敷に人はいなかったから、俺の今日限りの本音は夕日との秘密になった。





20100406








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