……サッカーボールでバスケットのゴールを狙ったらいけないだろうか。法律上問題になるだろうか。

「んなわけないわな」

ひとりで納得して、手に持ったサッカーボールをリングめがけて投げた。シュパッ、とネットのすれる音。わたし、サッカーはイマイチだけど、バスケは才能あるんじゃないかなあ。皮肉だけど。

「……ふー…」

日が沈みきったお日さま園のグラウンドにわたしはひとり。みんなはいま、ご飯のあとのくつろぎタイムだろう。わたしはなんとなく、ふたりと顔を合わせるのが気まずくて、さっさと食べて飛び出してきてしまった。あれから、風介の部屋に行ったことは、ない。3人で話すこともなくなってしまった。わたしが原因なんだから、こんなこと言ったら嫌なやつだと思われるかもしれないけど、わたしは前みたいにふたりと仲良くしたい。いま、ほんとはすごく寂しい。こんなふうになっちゃうくらいなら、やっぱり、すきだなんて感情を持たない方がよかったと思う。ずっとただの幼なじみで、仲が良くて、それぞれが誰かに恋をして、付き合ったり別れたり、何年後かには結婚して、お日さま園を出てく。寂しいけど、それはきっといまよりずっと寂しいけど、だいすきなふたりが幸せなら、わたしは笑って見送れるはずだ。

「風介……晴矢」

ていうか、よくよく考えてみてやっとわかったんだけど、あの話じゃ風介ってわたしを好いてたんだよね。だったら迷わずわたしも好きですって言いに行けばいいんじゃないの?わたしはずっと風介が好きだったんだから、そう、両想い、なのに。

生ぬるい風が吹き付けた。乾燥してしまったくちびるを指でなぞったら、晴矢のキスを思い出した。無意識に顔が火照る。晴矢はすごくいい子だ。それはわかってる。彼と話していたら楽しい。からかったり馬鹿にしたり挑発したりしあって、お互いまだまだこどもだよなあと思ってたのに。あいつ、あんなキスどこで覚えてきたんだろ?破廉恥なやつめ、わたしの知らない間に成長しやがって。

「……こどもなのはわたしだけか」

また。まただ。わたしは置いていかれる。あのときみたいに。
わたしだって父さまの力になりたかった。みんなと一緒に戦いたかった。なのに、あの石に怖じ気づいて、強くなることを拒んだ。そしたら、ふたりとの差がどんどん開いていってしまって、近くにいたって遠く感じたり、話していたってなんだか楽しくなかったり。エイリア学園が崩壊して、ふたりはガゼルとバーンじゃなくて、涼野風介と南雲晴矢に戻ったけど。わたしはグラジオラスとしても、なまえとしても、彼らから離れてしまった気がした。

「……ん」

静けさのなか、ポケットの携帯電話がぶるぶる震える音がかすかに聞こえた。……誰だろ?何の気なしに画面を開くと、『基山ヒロト』の文字。ああ、ヒロトくんか。珍しいな、こんな時間に。

「もしもし?」
『あ、なまえちゃん?こんばんは、久しぶりだね』
「こんばんは。…どしたのヒロトくん」
『ん?や、これといった用はないんだけど。どうしてるかなと思ってさ』
「ああ、うん……特になにも変わったことはないよ。みんなも元気だし」
『そっか。あ、彼らは?』
「……風介と晴矢?」
『うん』

ヒロトくんのうしろで、男の子たちが騒ぐ声がしている。部員かな?全国大会の決勝に向けて合宿でもしてるのだろうか。

『…なまえちゃん?どうしたの、なんかあった?』
「えっ?あ、や、別に、なんにも」
『だいじょうぶ?悩みとかなら聞くよ』
「あー……うん…」

ヒロトくんに相談しちゃってもだいじょうぶかな。…別にいいよね。わたしひとりじゃまともな答えなんて出せそうにないもん。このままじゃ、ふたりを傷つけてしまうよ。
わたしは、昔から風介をすきだってこと、ふたりにそれがばれてたこと、ふたりがわたしを想っててくれたこと、でも風介は自分じゃだめだとか言ってて、晴矢には幸せにできるって言われたこと、風介がすきなくせに晴矢を手離したくないこと、とか、とにかく順を追ってぜんぶ話した。ヒロトくんは時々相槌を打ちながら、最後までちゃんと聞いてくれた。あ、電話代すごくかかっちゃうよ、って言ったら、なまえちゃんの悩みに比べたら安いものだよと言われた。ヒロトくんはやさしいなあ

「……どうすればいいと思う?」
『難しい問題だね』
「だよねえ。わたし、ふたりのうちどっちかひとりなんて、選べないや。今まで通り3人で風介の部屋で遊んでたいよ」
『でも、もう後戻りも出来ないしね』
「…うん」

風介と、晴矢。
タイプはぜんぜん違うけど、ふたりともわたしにはもったいないくらいすてきなひとだ。なんて両手に花状態。どちらにしろ贅沢すぎるから貧乏性のわたしは迷いに迷ってしまうよ。

『あ、そうだ、なまえちゃん』
「うん?なにヒロトくん」
『俺も君が好きだよ』
「は」
『ごめんいまの嘘だから』
「ですよね」
『うん。俺いま守がすきだし』
「ああ、雷門の円堂くん?ってそれなんか誤解うむ発言だよ。男の子にすきとか」
『うんまあわざとだからね』
「あいかわらずだなヒロトくんは」

ペースがぜんぜんつかめなくて、彼はいつだってわたしよりうわてだ。かといってわたしをほったらかしにするわけでもなく、こうして悩んでるときにひょいって現れて力になってくれたりする。ヒロトくんはエイリア学園のこどもたちのトップの座に君臨していたけど、ほんとうは誰より父さまがすきな、ただのやさしいいい子なのだ。円堂くんに出会って、サッカーのほんとの楽しさを知って、彼はもっといい子になった。……わたしのまわりはいい子がおおくてたいへんよろしいことだ

『なまえちゃんはね』
「うん」
『守に似てるんだ』
「え、どこが」

あんなばかみたいに明るくて前向きでサッカーがだいっすきなあの子と?
言ったら、ヒロトくんはあはは、と声を上げて笑う。「そうだね、守はばかだ」あ、すきなくせに否定しないのか

「ちょっと、笑ってないで、どういうことなのか教えてよ」
『ああ、うん、なんて言うべきかな。守やなまえちゃんは眩しすぎるんだ。俺や、晴矢や風介には』
「……まぶしい?」
『うん。キラキラしてる。だから惹かれる。だから好きになる。手を伸ばすのは怖いんだけどね、でも吸い寄せられる。君たちにはそんな力があるんだよ』
「…よくわからないよ」
『そうかもね。あ、じゃあこれならわかりやすいかな?ダイヤモンドダストって、どんな現象か、理科で習ったでしょ』
「え、あ…うん、習ったけど」

さむいところで、空気中の水分が氷結して空気中を浮遊する現象、とかなんたらかんたら。それに太陽の光が当たるとダイヤモンドのようにきらきらと輝くから、ダイヤモンドダスト……って言うんだよね、確か。

『折角氷になってもさ、太陽がないと輝けないんだよ』
「まあ、そういうことだけど」
『風介はそんな感じでしょ?』
「……どんな?」
『なまえちゃんが照らしてあげないと』
「わたしが?」
『そう、君が。でもずっと光に当たりすぎたら、氷は解けちゃうから、風介は多分それが怖いんだ』
「ねえヒロトくんて文系?」
『うん。なまえちゃん理系でしょ』
「あれ、知ってたっけ」
『だって俺がこんなにわかりやすいたとえを持ち出してるのにぜんぜん理解してくれないし』
「ごめん国語赤点続出なんだ」
『わあたいへんだ』

たいへんだなんて言いながら、ヒロトくんはくすくす笑ってる。仕方ないだろ、わからないものはわからないんだ。なんだか悔しかったので、足りない頭で必死にヒロトくんの言葉の意味を考えてみる。ダイヤモンドダスト、のたとえは、風介のことだよな。わたしが、太陽で、いやぜんぜんそんな明るくもなんともないけどとりあえずそれ、で、風介を照らしてあげないといけなくて。でも光に当たると氷は解けるから、風介は解けるから、……風介が解けるってなんだ。風介は氷じゃない、人間だぞ。あ、わかってるんだそれは別に。たとえだたとえ。……氷が解けるとなんになる?水か。形状変化がどうたらこうたらで、解凍すると氷は水に……風介が、なんになるんだろう。

「ヒロトくん」
『うん?考えてみた?』
「ええっと、風介は解けたらなんになるの?」
『やっとそこに辿り着いたね』
「あ、ここまでは正解?」
『まあまあかな?……そうだな、じゃあ、風介は普段どんなやつだっけ?』
「…冷めてて、あんまりまわりに関心なくって、何事にも動じないかと思いきや、ちょっと騒いだらすぐ怒る」
『……なまえちゃん、君は楽しいときに笑うよね?』
「わたし?そりゃまあうん、笑うけど」
『風介だって、ほんとは君とおなじでちゃんと笑えるよ。隠してるけどさ』

……そういえば昔一度だけ、風介が笑ったの見たなあ。
きみはおひさまみたいなひとだね、って、わたし、そう言われたの覚えてる。おひさま……太陽。あのとき風介も、ヒロトくんとおなじようなことを考えてたのかな?

『君といたら我慢できなくなるんだろうね。楽しいときは風介だって笑いたいはずだ。でもあいつは今まで冷たいキャラを貫き通してきたから』
「……わたしといたら、変わってしまいそうで怖いってこと?」
『そう!大正解』

ヒロトくんが向こう側で手を叩く音が聞こえた。なんだかこどもあつかいされてる気がしますヒロトくん

『でさ、晴矢はね』
「うん」
『風介と違って、炎みたいなやつでしょ』
「あー、そうだなあ……」
『炎っていうのは時に人を傷つけてしまう熱さだけどさ、なまえちゃん、君はあたたかいから』
「そうかな」
『そうだよ。だから晴矢はきっと陽菜ちゃんに憧れてるんだ。自分とは違うやさしい熱に』
「……わたし、晴矢の方がわたしよりやさしいと思う」
『君はそんなに自分を謙遜したいの』

つま先になにか当たったと思ったら、サッカーボールだった。ハッとして上を見上げたら、もうまっくらで、星がところどころで瞬いていた。ヒロトくんはそんなわたしに気付いたらしく、「ながく話しすぎたね」と言った。なんで考えてることぜんぶわかっちゃうんだろう、この子エスパー?いややっぱり本物の宇宙人とか?

……ヒロトくんはれっきとした人間で、わたしよりだいぶ頭がよろしくて勘が鋭くて言語力がみなぎっていらっしゃるだけです。

『俺そろそろお風呂入んなきゃ。なまえちゃんももうそんな時間だろ』
「うん。……ヒロトくん、ありがとうね。ほんとに。すっごい助かった」
『それはよかった』
「わたし決心できたよ。がんばってみる」
『うん、応援してる。あ、俺ね、決勝戦終わったら一度園に帰るから』
「え、ほんと?」
『そしたらさ、みんなでカラオケいかない?久々にララの歌が聴きたいよ』
「その名前で呼ばれたの久しぶりだ」
『そう?お日さま園の歌姫ララ』
「うたひめ」
『ララって歌姫の名前でしょ。なまえちゃん園で一番歌が上手いからララって呼ばれてたんじゃない』
「そうだったっけ」
『そうだよ』

星が。

手を伸ばしたら捕まえることができそうで。首が痛むのも忘れてわたしは上を向いていた。風介が氷、晴矢が炎、わたしが太陽。ヒロトくん、そうだ、ヒロトくんはお星さまみたいだ。思ったので言ってみた。「ヒロトくんはお星さまみたいだ」

『あはは、そう?』
「うん。……流れ星だ。人を幸せにするながれぼし」

そういやヒロトくんの必殺シュートに流星ブレードとかなんとかあったよなあとぶつぶつ言ってると、ヒロトくんはまた明るく笑った。星が瞬くみたいに綺麗なわらいかた。

『あ、じゃあそろそろ切るね』
「うん!」
『あ』
「ん?なに」
『嘘っていうのが嘘かもしれないね』
「え?」

なんでもないよ、じゃあまたね。
そしてプーッ、プーッ、と、通話が切れた音。
……ヒロトくんがさっきの話のなかでついた嘘って、ひとつだけじゃない?
わたしは顔に熱が集まるのを感じた。ちくしょう流れ星は突然訪れるから願い事なんて間に合わないよいじわる





恋愛急行列車脱線事故怪我人約
20100322












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