ドアを開けた風介はほんの一瞬だけ驚いたような顔をして、でもすぐ眉の間にしわをよせた。「なにしにきたの」なにってそんなの。答えを出しにきたに決まってるのに。

「話したいことがあるの」
「……私は今君と顔を合わせたくない」
「うんでもわたし風介とちゃんと話さなきゃだめなんだ」
「君は自分勝手すぎる」
「ごめん」
「…入りたかったら入ればいい」
「ありがとう」

前に入ったときから、風介の部屋は何も変わってなかった。ただ、本棚に並べられた数々の本の順番が少し違っていた。整理したのかな?というかそんな細かいとこいちいち気付くわたしってどうなんだ。きもいな。
風介の部屋にある家具は前にも言った通り、机とベッドと本棚だけ。椅子はひとつしかないから、わたしたちはベッドに座って話すしかない。

「…もう知ってると思うけど、わたし風介が好き」

風介は黙って腕を組んだままで、わたしの方を見ようともしない。すこし傷ついた。こんなこと言ってるんだからこっち向けよと思った。でもわたしはめげずに話を続ける。

「……風介が晴矢を殴ったんだってね」
「…晴矢に聞いたのかい」
「うん。部屋行ったら教えてくれた」
「……。」
「それでね、告白された。俺なら風介よりおまえを幸せにできるけどって言われた」
「全くその通りだね」

風介の声は凍てついたように冷たい。わたしはちょっと泣きそうになってしまったけど、なんとかこらえて、くちびるを開く。

「風介のおかげでわたしは今でも十分に幸せなんだけどなあ」
「……なんだそれは」
「風介わたしが好きなんでしょ?」

ばち、と目があった。風介は今までにみたことないような、ぼけーっとした、気の抜けた顔をして、わたしを見つめ返している。あ、なんかこの顔かわいいなあと思って、思わず見とれていたら、我にかえったらしい風介があわてて目をそらした。色素の薄い髪から覗く耳が真っ赤だ。よーするに、照れてるんだな。風介はポーカーフェイスを崩さないけど、耳だけ赤くなるからわかるぞ。

「……それも晴矢から、」
「ううん、わたしの勝手な推測」
「推測…」
「……はずれた?」

しばらくの沈黙のあと、風介はわたしの方に向き直った。目をあわせたりそらせたり泳がせたり忙しそうにしている。まだ自分の耳が赤いままだということ、風介はたぶん知らないんだろうな。

「私は」
「うん」
「君といると私が私でなくなる気がして」
「こわいの」
「こわくはない」
「じゃあなに?」

たずねると風介はまたしばらく黙ってしまう。最善の言葉を、頭の中から必死に探してるみたいだった。こんな焦ってる風介を見るのは久しぶりだ。
次に風介がわたしの目をしっかりと見たとき、わたしは高鳴る胸を抑えきれなかった。どこまで潜っても冷たかった風介の瞳の奥に、確かな炎が揺らめいていたからだ。

「君の前では、私はただの情けない男になってしまう」
「……? 風介はいつもすてきだよ」
「そう見えるのは私が全力で我慢しているからだ」
「ぜんりょくでですか」
「私はいつもいっぱいいっぱいだ」
「…うそ。ぜんぜん余裕そうに見えるよ」
「……そうかい?」
「だってふたりきりのときでも、」

ふいに手首を掴まれて、ぐいっと引っ張られた。「うあぁ」突然のことにぜんぜん女の子らしくない声が出た。倒れ込んだ先は風介のむねのなかで、動けなくなって、言葉もでなくて。

「ふたりのとき私はいつも」
「ふう、すけ」
「こうしたくてたまらない」
「……あ、」

ぎゅう、と強く抱き締められて、心臓がどきどきどころがばっこんばっこん、いやそれにしても早いよ早すぎる、こんなどきどきばくばくさせられたら寿命が、と思ったところで、わたしの音だけじゃないことに気付いた。こんなに近くにいるし、聞こえるのはあたりまえなんだけど、それでもわたしはびっくりした。だって、あの風介が、こんなにどきどきしてる。

「なまえ」
「は、い」
「君が好きだ」
「……うん、」
「私は君に嫌われたくない」
「嫌わないよ」
「私がどんな男なのか知ってもかい?」
「どんな男なの?」
「…酷いやつだよ」
「そうかなあ」

そんなことないと思うんだけど。
言ったら、風介はわたしの肩を掴んで自分から剥がした。くっついてたのが急に離れたせいでひんやりとした。風介がなんだか辛そうな顔でわたしを見る。今日はいろんな風介が見れるなあ

「私は君に触れたくて仕方がないんだ」
「あ、そうなの?さわっていいよ」
「……出来るなら触っているよ」

べつに遠慮しないでふつうにさわればいいじゃん、と言ったら何故か睨まれた。あ、なんだ、風介も年頃の男の子なのか。さわりたいけどさわれない男心みたいなアレか。いやわたしもよく知らないけど。
わたし、風介はどっちかというとこう、ちょうストイックなイメージがあったから、女の子にまったく興味がないか、あるいはわたしが女の子に見られてないんだと思ってた。そういうわけじゃないんだね。

「本が」
「ほん?」
「君といるときは、本が必要になる」
「そういやいつも読んでるなあ」
「君から目を逸らすためだよ」
「あ、さわりたくなるから?」
「……はっきり言わないで欲しいんだが」
「ああそういえば前、本読むの別に楽しくないって言ってたな風介」
「頭に入らないしね」
「じゃあなんでこんなにいっぱい本あんのこの部屋」
「…ずっと同じ本を読んでいたら、君に不審がられるだろう」
「まあ気になりはするかな…」
「あと」
「あと?」
「触れたいというのは別にいやらしい意味ではないから誤解しないように」
「ほほう」
「……なんだ」
「風介のその端正なくちびるからいやらしいなどという言葉が飛び出すとは」
「…からかっているのかい」
「若干ね」
「怒るぞ」
「怒ったって怖くないよわたし。それに風介耳真っ赤だよ」
「うるさい」
「今日の風介かわいいなあ」
「…しつこい」
「いやだってほんとかわい、」

キスされた。
……おいおいわたし最近やろうどもにくちびる奪われすぎじゃないかい。ガードがゆるいのか?ディフェンダー失格だな。あ、いや、風介も晴矢もフォワードなんだし突破されてもそれはそれで仕方ないんではないかねキャプテン。ゆるせよキャプテン。スタメン落ちなんて言わないでくれよキャプテン。キャプテンって誰だ。そしてわたしはなんの話をしてるんだ。サッカーか。

「ん、っ」

一度離れるようなそぶりをしたあとで、風介のひやっこい舌がわたしのくちびるをぺろっと舐めて、びっくりしたわたしが声を上げようと口を開くとそのままなかに入ってこられて、ああああもう。ガードがゆるいどころのはなしじゃねえぞわたし。
風介のキスはゆっくりしてて、でも着実にわたしの酸素と思考と、口内の体温を奪い取ってく。後頭部に手が添えられてるから逃げられない。いや逃げる気はないんだけど息が、息がアレだからあの……!
どうにかして訴えたくて、風介の着てるTシャツの袖をきゅっと握ったら、名残惜しそうにやわらかいくちびるが離れていった。きらりと光る糸が伸びて、ぷつんと切れた。風介おまえ意外とえろいな

「かわいいなんて言わせないぞ」
「…怒ったの?」
「……別に」
「……。」
「………、したかっただけだ」

やっぱりかわいいんだけどこれ言ったら今度はさすがに怒るよな。
あ、そういえば

「風介」
「ん」
「今の、ファーストキス?」
「……いや、2回目」
「あ、……そうなんだ」
「なまえは」
「…わたしも2回目だ。この前晴矢に、」
「晴矢にされたのかい」
「うん」
「そうか」

……あれ?
てっきり怒ったり拗ねたりすると思ったのに、目の前の風介はなんだか楽しそうに口角を持ち上げている。というか、はっきり言ってしまうと、ほほえんでいる。え、うそ、どうしたんだ

「ふ、風介?」
「私の1回目の相手を教えてあげるよ」
「え」
「君だ」
「へえっ?わ…わたし?いつ?知らないよそんなの!」
「……中学3年の冬だったかな」
「(め、めちゃくちゃ最近じゃないか!)」
「私の部屋で受験勉強をしたりしてただろう。日にちまで覚えてないが、深夜までかかった日、寝てしまった君にこのベッドを貸してあげてね」
「う、うん」
「あまりにも幸せそうに寝ていたから、1回だけ頂いた、の」

わたしがぽかんとして見上げたら、風介はくすくすと小さく笑った。あ、ほんと、きらきらしたえがおだ。すごい。100カラットのダイヤモンドよりまぶしい。すごくすごくいとしい。

「風介ぇえ」
「……なんで泣いてるの」
「わ、わたし、がんばるから…」
「…?なにを」

よわっちぃ太陽だけど、風介が輝けるように、いつもぜったいそばにいるから。自分じゃ幸せに出来ないとか悩ませてやらないから。ひとより感情表現が下手で、照れ屋で不器用で、でも誰よりかっこよくてすてきなわたしのだいすきなひと。
もう離れろって言われたって離れてやらねえぜ!と心に決めました。

「ふうすけ」
「うん」
「だいすき」
「…そんなの、10年も前から知ってるよ」

風介があんまり強く、同時に優しく抱き締めるから、わたしの涙ダムが崩壊である。この涙腺ブレイカーめ。あ なんかいいな響きが 涙腺ブレイカー!ひゅーひゅー!風介イズア「涙腺ブレイカー!」

「心の声がだだもれだよ」
「あ」
「…ブレイカーとは失礼だな。私はストライカーだよ」
「あ、わたしの脳内サッカーの」
「そう」

風介が、ふんわり、わらう。やさしいやさしいえがお。
あ、解けるのはわたしだ、と思った。太陽が氷に解かされるってどんなだ。だいじょうぶか太陽しっかりしろ。夏バテか太陽。

「…なまえ」
「ん?」
「私と付き合え」
「…命令ですか」
「そうだよ」
「じゃあ従うしかないな」
「当たり前だ」
「風介かわい」
「また口を塞がれたいのかい」
「うん」

ばかだね、 そう言う風介のくちびるはさっきより熱くて、わたしはこっそり笑った。




薔薇の棘を数えた
20100323











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