「雨、やまないね」

そう言う彼の声はちっとも残念そうじゃなくて、それがなんだか可笑しくてわらった。バケツどころか浴槽をひっくり返したような大雨。せっかくの初デートが台無しになったというのに、吹雪くんはのんきなもんだ。まあわたしもなんだけど。
なかなか来ないバスをふたりで待ちながらほんとうに他愛ない話ばかりした。学校ではそんなに話せないから、たとえどしゃ降りの雨の下のバス停でもわたしはうれしくて、はしゃいでいっぱいいっぱい話した。吹雪くんも色んなことを話してくれた。サッカーのこと、東京のともだちのこと、戦った敵のこと、辛かったこと楽しかったこと、うれしかったこと。吹雪くんは豪雨のなかでもふわりとやさしくわらって、わたしの話を聞いてくれる。

「ほんとに来ないなあ、バス」
「そうだね。遊園地、行きたかった?」
「行きたかった。でもいいや」
「僕も」

吹雪くんも、わたしとおんなじ気持ちになってくれてるのかな、だったらうれしいんだけどなあ。そんな期待を込めて、そっととなりを見ると、吹雪くんは頬笑んで、「寒くない?」と問いかけてくる。わたしのの上に重なってた彼のてのひらにすこしだけちからが入る。

「ちょっと寒いかな」
「もっとこっち来たら?」
「うん」

20センチくらいあった距離をつめる。肩がふれる。寒いって言い訳をして、近づきたかっただけなんだけど、今はもう燃え上がりそうなくらい、暑い。町外れのバス停でよかったなあって、ちょっと本気でおもった。だってだれにも邪魔されない。

「なんだか僕、眠たくなってきちゃった」
「寝る?バス来たら起こしてあげるよ」
「ううん、起きとくよ。寝るのもったいないもん」
「なんで?」

吹雪くんの大きい目がわたしをうつしてるのがはっきり見えた。こんなに近くにいるの、はじめてだなあ。夢でも見てるみたいだ。

「だって、せっかくふたりっきりなのに」

困ったような顔してわらってみせる彼がいとしくていとしくて。夢なら一生さめないでって神さまにお願いしようとおもった。こんな幸せな夢、ぜったい手放したくない。

「吹雪くん、わたし、ずっとバス来なかったらいいっておもってる」
「僕もそうおもう」
「ほんと?」
「ほんとだよ」

ザーザーと音を立てている雨の下でも、彼の声だけははっきりと耳に届く。わたしの耳は吹雪くんをひいきしてるなあ、と考えたあとで、ああ耳だけじゃないや、他の色んなとこもだとおもった。目は吹雪くんばっかり追うし、あたまは吹雪くんのことばっかり考える。もう他のものがはいりこむすき間なんてこれっぽっちもない。

「今度はちゃんと遊園地いこうね」
「うん。たのしみにしてる」

いいながら右を向いたら、思っていたよりも近くに吹雪くんの顔があって、びっくりして後ろに退きかけて、でも手のひらが捕まって結局動けなかった。吹雪くんがまっすぐに見つめてくるので、わたしも吹雪くんを見つめかえす。ザーザー、ザーザーと雨の音。バスはまだ来そうにない。不自然なくらい瞬きをするわたしと吹雪くんの顔は引き寄せられるみたいに近づいていく。

「ふはっ」

吹雪くんのしろい手のひらが頬に触れて、くすぐったくて思わずわらってしまった。吹雪くんはほんのすこしだけむっとした顔をして、咎めるような声でわたしを呼んだ。

「ご、ごめん」
「耐えてよ、ちょっとでいいから」
「が…がんばります」

なるべくきりっとした顔をして向きなおしたら、今度は吹雪くんが噴き出すようにわらった。

「別にそんな力まなくても」
「だ、だって」
「…ほんと、かわいいなあ」
「え」
「すきだよ、なまえちゃん」

きれいな碧の光がまぶたのうらにそっと隠されていくのを、こんなに近くで見れるなんておもったことなかった。それは息を呑むくらいやわらかくてうつくしい仕草。こんなすてきなひとにわたしなんかが触れられていいのか不安になったけど、彼のやさしいくちびるはそんな考えをふわりと溶かしてくれる。永遠にすら感じる時のなかで、これから先もずっと彼といられるかな、いられたらいいなあ、とこっそりおもった。




雨と冠




20100602





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