――きみはおひさまみたいなひとだね。


まだわたしも彼も小さかったころ。感情を顔に出さない彼があのときうっすらと笑っていたのを、わたしは今でもしっかり覚えている。それがあまりにも綺麗だったから、頭から離れないのだ。
あれからもう10年近く経った。わたしたちはちゃんと勉強して受験して合格して、高校生になった。背も伸びた。礼儀だってわきまえてるつもり。みんな変わってく。大人になっていく。でもこの気持ちだけはずっと変わらない。……涼野風介が好き。秘められすぎた想いは今にも暴走してしまいそう。なんでだろ、今までこんなことなかったのに。ちゃんと我慢できていたのに。好きだなんて言ったら、風介が困るのはわかってる。今の関係が崩れるのもわかってる。それはぜったいに、いや。嫌われるくらいなら言わなくていい、そう思っていた。けど。





「こーいーしちゃったんだーたぶんーきづいてな」
「うるせえ歌うなヘタクソ」
「うるさいのはあんただばかはるや」

歌ぐらい自由に歌わせろ。きっと睨みつけながら言うと、わざとらしく聞こえるように舌打ちされた。このやろう、昔はなまえちゃんなまえちゃんって言ってわたしの後ろをついてきていたくせに、ずいぶん生意気に育ったもんだ。なんだかむかついたので髪の毛をぐしゃぐしゃにしてやったら「やめろなにすんだ!」って慌てて叫ぶ。ふはははばかめ、おまえは結局わたしに勝てっこないのよ南雲晴矢!半泣きでデザートのプリンをわたしに貢げばいいのよ南雲晴矢!

「……騒ぎたいなら出て行け」

晴矢と髪の毛のひっぱりあいをしていると(晴矢てめえ、わたし一応女の子なんだからもっと手加減しろ)、部屋の奥から冷ややかな声がした。この部屋の住人、涼野風介だ。
彼はいつも手に持った本から顔も上げずに晴矢の相手をする。

「おいおい悪いのはこいつだぜガゼル」
「五月蝿いのは君も同じだよバーン」
「おふたりさん、わたしのために争わないで……!」
「おまえは黙ってろ」
「君は口を慎め」

な、なんだよ、ちょっと言ってみたかっただけじゃんか!ふたりして酷いな!ちょっと涙出たわ!
ちなみになぜわたしと晴矢が風介の部屋に入り浸っているかというと、自分の部屋より片付いていて、ぶっちゃけ綺麗だからである。風介の部屋にあるものっていったら、ベッドと机と本棚と、そこにぎっしり詰まった本くらいだ。わたしの部屋を覗くと晴矢はいつも汚ねー汚ねーっていうけど、やつの部屋だって負けてない。おあいこだ。とにかくそんなだから、わたしたちはいつも風介の部屋を訪れる。風介は静かにしてれば怒らないから、各々音量消してゲームしたり、雑誌読んだり。3人のうちだれひとりとして口に出して言わないけど、わたしたちはこの時間が好き。ずっと小さいころから一緒にいたからなんとなくわかる。3人でいるのが一番落ち着くし、一番心地いい。表面上ぶつかりあってるけど、反面わかりあってもいる。幼なじみっていいなあ。以心伝心なんてことがほんとうにあるのだ。

「…ほしのーよーるねがーいこめーて…」

でも誰も気付かない、わたしの気持ち。なんで唐突にこの歌を歌い始めたのかも。

「ゆびさきでおくるきみへのめっせえ」
「あーもうおまえほんとうぜえ。ひとりでカラオケでもいってろバカ」
「いまをときめく華の女子高生がひとカラだなんて寂しすぎやしないかい晴矢くん」
「はあ?枯れた花のくせに」
「おい晴矢いまなんつったおまえ」

すっくと立ち上がった晴矢に足をひっかけようとしたら見事にかわされた。むむ、少しは学習したのか。ちょっと前までは毎回ひっかかって顔から豪快にずっこけていたというのに。……まあサッカーやってんだしこれくらいよけらんなきゃフォワード失格か。

「あれっ、どっか行くの晴矢」
「……部屋戻る」
「あのゴミ箱にか」
「おまえ、このオレが女だと思って手加減してやってたら調子乗りやがって」
「手加減とかされた覚えないんですけど」

というか女の子だと思われてたのか。
呟くと、おまえまじでバカ、と返ってきた。いらっとしたのでわたしが自分の部屋から持ってきたクッションを投げつけた、が、閉められたドアにぶつかったそれはおとなしく重力に従って床に落ちた。ちくしょう言い逃げしやがって。数秒後少し離れた晴矢の部屋のドアがばたんと音をたてて閉まるのがきこえて、わたしは我にかえる。あ、晴矢出てっちゃった。ということは。
横目でちらりと確認すると、ベッドに腰かけている風介は何事もなかったかのように本のページをめくっていた。ほんとに動じないなあ……。

「ねえ、…風介」
「なに」
「となり座っていい?」
「……邪魔しないならね」

内心ガッツポーズをして、わたしは風介の横に腰を下ろした。読んでるのはやっぱり字ばっかりの本。面白いのかな?と思って、本棚から1冊拝借してぺらぺらめくってみたことがあるけど、ちんぷんかんぷんだった。2行めの二字熟語が読めなくて挫折した。はいはいわたしはばかです、わかってます。これでも一生懸命勉強して、風介とおんなじ高校受かったんだぞ。あの馬鹿晴矢も受かってたけども。
こてん、と肩に頭を置いたら、風介のからだがほんのすこしだけ強張った。

「読みづらい?」
「…当たり前だろう」

でもいつも、やめろとは言わないんだよなあ。
……いつだったっけ?
風介とふたりでいるのと、晴矢とふたりでいるのが、違うってことに気付いたのは。晴矢のことは、そりゃあ、好きだ。喧嘩したり、嫌味を言い合ったり、時にはとっくみあいをしたり、何かとぶつかりあうけど、別にそれをいやだと思ったことはないし、むしろその方がわたしと晴矢らしい。晴矢は意地っ張りでつよがりで馬鹿で口が悪くて、でもほんとはすごくいいやつだってこと、わたしは知ってるし、何度もそんなあいつに助けられている。晴矢は、いい友達というか、……悪友というべきだろうか?一緒にいたずらする相手は昔から晴矢だったし、一緒に父さまたちに叱られるのも晴矢だった。風介はそんなわたしたちをいつも呆れたように見てた。でも放っておくのかと思いきや、危ないときは手を貸してくれたり、ぶっきらぼうで冷たくて無愛想だけどごくごく稀に優しかったり。晴矢とふたりでいるときは、なんにも気にせずいつも通りのわたしでいれたけど、風介とふたりでいるときはなんだか妙にどきどきしちゃって、顔もろくに見れなくて(まあ彼は話してるときもわたしの顔をめったに見ないけど)、言葉遣いとか仕草とか、女の子っぽくしなきゃ、可愛
いって思われるようにしなきゃ、……なんて、考えてしまう。つまりは恋だった。

「……本読むのってさ、たのしい?」
「いや?暇つぶしになるだけだ」
「そうか」
「……なんだ」
「え?」
「何か私に言いたいことがあるんじゃないのか」
「あ、わかっちゃう?」
「何年一緒にいると思ってるんだ」

10年くらいかな、って平然と答えたら、そんなことはわかっている、と返ってきた。うんまあそうか。そうだな。

「いまはまだ言えないや」
「……まだ?」
「うん。なんて言えばいいのかわかんないから」
「…そうか」

なんて言えば、君に嫌われないですむか、ね、国語は赤点ばっかりのわたしがわかるわけないんだ。
わたしは今の関係がすき。でもずっとこのままは辛いよ。ちゃんと女の子だと思われたい。意識されたい。なんて、自分勝手だってこと、わかってるけど。

「風介」
「ん」
「歌が歌いたい」
「…晴矢が言ってたみたいに、」
「ひとりは寂しいよ」
「……一緒に行って欲しいのかい」

わたしの回りくどい言葉から汲んでくれたらしい風介が呟くように言う。頭を持ち上げて風介を見たら、珍しく風介もわたしを見ていて、思わずどきりとしてしまった。相変わらず、美人さんだよなあ。女のわたしがうらやむくらい、肌とか白くてつるつるだし、首ほっそいし、…学校でもモテモテだもんね。

「なまえ」

いつもは冷たい声が、名前を呼んでくれるときだけはすこしあたたかくなるのを、わたしはとてもいとおしく思っていた。

「早く返事をしないと今の話は取り消す」
「あ、行きます行きます行って下さい」
「よろしい」
風介はそういうとわたしの頭をぽんぽんと撫でた。そしてまた何事もなかったかのように本に目を落とす。ああもう、そんなことをするからわたしは、すきだすきだと口走ってしまいそうになるのだ。そうぜんぶおまえのせいなのさ風介。責任とってわたしに婿入りしろ!……とは言えずにまた肩に頭を乗せて、それだけで幸せを感じているわたしがいる。ばか、ほんとばか。部屋に入り浸ったり、こんなことするのを許してくれるのは、別にわたしを特別扱いしてくれてるからじゃない。お日さま園で小さいころから一緒にいて、つまり幼なじみで、だから。そういう繋がりがなかったらわたしなんて、風介が気にも止めていないクラスの女の子たちと同じなのだ。風介は甘い言葉も囁かないし抱き締めてくれやしないしわたしがお風呂上がりに堂々と風介のベッド占領して寝てたって別に襲ってやろうかとか思わないだろうし、まあなんだ、つまり、そういう意味ではなんとも思われちゃいないわけだ。くやしいぜ風介。

「……すきやき」
「……すきやきがなんだ」
「た……食べたい」
「…急だね」

ごめん間違えた3文字めと4文字めいらない





的ミステイク
20100321









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