「っはあぁ、緊張した!!」

わたしの家が見えなくなるなり、南雲がそう叫ぶので、驚いてびくりと身体がはねた。 「な、なに急に」 さっきまでのこともあってわたしもいまだいぶチキン状態なのでふいうちはやめていただきたい。ただでさえ心臓がはりさけそうだったというのに。

「いやだってまさかあんなこと言われるとは……久々にヒヤヒヤしたぜ、このおれが」
「…………ああ、お父さん?」

南雲にも怖いものあったんだね、と言うと、彼女の父親が怖くない男はそんなにいねーと思うぞ、と返ってきた。うーん、まあ、そうかな? でもわたしのお父さん普段は穏やかでやさしいひとなんだけどなあ。ちょっと親バカなところあるけど、わたしが南雲のはなししてもいつも笑いながら聞いてくれてたし、別に南雲のこときらいってわけじゃないと思うんだけど……やっぱりあれが原因なのかな。ねえ南雲、 「さすがに『娘さんをよこしやがれ』はないよ」 「やめろ傷口をつつくな泣くぞ」 つついたら泣くらしいので(南雲の泣き顔なんか別に見たくないし)いじめるのはやめといてあげよう。だいたいあれだ、常日頃口が悪いからあんなところで丁寧な言葉が出ないんだ。そりゃうちの温厚なお父さんでも 「あァ?」 ってなるわ。

「マジ死ぬかと思った」
「結婚前に死なれたらわたしすごく困るんですけど」
「アホかおれは死んでも死なねえぞ」
「意味わからん」

でもまあ(あんな酷い言い間違いが勃発したにしろ)なんとかお許しも出たことだし、あとは家に置いてあるゼクシィもう1回ちゃんと読んで式場に予約とって日付決めていろいろしたらいいだけだよね。出会って付き合い出してからここまでけっこう長かったなあ。まあ元はといえばわたしが元彼のことをずっと引きずってたからいけないんだけど。でもいまはほんとにもう南雲のことしか見てないし南雲と幸せになりたいって思うし南雲を幸せにするのはわたしだ!って決めてるからこの道は間違ってはいないと思う。大事なところで失敗するようなやつだけどわたしはそんな南雲がだいすきなのだ。あんまり本人には言ってやらないけど。

「……で、どーすんの。おまえ教会がいいんだろ?」
「うん、ドレス着たいもん」
「じゃあ当日までにせいぜいがんばってダイエットしろよ。チャックあがんねーとかシャレになんねえからな」
「……お嫁さんにむかってずいぶん失礼ですね」
「おれのだからいーの」

偉そうにそう言うもんだから、わたしはたいそうイラッとした、というのは嘘でドキッとした。どえらくドキッとした。またもやふいうちである。 おれの、って……わたし、そっかあ、ほんとに南雲のお嫁さんになるんだ。いまさら実感わいてきた。お嫁さん……、南雲のお嫁さん、かあ。いやでもいまだって一応同棲してるし家事全般わたしがやってるし南雲は働いてるし、結婚したからといって特になにが変わるってわけじゃあないのだ。別に変わってほしいわけじゃないけど、あ、そっか、でも薬指に指輪がはまるね。あとは……、そうだ、やっとああいうこともできるようになるんだ。南雲ったら変にそういうとこ真面目で、結婚するまで絶対手は出さない!なんて言って、せっかく誘ってみてもつっぱねられてばっかりで、一時期はわたしに興味ないんじゃないだろうかと不安になったもんだ。 「ほんとはすげーしたい、いますぐにでもしたいけど、万が一のことがあったときおれはまだおまえと子どもを養っていけるだけの金も力もないから、だから結婚するまでは我慢するつもりだ」 って言われたのがたしか4年前、付き合って3ヶ月目くらいで、なぜか感動したわたしはガラにもなくぼろぼろ泣いてしまったもんだ。なつかしい。その言葉を信じそれから今日までなんともストイックで健全(逆に言えば不健全)なお付き合いをしてきたおかげでわたしはにじゅううんさいにしてまだヴァージ……いやいまはこの話は置いておこう。なんか恥ずかしいし。

「というかまず南雲のその赤い髪にタキシードが似合うのかが問題だよね」
「おれは何着ても似合うから大丈夫」
「わたしのお母さんも心配してた」
「はぁ!?や、やめろよ不安になってくるだろ」
「まあ突然黒染めとかされても気持ち悪いんだけど」
「オイ気持ち悪いってなんだ気持ち悪いって」
「黒髪の南雲とか気持ち悪い」

南雲がぎろりとわたしをにらんだけれど怖くもなんともない。 あーあーあー、結婚式、かあ。小学生のとき、親戚のねーちゃんのに行ったっきりだからなあ。まさか次がわたしだなんて思ってもみなかったや。人生ってほんとなにがあるかわかったもんじゃない。

「……おれは教会あんまうれしくねーけどなぁ」
「あ、タキシード似合わないから?そんなのみんなわかってんだから気にしなくていいじゃん別に」
「ちがうっつーの!だいたいおれは何着てもにあ」
「それさっきも聞いた」
「……、おまえはいーのかよ」
「なにが」
「教会だったらよ、ほら……みんなの前だろ」
「は?教会じゃなくてもみんなの前でしょうが」
「だーかーらっ、そういうのじゃなくて!!」
「じゃあなによ?」

相変わらず南雲のいうことはよくわからない。主語がないから理解しづらいのだ。それなのにいつもいつも逆ギレされて、わたしは不憫な女の子である。ほんとにこんな男と結婚していいんだろうか 「ちゅー」 ……ちゅー? 「なに?ちゅーしたいの?する?」 夜中とはいえ道端だけど南雲だいたんね、と言うと、おまえはほんとにばかだ!って顔を真っ赤にした南雲が怒鳴る。なにをいまさら照れてるんだか。 「ち、誓いの、ちゅーを」 「はあ」 「教会だったら、みんなの前でしなくちゃなんねー、だろ」 ああなんだそういうことか。

「で?それがどうした」
「お、おまえは恥ずかしくねーのかよ」
「恥ずかしいもなにもさあ、わたしらの初ちゅーおぼえてる?まわりに基山や風介くんいたじゃない」
「おま、いまだに風介くんて呼んでんのかあいつのこと」
「いまはそんなのどうでもいいでしょう」
「よよよよよよ、よく、ねえ」
「なにうろたえてんのよ。わたしが結婚するのは南雲なんだから、それくらいいいじゃない」
「……そ、そっ、か、そうだな」
「あんたってめんどくさい男ね」

で、なんだっけ?誓いのちゅー?は、ほんとにいまさらっていうか。それ恥じらうところなの?いままでもけっこう人前ですっごい発言とかかましてくれてたくせに、いざ結婚式ってなったら緊張してんのね。南雲のわりにかわいいとこあんじゃない 「おまえとちゅーなんかしてるとこ見せたらおまえの父さんに殺される気がするんだ」 ……だからびびってんのか。

「あんたはうちのお父さんをなんだと思ってんのよ。娘の旦那を殺したりするわけないでしょう」
「ばっかおまえは知らねえんだよ、おまえが席立ったとき言われたんだぜ、おれ。『娘を幸せにできなかったら……わかるね?晴矢くん』って……おれは世界の終わりを見ました」
「あはは、お父さんわたしがだいすきだからね」

たぶんからかったつもりなんだろうけど、南雲はこんな顔してけっこうビビりなとこあるからなあ。真に受けちゃったんだろうな……お父さんしゃべらなかったら顔コワイし。

「と、いうわけでおれは思ったんだ。おれからちゅーしたら殺されると」
「は」
「だから、本番はおまえからちゅーしてくれ」
「……はあ?」
「おまえの父さんもさ、娘からならまあ仕方ないかって思うと思うんだ。だからおまえから」
「い、いや待ってちょっ、いやそれむりだからむりむり」
「おまえ人前でちゅーすんの別に恥ずかしくねえんだろ」
「じじじじ自分からするのはちょっと……むりかな……」
「おれの気持ちがわかったか」
「はいスゴクわかりましたすいません」

な、南雲に、わたしから、ちゅー、だと……!そ、それはちょっといやかなり勘弁していただきたいというか、はい、できません。だって南雲にちゅーしてんのをお父さんやお母さんやおじいちゃんやおばあちゃんやおじさんおばさんやともだちやその他ゲストの方々に見られるんでしょ……!?恥ずかしいっていうか、なんというか、羞恥心が……あんまり見られたいものではないよなあ、外国じゃあるまいし、ちゅーはあいさつとか、そんなんじゃないし。なにより式場でするのは誓いのちゅーなのだ。わたしと南雲が夫婦になることを誓う、ちゅー……うっわ考えただけでしにそうなくらい恥ずかしいこれ。

「……れ、練習とかしてみるか」
「れ……れんしゅう?」
「おまえからちゅーする練習」
「は、や、しないし!てか本番はぜったい南雲からだからね!」
「おおおまえおれが殺されてもいいのか」
「わたしに恥かかした方が殺されるわよ!というわけで南雲から」
「う……」

きれかけた街灯がちかちかしている。南雲の頬が赤くなっているのがなんとなくわかったけど、どうせわたしの顔もおんなじくらい赤いのだから、つっこまないであげることにした。結婚式前になんたる大問題だ。わたしの旦那さま(になる男)がこんなに臆病なやつだったとは。 「な、南雲のチキンめ」 「チキンじゃねえし」 「チキン」 「チキンじゃねえ」 「じゃあピッグ」 「太ってねえし」 「馬肉」 「せめて牛にしろ」 「高級な響きがイヤ」 「おまえなあ」 「ねえちゅーして」 「おまえがしろよ」 「やだ南雲がしてよ」 「……もう南雲じゃねえだろ」 「……はるや」 「もっと愛しそうに呼べ」 「晴矢ちゅーして」 「ん」 ……お父さんがもしほんとに乱心して南雲に襲いかかるようなことがあったら、わたしは南雲をひっつかんで逃亡しよう。まるで愛の逃避行だ。 頬に触れた南雲の髪を何気なく撫でていたら南雲の手につかまって指をからめられた。 「はる、や」 「殺されやしねえよ、おれはおまえを世界一幸せにしてやるんだからな」 「うん」 わたしはもうすぐ彼の妻になります。





キスのせがみ合い


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