1←
2
佐久間にキスされた。
……いやいやいやいやありえないしなんでそんな急に？だってあいつわたしが今の彼氏と付き合う前からあんな感じだったしわたしのこと女の子として見てるそぶりなんかこれっぽっちもなかったからわたしは佐久間に告白する勇気を持てなくて、なんでか知らないけどこんな平々凡々なわたしを好きになってくれたバスケ部の人気者と付き合うことにしたわけで。 「佐久間が好きなのは知ってるよ。でもあいついつまでたってもなまえちゃんの気持ちに気づいてないじゃん、だからさ、おためしでもいいから俺と付き合ってくんないかな。たぶんあいつより俺の方がなまえちゃんのこと好きだよ」 あーもうなんで断らなかったかなわたし！佐久間が好きで好きで好きで好きでたまらなかったくせに、モテると噂のあいつにそんな熱烈な告白されてちょっと浮かれてしまいやがって！かっこいいしいい子っぽいしまあいいか、なんて考えたあのときのわたし最悪ずるいきたない。……でも、ぜったい脈ないと思ってたし、叶わない恋をしてるくらいなら自分を好きって言ってくれる人と……、って思うじゃない。
「佐久間」
「え？……ああ、なまえ」
「ちょっとお願いがあるんだけど」
「……なに？」
なんでそんな顔するんだろう。わたし別に昨日のこと怒ったりしてないのに。むしろ嬉しかった、なんて言ったら、彼氏のいる身としてはちょっと問題だなあ。
「日本史のノート貸してくんないかな」
「ノート？いいけど……って、俺昨日の授業のときまともに書いてないぞ」
「いいの、すぐすむから」
佐久間は明らかにわけがわからないという顔でわたしを見る。……記憶が正しければ、このノートの最初の方に、確か。もう半年くらい前だから、消されてるかもしれないけど。期待と不安が渦巻くなか、一心不乱にノートをめくった。
「……あった……」
「なにがだよ？」
開いたページを佐久間に見せる。黒板を写し、ところどころに小さく落書きされた佐久間のノート。その落書きのうちのひとつを指さすと、佐久間はびくりと肩を震わせた。
「昨日もそうだけど、わたしまだ、佐久間の口からちゃんと聞いてない」
「……これ、知ってたのか」
「気にはなってた。でもはじめてノート借りたときわたし佐久間は友達だと思ってたから」
「……でも、なまえには彼氏がいるじゃないか。俺の気持ちなんて迷惑だろ」
「好きとも言ってくれない人にキスされる方が迷惑」
「それもそうか」
佐久間の細長い指が、同じように細長い落書きの字をなぞる。 『みょうじ、好き』。 となりのクラスのみょうじちゃんが好きなのかなって思ってた。かわいいしあたまいいし運動もできるし、佐久間ならきっとお似合いだ、って。こっそり応援してた、でも途中でなんだか悲しくなってきてしまって。どうして佐久間の好きな子はわたしじゃないんだろう、なんて考えるようになっていた。佐久間に恋をしていた。
「なまえ、悪い」
「なにがわるいの」
「好きになって、ごめん」
胸が苦しかった。わたしにはあんなにかっこいい彼氏がいるのだ。最初は彼のいうとおりおためしというか、気休めみたいな、中途半端な気持ちで付き合ってた。でもそうしてるうちに、いいところを知って、ほんとにわたしのことを好きだと思ってくれてるのを感じて。わたしもいつしか彼を好きだと思うようになって。だから半年も続いてるのに、今さらこんなの。酷い、ずるい、きたない、わたしってやっぱり最悪だ。だけどどうしようもなく佐久間が好きだった。彼も好きだ、それは本心だけど、佐久間の方がもっともっと、好きだ。
「佐久間、わたし行ってくるね」
「どこに？」
「あいつのところ。佐久間に告白されたって言う」
「ちょっと待て、そんなこと言ったら俺あいつに殴られ、」
「決めてたの！」
「どういう意味だよ……」
「……あいつと付き合うときにね、言われたの。もし佐久間に告白されたとき、佐久間のことがまだ好きなんだったら俺とは別れていいからって」
「なまえ、……嘘だろ、おまえ」
「嘘じゃない、わたしずっと、佐久間が好きだった」
あんな約束にすがるのは馬鹿げてるとわかってる、せっかくわたしを好いてくれた彼を傷つけるのもわかってる。わかってるけど、この気持ちをとめることはできなかった。
「ちゃんと言ったらわかってくれると思う。だから、ちょっと待ってて」
「…ああ、わかった。……なまえ」
好きだ。
そう言う佐久間の声がいとしくていとしくて、ああわたしはたぶんずっとこの言葉を待っていたんだと思った。彼はあんなにいい子なのに、それでもどこか満たされなかったのは、それが佐久間じゃなかったからだ。わたしは、ほんとに最低なおんなだ。そんな最低なおんなに成り下がるくらいの恋をしていた。恋って楽しくて素敵で、でも裏腹に残酷で醜い。
ノートを閉じて佐久間に返して、わたしは決心した。彼にちゃんと伝えて謝って、別れよう。
20100711
まだつづきます
HAPPYEND or BADEND ?
なまえの彼氏が優しいか酷いかだけの違いです