『ERROR!! ID又はパスワードが間違っています』


何度やってもそう表示されるので、わたしはいよいよ頭をかかえた。最後にこのパソコンをさわったのはたしか1年前だ。元々機械おんちなわたしはいままで自らパソコンを触ろうだなんて思いもしなかったから、こんなときにトラブルが発生するのだ。せっかくまたとないチャンスだというのに、パソコンが開けないとなるとなんの意味もない。まさかパスワードを忘れるなんて。ID、は、たぶん間違っていない。お母さんのすすめで、自分のなまえをローマ字で打ったものにしたはずだ。パスワード、パスワード、パスワード。誕生日もためしたし、携帯の暗証番号にしてるのも入力してみた。もちろんだめだった。たぶん1年前のわたしがすきだったものに関連する文字だと思うのだけど、皆目見当がつかない。いつものわたしならもうあきらめるところだけど今回ばかりはそうもいかない。なんてったってあの涼野くんが、わたしの家にパソコンを借りに来るのだから。




*




4日前のことだ。
夏休みもなかば、やることもなく家でごろごろしていたわたしの携帯に1通のメールが届いた。

『きみの家のパソコンを貸してくれないか』

差出人はなんとわたしが小学生のころからだいすきだった涼野風介くん。わたしの心臓は面白いようにとびはねた。中2になってはじめて同じクラスになれて、やっとのことで聞き出せたメールアドレス。涼野くんからメールが来たのはこれがはじめてだった。しかもわたしの家に来てもらえるのだ。わたしはもちろんすぐさまOKした。そしてついに明日、彼はわたしの家に来ることになった。


「どうしよう……」

デスクトップの前でわたしはうなだれた。パソコンが開けなかったら、涼野くんに来てもらう意味がまったくない。彼は夏休みの宿題の調べものがしたいらしく、インターネットにつなぎたいそうだ。インターネットにつなぐためにはまずIDとパスワードを入力してパソコンをたちあげなければならない。つまり、なんだ。パスワードがわからなかったら、パソコンは使えないから、涼野くんを家に呼べないことになる。お近づきになれるまたとない機会なのだ。

「なんにしたっけ……ぜんぜん思い出せないや」

どうしよう、どうしよう、ほんとにわからない。わたしが忘れるようなパスワードを他の誰かが知ってるわけないし。あああああああああもう、どうしよう!涼野くんにパソコン使えませんでしたなんて言えないよ……。

「……あっ」

そうだ、パスワードはわからなくても、1年のとき仲良くしてくれたひとなら、わたしのすきだったものを覚えてくれてるかも。それに関連する言葉をかたっぱしからいれてけばもしかしたら。 わたしは机の上にほったらかしだった携帯を手に取り、アドレス帳を開いて素早く電話をかけた。

「もっ、もしもしヒロトくん、あの、なまえだけどいまちょっといいかな!?」
『なまえちゃん?どしたの急に』

よかった、ヒロトくん出てくれた!彼はわたしにほんとによくしてくれたし、お互いの趣味のはなしもいっぱいしたし、なにか覚えててくれてるかもしれない。

「あのね、1年のときさ、わたしがすきだったものってなにかないかな?歌手とかタレントとか、なんでもいいから」
『え……えー……、ああ、嵐とかは?なまえちゃんすきでしょ』
「あっ、そっか、嵐!嵐ね!」

たぶんそれにちがいない! わたしは大喜びでarashi、と入力してエンターキーを押した。……またもやエラー。stormと入力しようかなあと思ったけれど、馬鹿なわたしはおそらくストレートな意味のパスワードにしてるはずだから、ためすのはやめた。

「うーんと、無理だった……他にはなにかない?」
『んー……YUIとか、中島美嘉さんとか……』
「おおおおおそれかも!」

yui、nakashima、mika。……見事にどれもエラー。

「だめだったあ……ちくしょうなんなんだいったい」
『それは残念だね……というか、どうしたの?だめってなにが?』
「あ、えっとね、明日なんだけどさ……」

わたしはヒロトくんに、涼野くんからメールが来たこと、1年ぶりにパソコンを開いたらパスワードを忘れてしまっていたこと、でも涼野くんにいまさらパソコン使えないなんて言えないこと、を、話した。するとヒロトくんからは 『ふうん、なまえちゃん風介がすきだったんだね』 と返ってきたのでたいへんびっくりした。 「なぬええええええなんでわかるの!?いまのでなんでわかるの!?」 うろたえたわたしがたずねたらヒロトくんはくすくすわらって、 『そんなの誰だってわかるよ』 と言った。ああああああ、ばれてしまった!1年間ずっと誰にも言ったことなかったのに、よりにもよって涼野くんと仲のいいヒロトくんにばれてしまった!まあ彼は涼野くんにばらしたりしないだろうけど、は、恥ずかしい……!

「すすすすすす涼野くんには言わないでね!ぜったいだよ!」
『言わないよ、当たり前じゃない。……俺思ったんだけどさ、そのパスワードってもしかして』
「え、なになに!?パスワードってなに!?」
『――ん、姉さん俺いま電話……え?急ぎ?うーんわかった、じゃあ仕方ないや』
「ヒロトくん?あれ?ヒロトくん?どうしたの!?」
『ごめんなまえちゃん、俺ちょっと姉さんに呼ばれてるから――うん、いまいく!ちょっと待ってて――えっと、まあ、明日風介と会えばパスワード思い出せると思うよ、じゃあね!』
「えっ!?ちょっと待ってヒロトくん!ヒロトく――」

……切れちゃった……。
なにか言いかけてくれたけど結局わかんなかったなあ……。明日涼野くんと会えば思い出せる、なんて、そんなうまいはなし……。うーん、ヒロトくんを信じてみるか……それ以外に手がないし、仕方ない。




20100814


またもやつづきます








第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -