どんくせー奴だなぁと思った。
時刻は午前2時、場所はコンビニ前。ガゼルと暇つぶしにやってた他愛もないゲームで(実に悔しいが)負けたオレは(非常にむかつくが)あいつの希望の『ハーゲンダッツのバニラ』を買いに(超めんどくせーけど)やってきた。
その女はオレがハーゲンダッツの値段の高さに顔を顰めているとき一度後ろを通りすぎた女で、たしか手にはペットボトルの紅茶と菓子パンの袋がひとつ。幼い顔してるがおそらくオレより2、3歳くらい年上の女。多分高校生。上から下までがつながった、なんていうんだっけ、ワンピース?とにかくひらひらした服を着ていた。色は白。ところどころにレースがついていた。そしてその下に黒いタイツ?ストッキング?のどちらだかをはいていた。…なぜそこまで記憶しているかというと、その女はオレの後ろを通るとき、履いていた高いヒールの靴のせいで床の小さなくぼみに引っかかって盛大にずっこけたからだ。さすがのオレでも驚く。振り返ってその女を見ると床に寝そべったまま動かなかったので、もしかして打ち所悪くて気絶でもしてんのかと思って、優しい優しいオレは声をかけてみた。「おい大丈夫かお前」すると即座にオレの方へ顔を向けて、「この床冷たくて気持ち良くてつい」とか抜かしやがった。それはこけたことの苦しまぎれの言い訳なのか(いや言い訳にもなってないけど)、それとも本心からそう思って起き上がらないでいるのか(だとしたらだいぶイカれてるがな)、どちらにしろなんだか変な女だと思ったので、無事だとわかったオレは黙ってそいつに背を向けた。ガゼルのぶんのハーゲンダッツを片手に自分用のアイスを選んでいるうちに、その女は起き上がってレジに向かって会計をすまして、店内を出ていった。…なんかマジで変な女だったな、と思いながら、手にしたアイスをレジに突き出して金を払って自動ドアを出たら、不良っぽい男に胸ぐらを掴まれている華奢な女が見えた。さっきの女だった。

「ご、ごめんなさ」

女の胸ぐらを掴んでいる男の髪からはポタポタと水滴が垂れている。足元に転がっているペットボトルはこの女が今買って出てきたものだった。中身は空に近かったが。おそらく、それを飲もうとしたこの女が手を滑らせて、コンビニ前にたむろしていた不良集団のひとりにぶっかけてしまったんだろう。
ほんっとに、どんくせー奴だ。

「なに見てんだよガキ。あっちいけよ」

4人の中で一番目つきの悪い男がオレに向かって言った。オレは怯むことなくそいつを睨み返す。「てめーらが邪魔で通れねぇんだよ」本当のことだった。入口の真ん前で半円を描くようにして立たれては、ほんのすこしの隙間を通りぬけるしかない。だがオレはそういうのが一番嫌いだった。なんでこのオレが誰かに遠慮しなければならないんだ。

「おいふざけんなよ。中坊の癖によ」
「…てめーら高校生か?へぇ、にしてはマナーのなってねえクソだな」
「…生意気にケンカ売ってんのかガキ」
「邪魔だっつってんだろが」

次の反論の言葉はなかった。オレが一番近くにいた奴の腹に蹴りを入れたからだ。そいつはうあぁ、と唸って後ろに倒れ込んで丸くなる。かなりのダメージを受けたらしい。まあ当然のことだが。マスターランクチーム・プロミネンスのキャプテン、このバーン様の脚力を舐めんなっつーの。

「かかってこいよバーカ」

中指を立てて挑発すると、ほんとに単細胞らしい奴らは簡単にオレに掴みかかってくる。ああもうマジうぜー。へなちょこなパンチ数発をひょいとかわして、地面に放り投げられた女を一瞥した。顔を打ったりはしてないみたいで、ほんのすこしだけほっとした。高校生にしてはガキくせぇけど、なかなか整ったツラしてたからな。傷でも残ったらもったいねー。まあこんな属性ドジのノロマ女の顔なんか別にどうでもいいけどよ。



*



「あいつね、親友の元彼なんだ」

全身ボロボロで男たちが逃げ去った直後、女はお礼を言うでもなく謝るでもなく、ただ淡々とそう言った。

「はぁ?」
「酷い男でさ、何股もかけてたんだ。この前親友とは別れたらしいけど、まだお金ぶんどられたりとかしてたから、あたし許せなくて、気付いたら紅茶ぶっかけてた」

どうやら真剣に頭が弱い女らしい。自分よりはるかにガタイのいい男、それも4人相手に、なんの躊躇もなくケンカふっかけて、胸ぐら掴まれて。はっきり言って、馬鹿だ。思ったので言った。「お前馬鹿だろ」女は数秒ぽかんとしたあと、けらけら笑いだした。…まじでどうしようもねえなこいつ。

「そうだな、馬鹿だ、あたし。うん。あ、ごめんね、迷惑かけちゃって。…きみ中学生?強いんだね!びっくりしたよ」

やっと謝ったかこの馬鹿、と思ったが、強いんだね、なんて言われるとまんざらでもない。ただほんとこいつガキくせぇ。たっかいヒールのせいかオレより背は高いけど、笑った顔なんか小学生みたいだ。服から出てる腕やら脚やらはすっげー白くてほっそい。ちゃんとしたもん食ってんだろうか?いやどうでもいいけど。

「あたし、みょうじなまえ。きみは?」
「…南雲晴矢」
「えと、ごめんもっかい言って」
「は?めんどくせ、やだ」
「あたし耳とおいんだ、お願い」
「チッ…南雲晴矢だよ。なぐもはるや」
「はるやくん?」
「気持ちわりーな、くんとかつけんな」
「ほんじゃはるやちゃん」
「おい殴るぞ」
「冗談だよ、晴矢。うん、いいなまえだ」
「なんだよそれ」
「ははは」
「はははじゃねえよ」

やっぱり助けたりしねー方がよかったかな、こんな馬鹿女。…いや助けたわけじゃないけど。通行の邪魔だった不良共をぶっ飛ばしただけであって、別にこいつのためとかじゃねえし。
そんなことを考えているうちに、女は落ちていたペットボトルを拾って、自動ドアの脇に備えつけられたペットボトル専用のゴミ箱の丸い穴めがけて投げた。意外にもすんなり入って、おそらく一口ぶんくらいしか購入者に飲まれなかったであろう紅茶のボトルは見えなくなった。…まぐれだまぐれ。あんなのオレにだって出来る。

「あたしね、バスケ部のマネージャーやってるんだ」
「聞いてない」
「うん、独り言だからいいよ」

イラついたので睨むと、なにが可笑しいのかそいつは笑いだした。そういや名前なんだったっけ?ちゃんと聞いてなかった。…まあいいか、どうせもう会うことなんかないだろうし。

「…じゃーな、気ぃつけろよノロマ」
「あ、うん、ごめんね、ありがとう晴矢」
「おー」

オレはその変な女に背を向け歩き出した。…なんだ、これ?あいつがオレの名前を呼ぶと、なんだか、ぞわっとする。いや寒気とか、そういういやな感じのじゃなくて、なんていうか、こう。…あーわかんねえ。まあいいや。というかなんであんなやつに名前教えちまったんだか、オレは。早くしねーとアイス溶けるし、さっさと帰ろう、と、歩みを早めたとき。

「ぎゃあっ」

すこし離れた場所から、可愛いげのない悲鳴。半ば無意識に振り返れば予想通り、あの女がコンクリートの地面に横たわっていた。…世紀末な脳のつくりだな。見た目が並よかましなぶんすごく残念だ。

「んな針みてえなヒール履いてっからだろが。やめろよその靴」

どうでもいいなんて言いながらわざわざ歩いて行って声をかけるオレもほんと残念なやつだ。なにをしてるんだオレは。一度ならず二度までも。自分で自分がわからねえ。いやまあ、いいや、今夜は機嫌がよかったということで。

「あたし、背え低いから、よく中学生に間違われるの。なんだか悔しくて、こんなの履いてんだよ」

ばかだよねえ、と言って笑う女のタイツの膝の部分が右も左も両方破けていた。コンビニの床ならまだしも、コンクリートじゃあなあ。擦りきれた皮膚から赤い液体がのぞく。肌が白いから、この暗さでも滲む血がはっきりとわかる。

「…お前家どこだよ?」
「この坂ずっとのぼった先」
「帰れんの?」
「うん、まあ、頑張れば」

よいしょ、と言って立ち上がった女は膝の痛さによろめき、オレにもたれかかってきた。あ、やっぱり痛いんだ。赤色のドームを作っていた血は重力に従って下に下に垂れていく。あー、もう。

「このヒールがいけないんだなあ」

呑気にそう言って、女はヒール靴を脱いで手に持ち、タイツを履いた脚でコンクリートの上に立った。あ、ほんとだ、背え低い。オレとあんましかわんねえ。ヒールってすげーなあ。

「…乗れよ」

なんだかいたたまれなくなったので、女に背を向けてしゃがんでやった。今夜のオレ優しすぎて気持ちわりー。そんで、すこしくらい遠慮するかと思いきや「いいの!?」と叫んで勢いよく飛び乗ってきたのでオレはちょっとよろけるのと同時に殺意を抱きかけた。この馬鹿女一発殴りてえ。

「重い?」
「いや」
「嘘ばっかり」
「うるせえな落とすぞ」

園とは反対方向の坂を、こんな変な女を背負ってのぼるなんざ、夢にも見たことがなかった。どれくらいの距離があるんだろう。ガゼルのやつに怒鳴られるのは覚悟しとかねえとな。ため息さえつきかねない気持ちで坂をのぼりはじめる。

「…あたし、親いないんだ」
「あっそ」
「死んだんじゃないよ?お父さんは単身赴任中で、お母さんは実家にいるんだ。別居してんの」
「へー」
「あたし料理とか全然出来ないから、いつもあそこのコンビニでパンとか買って食べてるんだ」
「こんな夜中にか」
「さっきまでバイトしてたの」
「高校生の女がんな時間まで働いてていいのかよ」
「知り合いのお店だからね」
「ふーん」
「晴矢冷たいね」
「別に興味ないからだよ」
「そっか」

そしてまた笑う。楽しくもないはずなのに、こいつはすぐ笑う。オレはこんなに冷たく接してるというのに。

「晴矢」
「なんだよ」
「晴矢はいい子だね」
「はぁ?」
「いい子いい子。はいよしよし」

女の手がオレの頭をわしゃわしゃと撫でる。やめろよ、とすこしきつく言ったら、なぜか今度はぎゅうと強く抱きついてきた。背中にやわらかいものがあたる。おいあたってんぞ、と言うと、サイズどれくらいあると思う?なんて返してきやがった。

「しらねえよ」
「えーせっかくセクハラを許してあげてるというのに」
「セクハラしてんのはお前だ」

ほんととんでもない女だ。さっさと送り届けてしまおう。

「晴矢」
「しつこいななんだよ」
「あたし晴矢が好きになっちゃったかもしんない。どうしよう」
「ふざけんなオレはお前みたいな馬鹿はお断りだよ」
「あはは、だよね」
「当たり前だろが」

それから女の家に着くまでの約10分間、ずっとくだらない話をした。というか一方的に話された。熱しやすくて冷めやすい上にこんな性格だから彼氏がいたことがないとか、国語はぜんぜん出来ないけど英語はなぜか学年トップであるとか、バスケ部の顧問がハゲたうざいオッサンで、たまにそいつのコーヒーに塩を入れてやってるとか、そういうどうでもいい話。
ごく普通の外観をした一軒家が見えたとき、はじめてオレから口を開いた。

「こんな遠いんなら自転車で来たらいいだろ」
「下りは楽だけど上りしんどいじゃない」

門の前で下ろしてやったら、正面から抱きつかれて額に口付けられたので慌てて後退りした。

「なにすんだよ馬鹿!」
「お礼」

悪びれた様子もなくそう告げると、女はあのガキくせぇ笑顔を浮かべて、「ほんとにありがとう」と言った。最初から最後までわけのわからないやつだ。

「じゃあまたね、晴矢」

金属製の扉の内側に消えた女のその一言で、たまにはガゼルとのゲームに負けてやってもいいか、なんて思ってしまった自分がすごく嫌だ。横目で門にひっついてるネームプレートを見ると、父親と母親らしき人の名前の下に、『なまえ』とあった。あぁ、そうそうたしかそんな名前。
とりあえずこの、フタを開けるのが恐ろしいハーゲンダッツとスーパーカップ(自分用)をはやくどうにかしなきゃな。






20100406













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