なまえとはじめて会ったときのことを、実はあんまりおぼえていない。気づいたら、彼女が近くにいるのが当たり前になっていた。試合のたびに声をはりあげて応援してくれるなまえに惹かれてすきになるのにそう時間はかからなかった。でもあのころ俺にはどうしても越えられない壁があった。――そう、身長。なまえのほうが5センチ、いや10センチくらいは高かったと思う。俺はそれが悔しくて悔しくて、毎日吐くほど牛乳を飲んだりした。でもやっぱり身長は伸びなくて、それならせめてなまえにかっこいいところを見せたいと、昔からすきだったサッカーを精一杯がんばった。なまえは変わらず俺を応援してくれていたから、俺もそれに応えるべく、めきめき上達していった。

そうして俺たちは、中学生になった。相変わらず俺はなまえより背が低かった。でもそんなことはもう、たいして気にならなくなっていた。なまえが俺の背の低さなんてなんとも思っていなさそうだったからだ。 「フィディオ!」 背後からの声に俺は振り返る。ふわりと広がるスカート。息を切らせて走ってくるなまえ。

「ご、ごめん、信号につかまっちゃって」
「いや、大丈夫さ、気にしないで」

ぜえぜえ言っているなまえの肩をぽんと叩いたら、俺のすきななまえの匂いが鼻をかすめた。この匂いもそうだけど、なまえははじめて会ったころからなにも変わらない。別に幼いとかそういう意味ではなくて、なまえは、いつも俺のことを待っていてくれるのだ。そう、たとえば、俺の背がなまえより高くなるまで。だからこれくらい待たされたところで、俺は怒ったりすねたりなんかしない。

「行こうか、なまえ」
「うん!」

イタリアに帰ってきてから、2回目のデートになる。手を差し出すとすこしためらいながらもきゅうと握ってくれて、それだけで俺は舞い上がってしまう。 「映画、たのしみだな」 「そうだね」 「パンフレット、買うの?」 「うん、お母さんがお金くれたし」 なまえと他愛ない会話をしながら、映画館への道を歩く。すれ違う人々が俺となまえをちらちらと見ていく。イタリア代表に選ばれたのなんて、もうずっと前のことみたいだ。 なまえとこうして手をつないでいたら、たぶんちゃんと恋人同士に見えるんだろうな。中学2年になってやっと伸びはじめた背はなんとかなまえを追い抜いて、いまは並んだらきちんと差を感じるくらいになった。フィディオを見上げるとなんだか照れる、となまえに言われたときは本当にうれしかった。

「ねえ、あれフィディオくんじゃない?」

前方から歩いて来る若いお姉さんふたりがこそこそと話している。俺はなまえの手を握るちからをすこし強めて、なにも聞こえないかのように足を進めた。 「フィディオくーん!」 ひとりがそう言って手を振ったので、俺は小さく頭をさげた。 なまえの手にもちからが入った気がする。きゃいきゃい言いあっているそのふたりの横を通りすぎて、俺はなまえにたずねた。 「怒った?」 なまえはきょとんとして俺を見上げて、 「なんで?」 と一言。 ……俺は、なまえのこういうところがすきなんだよなあ。

「フィディオはイタリアの英雄だし、女の子にもてもてだし、あんなのいつものことだもん。怒ったりしないよ」
「……そっか、」
「それに、そんなにかっこいい男の子の彼女だなんて、とってもいい思いしてるから」

だからほかの女の子に優しくしないでとか、そんなわがままは言わないよ。

なまえがにっこりとわらいながらそういうので、俺は道ばただっていうのにたまらなくなってしまって、からだが勝手に動いて、なまえをぎゅうと抱きしめた。 「ちょ、ちょっとフィディオ、」 なまえの匂いを肺いっぱいに吸い込んで、ああ、いい思いをしてるのは俺のほうだな、と思った。こんなかわいい女の子、世界中探したってそういないだろう。きっとだれもがうらやむと思う。 このかわいい子、俺の彼女なんだ、いいだろ?

「なまえ、すきだよ、だいすき」
「あ、あのね、ここ道ばただからねフィディオ」
「わかっているよ」
「わかってるならそろそろ離してよ、恥ずかしいよ」

映画なんてやっぱり見れなくてもいいかもしれないな。だって2時間くらいなまえとまともにしゃべれないだなんて、そんなの嫌だ。俺はなまえがいたから強くなれたし、背も伸びたし、イタリア代表にもなれたし。つまりは、なんだ。なまえがいないとだめなのだ。なまえが俺と話してくれて、そしてあのわたあめみたいにふわりとあまい笑顔を見せてくれないと、だめなのだ。俺はなまえに依存しすぎている。でも人なんてそれくらいがちょうどいいはずだ、なんて身勝手なことを考えた。 なまえには欲がないから、俺も欲張らないことにした。キスしたいけど我慢もできるようになった。となりにいるだけでじゅうぶんしあわせなのだから、それ以上を望むべきではないのだ。

「フィディオ、あの」
「えっ?なに」

なまえが俺の服をくいと引っ張って、ちょっと背伸びして、次の瞬間、くちびるにふにゃりとやわらかい感触。突然のことに、俺はぽかんとしたまま立ちすくんだ。……え、いまのって。

「……さ!映画行こ、フィディオ」
「待って、」
「なに、 っん、む」

まったく、俺の我慢とか努力とかを一瞬で無意味にしちゃうんだから、なまえにはかなわないよ。願わくば、そうだな、なまえのこの手を、お互いしわくちゃのおばあちゃんとおじいちゃんになっても、はなさないでいたいな。すこしずつ、すこしずつでいいから、なまえとふたりで歩いていきたいと、俺はキスをしながらこっそり思うのだ。

「……っば、ばか!」
「なまえからしてきたんじゃないか」
「あっ……あれはただの気まぐれだから」
「俺だってただの気まぐれだから」

お互い数秒間黙りこくって、のちにどちらからともなくふきだしてわらった。おなかがいたくなるくらいわらった。ばくしょうだ。なにがそんなにおかしいのかわからないけど、わらった。 俺はなまえが、すきで、すきで、ときどきすきすぎて苦しくなってしまうくらいすきで。 「フィディオ、すき」 「うん、俺もすき」 たった2文字の言葉じゃあ、本当の気持ちの大きさを1割も伝えきれないとわかっているけど、まだまだこどもな俺たちはそれ以外の言葉を見つけられないから、それでじゅうぶんだった。なまえがすき。










のプログレス



20100825






杞城さまにFor you!
プロセスの続きです!こここんなんでよかったのでしょうか…!!
なんだかわたしはあんまりフィディオを理解していない気がします><
リクエストありがとうございました!







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